第4話 違和感

 ユニは香茶セットを乗せたカートを押し、ミディの部屋に入ってきた。


「ミディ様は、こちらにお掛けになってお待ちくださいませ。すぐに準備いたしますわ」


 そう言ってミディを椅子に座らせると、彼女の目の前に食器やら茶菓子など、たくさんの香茶セットを乗せていく。

 ジェネラルの少年版より下の年齢に見える少女だが、その手つきは慣れたもので、無駄な動作は一つもない。


 コポコポと音を立て、葉の入ったポットに湯が注がれる。お茶を蒸らす為に、少し時間が必要だ。その間お湯が冷めないように、ポットの下にキルティング加工されたマットを敷き、コジーを被せた。

 そして湯をカートに戻すと、葉が開くまでの間を使い、ユニはミディに話し掛けた。

 

「ミディ様、魔界での生活はいかがでしょうか? もうお慣れになられましたか?」


「プロトコルと大して変わらないから、特に支障はないわ」


 ミディは、少女の気遣いに笑みを浮かべて答えた。


「それは良かったです。もし不都合などありましたら、遠慮なく仰って下さいませ」


 ミディの答えに、ユニは嬉しそうに返した。笑顔を浮かべる頬には、小さなえくぼが見える。少女の笑顔を、微笑ましく思うミディ。


 葉が開いたのだろう。コジーを取ってポットを持ち上げると、少しポットを揺らしたのち、ミディの目の前にセットされた温かいカップにゆっくりと香茶を注いだ。


 甘い香りが広がり、ミディの鼻腔をくすぐる。

 香しい香りに思わず、王女の顔に笑みが浮かんだ。カップを持ち上げその香りを楽しむと、ミディはユニに満足そうな視線を向けた。 


「ユニ、あなたとても手馴れているわね? 香茶の入れ方がとても上手いわ」


 ミディの言葉に、自分のカップに香茶を注いでいたユニの手が止まった。少し不思議そうに首を傾げたが、すぐに表情を戻して香茶を注ぐ作業に戻った。

 そしてポットを戻すと、自信に満ちた声でミディの言葉に答える。


「ありがとうございます。ふふっ、女中頭として当然ですわ。これで下手だと言われたら、他の者たちに示しがつきません」


「あなた……、女中頭なの!?」


 少女の返答に、ミディは驚きに瞳を見開いた。

 女中頭と言えば、城で働く大勢の女中たちを管理し取りまとめる者。エルザ城で言えば、侍女長のフィルと同じ立場である。


 驚きに続く言葉が出ないミディを見ながら、ユニはあら?といった様子で王女に尋ねる。


「あら、お伝えしておりませんでしたか?」


「してなかったと思うのだけれど……」


「そうでしたか! これは大変失礼致しました」


 申し訳なさそうに、ユニが謝罪をした。少女の謝罪に、ミディは慌てて手を振ってその必要がない事を告げる。

 ユニと初めて出会ったのは、ミディが心身ともにボロボロだった時期だ。もしかするとただ自分の記憶に残っていない可能性もある。


「凄いわね。その年齢で女中頭なんて」


「ありがとうございます。ここはやる気と実力主義ですから、年齢や性別・容姿はそれほど問題ではないのですよ」


 少し誇らしげに、ユニはミディと向かい合うように椅子に座った。銀のスプーンでカップの中をかき混ぜながら、少しだけ甘味料を入れる。


 エルザでは、「年齢=経験」という考え方がある為、ユニのような少女を女中頭に据える事は今まで前例がない。ユニと同じ立場である侍女長フィルは40代、エルザ王国で最年少の大臣長であったメディアも、それでも25歳だった。


 改めてエルザと魔界の違いを思い、ミディは話を戻した。


「それで、あなたが侍女として私の元に来てくれたわけね」


「はい! ジェネラル様に直々お願いし、お許しを頂いたのです! もう本当に嬉しくて……。ミディ様が初めて魔界にやって来た時から、このような機会があれば絶対にお仕えしようと思っていましたわ!」


「あっ、ありがと……」


 今まで普通に会話をしていたユニが、少し暴走気味に、ミディへの気持ちを熱く語る。


 ここまで熱烈に、自分の侍女に名乗り出てくれた事にありがたいと思う反面、どこか目の前の少女に只ならぬ違和感を感じ、ミディは少し頬を引き攣らせながら礼を言った。


 そんなミディの気持ちに気づかず、ユニは胸の前で両手を組むと、上目使いに王女を見る。

 

「いいえ、お礼なんて……。こうしてミディ様と一緒にいられるだけで、色々と妄想が……」


「……妄想?」


「あっと、気にしないで下さい! あはっ」


 そう言ってミディから視線を逸らすユニ。その頬は何故か赤い。

 背筋に悪寒を感じ、ミディは小さく身震いした。そして変な方向に行きそうになっている流れを変えようと、違う話題を振った。


「それにしても、あなた女中頭なら忙しいはずでしょう? 大変だったら、他の者を回してくれてもいいのよ?」


 ユニの事を考えた発言のつもりだったが、王女の言葉に少女の瞳がみるみるうちに潤みだした。胸の前で組んでいる両手に力がこもり、ミディを見つめる視線がさらに熱いものへと変わる。


「あああ……、何てお優しい……。ミディ様のお気遣い感謝致しますわ!」


「えっ…、ええ……」


 予想外の反応に、返答に困るミディ。この王女も、散々求婚者たちの性格を捻じ曲げて来たのだが、ユニのような反応は初めてで戸惑っているようだ。


 彼女の気持ちを置いてけぼりにしている事にも気づかず、ユニのミディに対する熱い気持ちが語られる。


「たくさんの女中たちが、ミディ様の侍女の座を狙っていたんですよ。もう皆、やりたいやりたいって、大騒ぎで……。しかし!! ミディ様の侍女は、私以外ありえませんわ!!」


「えっ…、ええ……、なんか……、悪かったわね……」


 あのミディが引きながら、悪い事を一言も言っていないのに謝った。


 ここ最近、女中達の間で、ジェネラルがミディの侍女を探している事が話題となっていた。皆が侍女を名乗り出て、そこそこ大きな騒ぎになっていたらしい。


 その超高倍率だった侍女の座を、魔王に直談判するという荒業を使ってまでして、見事ユニが射止めたという。


「でも女中頭のあなたが名乗り出たなら、誰も文句言えなかったでしょう?」


 何気ないミディの言葉だったが……。


「ええっ? ええ、ええ! まあっ、そうですね!!」


「……何焦ってるの?」


 空笑いを上げるユニを、疑惑の目で見るミディ。ユニは彼女の疑惑から逃れるように、慌てて両手を激しく振った。


「ミディ様、何も焦っていませんわ! 他の女中たちには、ちゃんと説明して平和的解決をしたのですよ! 裏で取引するなんて、そっ、そそ、そんな浅ましい真似を、私がするとお思いですか!?」


 ……色々と根回しが大変だったらしい。


 あえてミディは、それには触れない事にした。恐らくそれに触れたら、きっと自分に良くない事が降り注ぐ、そう第六感が伝えていたからだ。


 深く突っ込んだことを聞かれなかったので、ユニも明らかにほっとした表情を浮かべ、息を吐く。そして、可愛らしく両手を胸の前で組むと、少し首を傾けて口を開いた。


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