第5話 暴走

「ミディ様? 私からお聞きしたことがあるのですが、よろしいでしょうか?」


「何かしら?」


「ミディ様の救出にご協力されていたアクノリッジ様とシンク様の事を、もしよろしければ詳しく教えて頂けないでしょうか?」


「アクノリッジとシンクの事? 詳しくってどうして?」


 口に含んだ香茶を飲み干し、問いかける。

 プロトコルにいるあの二人について、ユニが興味を持つなど疑問に思うのも当然だろう。

 だが、あの二人と魔王を繋ぐ連絡役をしていたと聞いていたので、その事と何か関係しているのかもしれない、とミディは思い直す。


 まあ、それは全く関係なかった事をすぐに知る事となるわけだが。


 王女の問いに、ユニの茶色の瞳がキラキラと輝き出した。ミディが今まで感じたことのない異様な……、いや異常と評してもおかしくない雰囲気が少女から発されている。

 両手を胸の前で組み、茶色い瞳は、夢の中を漂っているかのように現実を映していない。


 ユニの暴走モードが発動した瞬間だった。


「あのお二人を見て、『次のネタはこれだ!』って思ったのです!! お話を聞けば、お母様が違うのですよね? もうツボですわ!! 私の、どストライクですわっ!!!」


「ど……すとらいく……?」


「ええ!! そうです!! かっこよくてお金持ちで、さらに異母兄弟! 背徳的なシチュエーションに心が打ち震えて……。もうこれはネタにするしかないと思いましたわ! 皆に話したら、物凄い盛り上がりようで……。収拾がつきませんでしたわ……」


「ゆっ……ユニ……? ネタって……」


 何のことやら分からず、ミディが躊躇いがちに問いかけるが、ユニの耳には届いていないようだ。彼女の妄想に満ちた言葉は、ミディの意思とは関係なく続く。


「あのシチュエーションは、もう四大精霊が与えた素敵な産物としか考えられませんって! ミディ様も思いません? 私的には、アクノリッジ様が攻めで、シンク様が受けだと思うんですけど! そこにジェネラル様も絡ませたら面白いだろうって。いやん、禁断の世界ですわ!!」


 片手で頬を押さえ、もう片手で拳をぶんぶんと振るユニ。自らの妄想に照れながら、一人暴走している。が、ミディの方は。


「……攻め? 受け?」


 やはりユニの発している単語の意味が分からず、目の前の少女の暴走に戸惑いながらも、説明を求めるように問いかける。


「……アクノリッジとシンクが、戦うの? そこに何でジェネが入る必要があるの? それにあの兄弟が、あなたが悲鳴を上げて興奮するほど、面白い戦いをするとは思えないけど……」


 自動人形同士で戦わせたら面白そうだけど、と続けるミディ。


 何も分かっていないミディの言葉に、ユニの暴走が一瞬止まった。茶色の瞳を思いっきり見開き、唇を戦慄かせながらミディに問うた。


「ミディ様……。戦う事ではないですのよ? まあ……、ある意味戦いかもしれませんけど……。もしかして、今私が言った内容、全くお分かりにならなかった……とか?」


「ええ、全く」


 きっぱりとミディは言葉を返した。


 これがまずかった、……とても。

 とっても、とおおおってもまずかった……。


 ここで危険を察知し、嘘でもいいから知っているとでも答え、適当に相槌でも打っていれば、これから起こる災難は少しマシになったかもしれない。


 その事にミディが気づいたのは、全てが終わってからになるが……。


「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふっ……」


 不気味な笑い声が、部屋に響き渡った。

 声の主は、言うまでもなくユニ。


 謎な笑い声に、ミディは音を立てて唾を飲み込んだ。背中に、嫌な汗が流れて落ちるのを感じた。

 第6感が、全力でミディに危険を訴えている。しかし、ユニが纏う不気味な雰囲気が、ミディを逃がさないと告げている。


「ゆっ……、ゆに……?」


「久しぶりですわねえ~、この純粋さ……。教育しがいがありそうですわ……」


「教育って……、何か嫌な予感がするから……またの機会で……」


「ふふふ、ミディ様、心配はありません。すぐに、全てを理解出来るようになりますから……。全てを理解した時、新たな世界があなた様を待っているはずですわ……」


 ユニの瞳が、キラキラと不気味に輝き出した。


 ミディはこの時、まだ知らなかった。

 

 女中頭ユニが、城にいるほとんどの女中たちの恋愛物語的思考を、従来の『男×女』から『男×男』へと改革し、伝説になっている事を……。

 そして、同系趣味に走る女性たちの間で、『私達の姉さま☆』と呼ばれ、崇め……いやいや慕われている事を……。


 その彼女から逃れる術は、ミディといえども……持ち合わせてはいなかった。


 しばらくして廊下に、ミディの絶叫が響き渡った。



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