第123話 侵撃

 人々の上を、何か大きな影が通った。


 普段、決して見る事のない大きさの影。誰もが上を見上げるのは、当然の事だった。


 次の瞬間。


 鼓膜を突き破るかと思える程の爆発音が、会場に鳴り響いた。


 エルザ城の屋根から、白い煙が上がっている。何かによって、城の屋根が吹き飛んだようだ。


 爆発の威力があまりに強かったからか、屋根の残骸はボロボロに崩れ、小さな欠片となって地上に落ちていく。煙と細かい残骸が、人々の上に降り注いだ。

 

 続いて、2,3つ目の爆音が鳴り響いた。先ほどと同じく、屋根に白い煙が増えている。


 神聖な結婚式の最中に起こった突然の爆発。


「きゃっ、きゃああああ―――!!」

 

 人々の叫びが響き渡る。

 我先にとこの場から逃げようと、人の波が出口に押し寄せた。


 しかし、再度横切った巨大な影に、人々の足は止まらざるを得なかった。


 グオオオオオオォォォォン!


 今まで人々が聞いた事のない、低く長い咆哮。


 巨大な翼を広げ、プロトコル未確認生物――ドラゴンが人々の頭上を飛んでいたのだ。


 それも1頭だけではない。かるく20頭以上は超えるだろう。さまざまな色を持ち、鋭い爪を動かしながら飛び回っている。


 先ほど横切った影は、ドラゴンのものだったようだ。 


 そのうちの一体が地上に降り、人々の前にその姿を晒した。自分の力を誇示するかのように翼を広げ、再び咆哮を上げる。


 耳をつんざく激しい咆哮に、人々は思わずその場に立ち止まり、耳を塞いだ。


 頭上を飛ぶ、そして地上に降り立ったドラゴンの姿を見、メディアは信じされない様子で心の言葉を思わず叫んだ。


「ドラゴン……なのか!? 一体何が起こっているんだ!!」


 しかし、その問いに答えられる者、そして答える余裕のある者は、一人もいなかった。代わりに、


「メディア様! ミディローズ様! 危険です、急いで城の中へ!!」


 護衛がメディアに避難を促した。

 後ろを見ると、護衛に守られた来賓たちが城内に避難する為集められていた。

 メディアは護衛の言葉に頷くと、ミディの手を取り、城内へ避難しようとした。


 その時、空を飛んでいたドラゴンが、下で逃げ惑う人々の中に急降下してきた。


 人々が悲鳴を上げ、更なる混乱を引き起こす。

 ドラゴンは地上に降りはしなかったが、地面すれすれまでやってきたと思うと、何かがその背中から飛び出してきたのだ。


「あっ、あれは……、何だ!?」


 ドラゴンから飛び出した何かを目にし、誰かが叫ぶ。


 それは、人間と同じ者もいるが、明らかに人間と違う特徴を持つ者たち。

 人々の中に、古い物語が、自分達が存在を空想上のものにしてしまった者たちの名が蘇る。


「まっ……、魔族だ!!」


「魔界の者達だ!!」


「魔族が、攻めて来たぞ!!」


 魔族の存在を認め、人々はさらなる混乱に陥った。


 エルザの兵士たちは、人々を守るため、剣を持って飛びかかっていく。未知なる者たちとドラゴンの存在に、兵士たちの顔も恐怖で引きつっているが、それでも立ち向かう勇気は称賛に値するだろう。


 兵士と魔族との戦いが始まろうとしたその時。


 ゴゴゴゴッ……。


 音を立て、飾られていた像の表面が剥がれ、モジュールから贈られた像が動き出した。と同時に、やけにハイテンションな青年の声が、響き渡った。


「リリアン・ブレードサンダー特別エディション、始動っ! ミディ様を、お守りするのですっ☆」


 声の主は、アクノリッジである。この危機的状況にも関わらず、楽しんでいるかのようにも見える。


 モジュール家から贈られた像は、実は自動人形に装飾を施した物だったのだ。城の守りの一つとして、飾りに模して特別に作成したものだった。


 モジュール家の自動人形が優秀なのは、皆よく知っている。

 少しでも戦力の足しになるかと期待したのだが……、


「あっ、アクノリッジ様!! 自動人形たちが、エルザの兵士たちを攻撃しています!!」


「えっ? そう?」


 彼らを守る護衛の言葉に、アクノリッジはきょとんとした様子で、自動人形たちの行動を見た。

 確かに魔族と戦わず、エルザの兵士たちを取り囲み、網などで行動不能にしている。


 魔族たちは、自動人形の力も手伝って、襲いかかってくる兵士たちを簡単に避けながら、不思議な力―—魔法で動きを止めていく。魔法を使われ、力自慢の兵士達も、手も足も出ない。


 はっきり言って、状況を悪化させているが、製作者は、


「ん~~、設定を間違ったみたい☆ ごめんね! てへっ☆」


 瞳から星マークを飛ばしながら、超軽く謝った。その様子に、全く悪気は感じられない。


 その時、空を飛ぶ1頭のドラゴンが、メディアたちのいるバルコニーに降り立った。

 翼の羽ばたきが、人々を吹き飛ばさんと襲い掛かる。


 舞い上がる瓦礫や砂埃に目がやられぬよう、来賓たちは目を瞑り、顔や頭を守っている。

 メディアはミディの頭を抱きかかえながらも、己も飛ばされぬよう風圧に耐えていた。


 風が止んだ時、立ちすくむメディアたちの前に、彼の者が姿を現した。


 この非常事態の中でも、思わず人々の口から――特に女性たちからため息が漏れた。


 一部が少し首にかかる、艶やかな黒い髪。

 まるで黒石の輝きを思わせる、黒き瞳。


 彼が持つ男性の美しさと、その中に潜む強さは、あらゆる者達を魅了し、心を奪うだろう。

 

 闇色の甲冑とマントを身に着けた青年が、そこにいた。

 左手には埋め込まれた宝石が、魔力に溢れた力の結晶が、光り輝いている。


 人間と全く同じ姿をしているが、彼が纏う雰囲気は、人間とはかけ離れたもの。

 

「きっ、貴様、何者だ!」


 護衛の一人が、震える声で青年に問う。

 青年は、口元に笑みを浮かべると、よく響き渡る声で自らが何であるかを名乗った。



「我は魔界を統べる者――、魔王ジェネラル」 

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