第115話 選択2

「結構苦労したんだぜ? レージュとエルザ、いる場所で名前を変えてるなんて、反則だと思わねえか?」


 先ほどとは違う、父親の砕けた口調とは正反対に、アクノリッジの表情は固まっていた。


 無言でただ、手元の書類を手繰っている。


 そこに書かれているのは、当時屋敷に務めていた者、学友として交流が合った者、教師や屋敷に出入りしていた者まで、メディアを知る様々な者たちの証言がまとめられていたのだ。


 メディア・ティック。元の名は、ディレイ・スタンダード。


 レージュ王国にある、小さな貴族の出。

 二人兄弟の末っ子として生まれる。

 

 学問・武術・芸術、あらゆる面で優秀な成績を残し、万能型と呼ばれる才能を持っていた。


 しかし不幸にも両親は長男にしか興味がなく、どれだけディレイが素晴らしい成績や結果を残そうが、気にも留めなかったと、当時の使用人が話している。


 その為、兄には大勢の家庭教師を付け、最高の教育を受けさせていたのにも関わらず、弟には外部の学校に通わせ全ての教育を丸投げしていた。


 しかし、与えられた教育の質に大きな差があったのにもかかわらず、何事においてもディレイは兄よりも優れていた。


 兄は、常に優秀な弟と比べられ、疎ましく思っていた。ディレイの体には、普通では見えない場所に痣があり、恐らく兄から受けた暴行だろうと、屋敷を取り仕切っていた当時の執事は声を潜めながら話した。


 自分自身に興味を持たない両親、自分を疎ましく思っている兄。


 ディレイが成長するにつれ、優秀だった成績は落ち、あらゆる面で素晴らしい結果を残していた栄光は、影を潜めた。


 そんな家庭環境の中、ディレイの才能が潰されるのは、仕方のない事だったと、当時の彼を知る者は語る。


 15歳の頃、転機が訪れる。

 父から、エルザ王国への留学を打診されたのだ。


 ただそれは、事実上の厄介払いであった。

 しかし、ディレイはそれを受け入れた。そして受け入れる条件を出した。


 それが、家を捨て、名を変える事だった。

 ディレイ・スタンダードを死んだことにし、没落した貴族で自分と同じような歳の子どもの死を隠している者から、死んだ者の名とそれまでの人生を買ったのだ。


 養子ではない。成りすましだ。

 養子では、スタンダード家とのかかわりが残ってしまう。


 そう言われ、金欲しさに提案を受け入れたと、ただ一人生き残ったティック家の者は話した。ただその話を聞いたのち、彼も死んでしまったようだが。


 もちろん、エルザ王国留学には、身辺調査が行われる。もし正式な手続きをとっているのならメディアの名が、ディレイ・スタンダードであり、過去に様々な方面で優秀な成績を残した、という経歴が分かっただろう。


 しかし、死者の成りすましでエルザに入った為、メディア・ティックとしての調査しか行われなかった。本物のメディア・ティックは、幼いころに亡くなっている。レージュ時代の生い立ちが、何一つ見つけられなかったのは当然だった。


 一通り資料を読み終わったアクノリッジは、乾いた目を擦ると、こわばった肩の力を抜いた。


「……何か、気味悪りいな。レージュでの自分を死んだことにしてまで、奴は何をしたかったんだ?」


 開口一番、アクノリッジの感想がこれだった。誰もが疑問に思う事だろう。

 ダンプヘッダーは、興味薄そうな様子で頬杖を付き、


「……まあ、想像はつくさ」


とぽつりと漏らす。

 

「エルザに来て新しく人生をやり直したかった。その為に、過去をなかったことにしたかった。おおよそ、そんな下んねえ理由だろ」


「それだけの為に……、ここまでやるか、普通?」


「ここまでやるほど、奴は歪んでるって事さ」


 メディアをそう評する父親に、全く迷いはなかった。恐らくこの国で、メディアに対しそう言い切れるのは、過去を知るダンプヘッダー以外いないだろう。


 アクノリッジたちですらメディアを、人の気持ちを考えない、国の為なら平気でミディを道具扱いにする人間、としか思っていなかったのだ。


 歪んでるか、とアクノリッジは心の中で呟く。確かに父親の表現は的を得ている。


 彼は手に持った書類を封筒に戻しながら、改めて資料に費やされた膨大な時間を思った。

 

「……親父。この資料、作るのに滅茶苦茶時間掛かってると思うんだけど、このタイミングで持って来るなんて、準備が良すぎねえか?」


 証人を探すところからかなり大変だったはずだ。それを、めっちゃベストタイミングで渡してきたので、アクノリッジが疑問に思うのも、当然だろう。


 ダンプヘッダーは悪びれもなく、むしろドヤ顔で胸を張った。


「メディアの事は、あいつが大臣長に就任した時に徹底的に調べたからな。大臣長ぐらいになると、モジュール家にも口を出してくるかもしれねえ。いざという時の、切り札だ」


 父親の回答に、アクノリッジは二の句を継げなかった。


 メディアが大臣長に就任してから、もうすでに3年が経っている。


 父親は、モジュール家と関わりある者、これからあるだろう者の身辺を徹底的に洗い、有事の際の切り札としてとっておいたのだ。


 もちろん、メディアだけではない。現職大臣たち、モジュール家とのかかわりが強い城の者なども、調査対象に入っている。


 とことん抜け目のない。

 ダンプヘッダーはドヤ顔を戻すと、崩した体制を元に戻した。


「確かにメディアは、エルザ王国で王にも民にも信頼が厚い。様々な政策を王に進言し、多くの民が救われている。しかし……、人間、根っこはそう簡単には変わらん」


 どこか遠い目で、ダンプヘッダーが語る。大勢の人々、欲に塗れ破滅してきた者たちを見てきた彼だからこそ、何か感じるものがあるのだろう。


 メディアが何者であるか知っていたからこそ、反逆を起こした話にも驚かなかったのだと、アクノリッジは遅ればせながら気づいた。


 アクノリッジは、封筒を脇に抱えると立ち上がった。

 そして、父親を睨みながら、釘を刺す。


「……約束、守れよ。反故にしやがったら、この屋敷にドラゴン襲撃以上の破壊をお見舞いしてやる」


「ああ、約束は守るさ。さすがにあの時は俺も面食らったな。ようやく屋敷の修理が終わったんだ。また壊すのは勘弁な」


 あの時の惨状を思い出したのだろう。ダンプヘッダーの表情が歪む。

 ドラゴンの襲撃が、ミディ主導の下で行われたことは、兄弟二人の秘密にしている。さすがの父親も、真実には至っていないようだ。


 ダンプヘッダーから視線を外すと、アクノリッジは大きな音を立てて部屋を出た。


 息子が去り、一人になったダンプヘッダーは体の力を抜き、椅子に深く腰掛けた。そして息子との会話を思い出し、小さく笑った。


「あいつ、俺の事超嫌ってるくせに、言動も行動も、まんま俺と同じじゃねえか……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る