第151話 涙3

「なっ、何を言っているの、ジェネ? 私、無理なんてしていないわ」


「嘘だよ」


「嘘じゃないわ!」


「じゃあ何故、笑って楽しそうな声をしてるのに……、泣きそうになっているの?」


 ジェネラルの指摘に、ミディの表情が一変した。先ほどまで明るかった表情が消え、唇をかみしめてジェネラルから視線を外す。手はぎゅっとシーツを掴み、彼女の気持ちを代弁しているかのようだった。


 ミディもまた、自分の心を押さえつけているのだと、ジェネラルは気づいていた。


“ミディも、きちんと向き合わなければならない。じゃないと……、いつまでも苦しみ続ける事になる”


 その苦しみは、彼女の心に癒せぬ傷となって残り続けるだろう。ただでさえ、四大精霊の予言に怯える彼女に、これ以上の重荷は背負わせたくない。


 魔王は椅子から移動すると、ミディがいるベッドに腰を掛けた。そして彼女の視線に入ると、安心させるように微笑みを浮かべた。


「メディアは反逆者だ。たくさんの人々を傷つけた。王女としての立場であるなら、憎むべき相手だ。でも……」


 一呼吸置くと、俯くミディの肩にそっと手を置く。


「……ミディにとっては、過去に命と心を救ってくれた相手だ。だから、苦しんでいるんだね。王女としての心と、ミディ自身の心が対立して……」


「……わっ、わたしは……」


 ジェネラルの言葉に、ミディの唇が小さく震えた。それ以上声が出ないのか、ただ握った拳に視線を向けている。

 

 彼女の心を解き放つには、もうひと押し必要だと感じた魔王は、左手に魔力を込め解き放った。

 そして俯くミディに、再度声を掛ける。


「ミディ、この部屋の声は、外に漏れないようにしたよ。だから、何を言ってもいいんだよ」


「何を……言っても?」


「うん。だから……、聞かせて? ミディが何を言っても、僕は全てを受け止めるから」


 彼の声に顔を上げたミディに、ジェネラルは優しく頷いた。

 

 旅を共にしていた時と同じ、変わらない優しい瞳が、ミディの前にあった。

 自分の愚かな気持ちを知ってなお、それを聞き、受け入れようとしてくれている魔王に、ミディの心から押さえていた気持ちがあふれ出した。


「うっ……、あぁぁ……」


 唇が震え、喉の奥から嗚咽が漏れた。青い瞳に涙が溢れ、留めなくこぼれて落ちる。それは頬を伝い、シーツに小さな染みをたくさん作った。


 地下牢の時よりも静かに、深く悲しみに沈むミディがいた。


 王女として、メディアの存在を許すわけにはいかなかった。

 しかし彼は、ミディの命と心を救ってくれた恩人だった。


 それを知った時、心が引き裂かれる思いがした。

 彼がこの国や両親、自分にしたことを憎み、その反面憎みきれない自分がいた。

 しかし、その気持ちを決して口にしてはいけないと、憎まなければならないと我慢していた。


「もし……、もしもう一度会うことが出来たら、今度こそちゃんとお礼を言いたかった! 本当に感謝してると……、伝えたかった! ……なのにどうして……、どうしてこんな事に!!」


 決して人々の前で口にしてはいけない想いが、次々と溢れる。どこで何を間違えたのか、早く気付いていればと、後悔の言葉が部屋に響く。しかし、


「……苦しかったね。もう大丈夫だから」


 決して責める事のない、優しい声がミディの心に寄り添う。


 自分を包み、それを許してくれる人がいる。

 自分の相反する心を察し、愚かな想いを受け止めてくれる人がいる。


 ミディは、ジェネラルの胸元に縋り付くと、泣き続けた。

 そんな彼女を魔王は抱きしめると、子どもをあやすように、優しくその髪をなで続けていた。

 

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