第2話 出会い

 プロトコルと呼ばれる人間界からやって来た人間の王女——ミディローズ・エルザは一人、魔界の城にある庭園に来ていた。


 その右手にはハサミが握られ、反対の腕には籠が掛けられている。


 彼女の周りには、色とりどりの花が咲き乱れ、良い香りが周囲に満ちている。その香りを楽しみながら、ミディは気に入った花を優しく丁寧に切り取ると、籠の中に入れていった。


 籠の中がカラフルに彩られ、ミディは満足そうにそれを見つめる。


 小さく鼻歌を歌いながら、部屋に戻ろうとした時、何かが彼女の通り道を塞いだ。


 しかし、花かごに気をとられていたミディはそれに気づかず、思いっきりぶつかってしまった。


「きゃあっ!!」


 小さな悲鳴を上げ、勢い余って尻もちをつくミディ。その反動で花かごが落ち、中の花々が地面に散乱してしまう。


 傷むお尻を抑えつつ、王女は何にぶつかったのかと目の前を見上げると、そこには、


「すまなかった。怪我はないか?」


 そういって手を差し出す、黒髪の青年が立っていた。

 

 彼を見てミディが目を惹いたのが、大きくも少しつりあがった金色の瞳。

 視線をずらすと、彼の全貌が明らかになった。


 深い艶を放つ腰まで届くと思われる黒髪は首元で結ばれているが、短くてまとまり切れなかった髪が、引き締まった彼の頬に流れている。その為か、元々余分な肉がない頬にさらなる小顔効果を発揮されている。


 通った鼻筋、その下に続く唇にはほんのり赤みがさしており、一見すると紅をさしているかと見間違える程の血色の良さだ。


 ミディが出会った魔族の中でも、美しく、かなり恵まれた容貌を有している。女性たちが見たら例外なく、彼の魅力の虜になるに違いない。ユニなら間違いなく、この青年で一妄想膨らませているはずだ。


 が、それは普通の女性たちの話である。


“……誰?”


 ミディの心に思い浮かんだ言葉は、その一言だけだった。目の前の青年の魅力に微塵も心動かされず、彼を見上げるその表情に好意や照れなどは全く見られない。


 ただ少し心の端で、


“でも何だか、ジェネにどことなく似てるわね……。あの髪の感じとか……”


と、魔王の容姿を思い出していた。


 今まで大勢の男性から求婚されてきたミディなのだ。美形男性にはそこそこ耐性があり、容姿が良いからと言って心が揺り動かされることはない。


 まあジェネラルに関しては、今まで少年だと思って行ってきた「あれ」や「これ」やがある為、たまーーーに何かの拍子で感情が乱されることがあるのだが。


 目の前の青年はミディが何も言わず、じっと自分を見ているのを不審に思ったのだろう。


「どうした? どこか痛むのか?」


 そう言ってミディに近づくと膝をつき、彼女と目線を同じにした。


 美しい顔がミディの視界に入って来た。しかし、見知らぬ男性に突然パーソナルスペースに入り込まれ、反射的に王女は距離をとった。


「……大丈夫だから、ちょっと離れて貰えないかしら?」


 無遠慮に対人距離を詰めてきた青年に、これ以上近づくな、とミディは暗に警告した。


 彼女の発言と行動に、青年は金色の瞳を見開いた。何か言いたげに口を開こうとしているが、彼がいつまでも動かない事に業を煮やしたミディが立ち上がる方が早かった。青年から一歩距離をとると、服についた土を払う。


 まあ、何だか人との距離感が上手く掴めなさそうな青年であるが、彼にぶつかった原因が自分であるのも事実。


 ミディは少し申し訳なさそうな表情で、相手の顔を見下ろした。


「こちらの不注意でぶつかった事は謝罪するわ。私は大丈夫よ。あなたも怪我はないかしら?」


「ああ……、大丈夫だが……」


「そう、それなら良かったわ」


 自分の不注意から相手を怪我させたわけではないと知り、ミディは安堵の笑みを浮かべた。

 そして先ほど青年がミディにしたように、膝をつく彼を起こすため、手を差し伸べた。


 太陽の光に照らされ、深く澄んだ青い瞳とそれを縁取る長いまつ毛が輝きを放ち、赤く色づく唇は自然と優しい笑みを形作っていた。


 この庭園の花すら、彼女の美しさを引き立てる背景と化すその美貌、全てを惹きつけてやまないその笑顔。


 青年は、言葉なく彼女を見つめていた。その頬には、少し赤みがさしている。

 王女の笑顔に魅了され、ぽーっとしながら、ミディの差し出した白く細い手を取った。彼女によって身体が引き起こされる。


 ミディが手を放した瞬間、青年の表情に動きが戻った。


「わっ、私としたことが……」


 思考が現実に戻って来たのか、今まで何を考えていたのかと、自らの手を見つめている。低い声で、逆に魅了され返された自らが信じられない様子で、何かブツブツと呟いている。

 

 そんな彼の謎の呟きを横目で見つつ、ミディは地面に散らばった花を再び籠に入れ始めた。早く生けないと、せっかく採った花たちが枯れてしまう。


 その様子をジェネラルが見たら、その優しさを少しでも自分に回して欲しいと切に願っただろう。


 いそいそと花を回収しているミディに、青年が問うた。

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