第95話 偵察

 ミディに会いに行こう。


 ジェネラルは、その気持ちを胸に秘め、空を見上げた。


“まずは、ミディがどこにいるかを探らないと……”


 これほど大きな城なのだ。侍女に案内されて通ってきた廊下だけでも、たくさんの部屋があったことを思い出す。城全体を考えると、かなりの部屋数だと予想できた。


 その中から王女の部屋を探すなど、骨の折れる作業だろう。


 地道に探していたら、恐らく朝になるか、その前に見つかって捕らえられてしまうに違いない。


 うーん、としばらく腕組みをしていたジェネラルだったが、


“とりあえず、魔力の目を飛ばして偵察してみるか”


 組を解くと、少年は左手のひらを上に向け、魔力を込めた。

 アディズの瞳が小さく光り、すっと音もなく青白い光が魔王の手のひらに出現する。


 魔力を集めて作った目。

 ジェネラルの意志通りに動き、周囲の情報を彼に伝えてくれる便利な魔法だ。


 彼から離れる程効果は薄れてしまうが、魔力の目が届かないくらいの距離にミディがいるなら、どっちにしても簡単に訪問出来る場所ではない為、改めて対策を考える必要がある。


“まあ、その時はその時だ”


 ジェネラルは魔力の目を解き放った。

 自身も目を閉じ、空を飛ぶ光に意識を集中させる。

 

 目を瞑っているのにもかかわらず、ジェネラルの脳内にバルコニーに立つ自分の姿が浮かぶ。

 魔力の目が映している映像なのだろう。


 魔法が上手くいったと、ジェネラルは瞳を閉じたまま満足そうに微笑む。

 そして再度魔力の目に意識を向けると、あたりを探索し始めた。


 外からそっと他の部屋のバルコニーに近づくと、見つからないように部屋の中をのぞき込む。

 夜も遅い為か、ほとんどの部屋が闇に沈んでいるが、ミディらしき人物は見当たらない。


“うーん……、やっぱり王女だから、安全な奥の方の部屋にいるのかな?”


 魔界の城の部屋構造を思い出しながら、ミディの部屋の場所を予想する。

 そして、魔法の目をさらに城の奥へと向かわせた。


 城の奥、そしてその上層階を中心に、魔力の目を移動させていく。

 バルコニーに近づいては中を覗き、ミディの姿がなければそっと離れて別の部屋へ行く。


 それをジェネラルは根気強く続けていった。

 しばらくして、


“そろそろ……、目も限界かも……。次で一番上の階みたいだから、ここにミディがいなかったら、一回休憩しようかな……”


 魔力の目から見える情報が、少しずつ霞がかったものになり、ジェネラルは限界を感じていた。

 それにずっと集中していたので、この辺で一度休憩をとった方がいいと判断する。


 休憩前にもう一仕事とばかりに、ジェネラルは霞がかった映像に意識を向けた。

 ふとその時、少年の脳裏に、薄く光の放つ部屋が映った。


 何気なく、その光に吸い寄せられる形で魔力の目を近づける。

 そこには、


“……!! あの後姿は!!”


 息が止まる。

 映像は霞がかっているが、数か月前、毎日のように後を追い、見ていた後姿だ。見間違えるわけがない。


“……ミディ!! 見つけた!!”


 ジェネラルの脳裏には、椅子に掛けているミディの後姿が映っていた。

 少年の地道な探索が、実を結んだ瞬間だった。ミディがすでに眠り、光を落としていたら見つけられなかっただろう。運も味方したと言ってもいい。


 見つけた喜び、そして何とも言えない、胸をぎゅっと締めつけられる気持ちが、彼の心を満たす。 


 だがこのまま、感情に心を向けている場合ではない。


“魔力の目が辛うじて届いているなら……、ここからミディの部屋まで跳べるかな?”


 魔力の目が映している場所なら、ジェネラルの魔法で移動することが出来る。

 少年は一度、魔力の目から意識を外すと、閉じていた瞳を開け、部屋に戻った。


 そして旅の道具が入った袋を、ブツブツ呟きながら中身を選別していく。


「ええっと……、まずは四大精霊の地図。これがないと僕、魔界に帰れないから、これは絶対に持っていかないと……。次は、お金。『道』にたどり着く為の旅費分だけでいいかな。あとは……」


 万が一、移動に失敗し、兵士たちのいる場所に出てしまったら、恐らく自分は捕まってしまう。

 最悪の事態に備え、ジェネラルは決して失ってはいけない物を、小さな袋に詰め直しているのだ。

 ブツブツ言っていたジェネラルの手が、ある物を見て止まった。


「これは……、チャンクの屋敷で見つかったメダル……」


 ジェネラルの手には、チャンクが必死で隠そうとしていたメダルが握られている。

 ミディから、絶対に無くすな、という命令と共に預かっていたものだ。


 メダルを見て呟いたミディの姿を思い出す。

 多分これは重要な物だ。


「……チャンクの事件解明の大切な手かがりだもんね。一応持って行っておくか」


 もしミディに出会えたら、その時に渡せばいいだろう。

 ジェネラルは軽い気持ちでメダルを袋に詰めると、紐で袋の口を縛り、ポケットにねじ込んだ。


 準備は出来た。

 再び、ジェネラルはバルコニーに出た。


 そして瞳を閉じると、ミディの部屋のバルコニーに待機させておいた魔力の目に、再び意識を同調させる。


 左手のアディズの瞳が魔力を帯びる。

 十分な魔力を集めたと感じたジェネラルは意を決し、口を開いた。


「……転移」


 次の瞬間、バルコニーに少年の姿はなかった。

 ただ開け放たれたままの窓から、カーテンが強くはためいていた。

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