第119話 伝言

 真夜中。


 コンコンコン。


 下から響く控えめなノック音に、シンクははっと飛び起きた。

 そして暖炉に近づくと、薪が置いている部分にそっと声をかけた。


「……合言葉は?」


「……ジェネラル様は、ミディ様が大好き」


「……………よし」


 ジェネラルが、マジ泣きしながら辞めてくれと懇願した合言葉を聞き、シンクは声の主が待ち人だったと確信すると、暖炉内の薪を取り除き、壁のとある部分を触った。


 鈍い音を立て、暖炉に人一人通れるぐらいの穴が現れる。


 これは以前、ミディとジェネラルが追手から逃げる際に使った、秘密の抜け穴だった。


 モジュール家の城から脱出する際にも使えるが、逆にモジュール家への訪問を隠したい客人にも使える。今回の利用は、後者のようだ。


 しばらくシンクが待っていると、


「……よいっしょっと」


 穴からひょこっと、小さな頭が現れた。次に顔、そして体と、少しずつ訪問者の全貌が明らかになる。


 深夜に、以前ミディ達が逃げるのに使った秘密の抜け穴を使い、やって来たのは、大きな茶色の瞳を持ち、本来肩まであるだろう茶色の髪を、無理やり2つにまとめた可愛らしい少女であった。

 歳は、ジェネラルよりも少し下くらいに見える。


 見た目はただの少女なのだが、その出で立ちが変わっていた。

 

 飾り気はないが、艶やかな光沢を放つ黒のワンピースと、白いエプロン。そして髪の毛が落ちない為に頭で結ばれたレース状のヘッドドレスという、まるで城にいる侍女たちと同じ姿だったからだ。


 夜中に、秘密の抜け道を通って現れた、侍女姿の少女。この単語の並びだけでも、何かただ者ではない感じが伝わってくる。


 抜け穴から現れた少女は、スカートについた土汚れを、取り出したハンカチでふき取ると、乱れた身なりを素早く整えた。


 そしてシンクの前に立つと、スカートを持ち上げ、少女がするには優雅すぎるお辞儀をした。 


「初めまして、シンク・モジュール様。わたくし、魔王ジェネラル様の遣いで参りました、女中頭ユニと申します。以後お見知りおきを」



*  *  *



 ジェネラルはもうモジュールにはいない。ミディ救出の準備の為、魔界に帰ったのだ。


 おおよその作戦は立てているのだが、このまま作戦決行の日まで音信不通だと不安な為、連絡役に一人の魔族をよこす約束をしていた。


 それが魔族――女中頭と名乗るユニであった。


 今、アクノリッジの部屋には、部屋主とシンク、そしてユニが、テーブルを挟んで向かい合う形で座っていた。


 優雅な手つきで出された香茶を飲む少女を、アクノリッジが無遠慮に見ているが、ユニは彼が考えている事が分かったのか、カップを置くと笑みを浮かべた。その頬に、小さなえくぼが現れる。


わたくしも同じですよ、アクノリッジ様。今までわたくしも、ミディ様以外の人間という存在を見たことがありませんでしたもの」


「……いや、そうじゃなくてだな。なんで、その服装なんだ?」


 意思疎通失敗。だが、ユニは全く動じない。


 アクノリッジの視線の理由は、ユニの服装だった。

 これから様々な事が起こる中、何故その服をチョイスしたのが、アクノリッジには非常に謎だったのだ。


 ユニは、ああ、といった様子で、自分の着ている服に視線を向けた。


「城で働く女中たちは、皆この服装で働いております。何か問題でもありまして?」


 またしても意思疎通失敗。

 アクノリッジが聞いてるのは、そういう事ではない。

 こちらの言い方が悪いのかと、すこし言葉を選んで説明し直す。


「いや……、うーん……。何というか……。これから戦いやら何やら色々あるのに、その服じゃ動きにくくね? 何ならうちの服で気に入ったやつ、着てくか?」


 制服どうこうではなく、もっと重視すべき点があるのではないか、とアクノリッジは言いたかった。例えば、動きやすさだったり、目立ちにくさだったり。

 

 青年の申し出に、先ほどまで優雅な振る舞いを見せていたユニが暴走した。

 何がトリガーかは分からないが、彼女の何かしらスイッチを押してしまったようだ。


「なっ、なっ……、何を仰いますか!! 動きやすさ? この服ほど動きやすい服はございませんわ!! それに我々はどんな時でも、優雅に、気高く、主の為に心を尽くすのが役目! この服は、それを示す我ら心の姿そのもの!! 行く先が戦場だろうが、パーティーだろうが、関係ありません!! むしろこれがわたくしたち、女中の戦闘服とお思い下さいませ!!」


「おっ…、おう…。なんか……、すまんかったな……」


 アクノリッジが若干引きながら、悪い事を一言も言っていないのに謝った。


 どうやら、魔界の王に仕える女中たちは、この服に特別すぎるこだわりがある、という事だけは、二人に伝わったようだ。


 そして今のでユニが変な奴だという事が、二人にバレた。


 二人のぽかーんとした表情を見、ユニはしまったという顔をした。俯き、ぶつくさと後悔の言葉を呟く。


「……あー……、やっちゃった……。でも、無理無理! このお二人の前だと、色々と妄想が広がって、まともに話が……」


「えっ? 妄想?」


「いえいえ!! 何もありませんわ!!」


 シンクに問われ、ユニは慌てて笑いでごまかした。

 ブツブツ呟いた内容は一部しか聞こえなかったが、とりあえずユニがこの緊急事態とは全く関係のない事、むしろこの二人にとって不穏な事を考えていた事だけは、この伝わってくる。


 少女は気を取り直し、一つ咳ばらいをすると、表情を始めのそれに戻し、主の伝言を伝えた。


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