第77話 獣
「うわああぁぁぁぁ―――!」
「ひいいいいいいい―――!」
ミディたちと同じく、落ちる護衛たちの悲鳴が聞こえる。
バックは声こそ上げてないが、歯を食いしばると、ミディを守るように彼女の頭を両腕で庇っている。
このままだと、バックがミディの下敷きとなる形で激突するだろう。
元々、人を落として殺す仕掛けではないようで、地面までの落下距離はそれほど高くはない。
しかし、打ち所が悪ければ危険な高さだ。
バックの腕の間から、ミディが叫ぶ。
「ジェネ!!」
「分かった!!」
ミディの言葉にジェネラルが頷く。
彼女が伝えたい事は、分かっている。
ジェネラルの左手に、魔力が集まった。
魔法を組み立て、一気に放出する。
落下した皆が地面に叩きつけられる瞬間、体が軽くなったかと思うと、衝撃なく地面に着地したのだ。
共に落ちた護衛たちは、驚き、何か起こったのかと、周囲や自らの足を見ている。
バックは、自分の腕の中で身じろぎしているミディに気付くと、慌てて手を彼女から離した。
そして、駆け寄ってきたジェネラルと、目の前のミディに怪我がないかを問う。
「ミディ、ジェネット、大丈夫か!?」
「いや、無事ですが…。ジェネットって偽名なんですよ…。本名はジェネラルなんで、そう呼んでいただけますか…?」
バックの言葉に、ジェネラルの頬が引きつった。
確かに、きちんと自己紹介できる状態ではなかったので、バックが勘違いしたのは仕方ない。
彼の言葉と様子に理由を察したのだろう。
小さく笑うと一言、「すまない」と詫びた。
「ちっ…、無傷か…。運のいい奴らだ」
上から降ってきた声に、皆が今まで自分たちが立っていた場所を見上げた。
チャンクだ。
「チャンク様! どうして我々まで!!」
「そうだ! 俺たちまで落とす必要ないだろう! 殺す気か!!」
巻き添えを食らった護衛たちが、チャンクへ抗議している。確かに、彼らが怒るのも無理はない。
しかし、目の前にやってきたものを見た瞬間、護衛たちの口から抗議ではなく悲鳴が漏れた。
「二人とも下がって!」
ただ事ではない雰囲気にバックは剣を構え、ミディとジェネラルの前に立った。
暗闇から、何かのうめき声が聞こえる。
人間ではない、何か動物の凶暴な声が。
金属同士が触れる甲高い音が、響き渡る。
この部屋とそれを仕切っていた門が、開かれた音だ。
現れたのは、全身毛に覆われ口に鋭い牙を生やした巨大な灰色の獣だった。血走った黄色い瞳で、目の前にいる者たちを見ている。
「そんな…、なぜ、あんなものがエルザに!?」
姿を現した獣を見、バックが叫んだ。
あの獣について、知っている様子だ。
「バックさん! あの獣は……」
「クルーシーだ! 非常に凶暴な危険動物で、エルザには生息してないはずだ!!」
唸り声を上げ、こちらに向かってくるクルーシーから視線をそらさず、バックが早口で答える。
彼の説明が聞こえたのか、チャンクのめっちゃ嬉しそうな声が、バックの言葉に続いた。
「そうだとも、よく分かったな。私が可愛がっているペットだ。この2日間ほど何も食べてないからな。お前たちなど、あっという間にたえらげるだろう」
2日間何も食べていない、という部分で、落ちた護衛たちが悲鳴を上げた。中には腰が抜けているものもいる。
クルーシーの凶暴性を知らないジェネラルでも、一目見てかなり危険な状態である事が分かった。
“野生動物って、本能で容赦なく向かってくるから、魔法を使っても結構厄介なんだよね”
空腹で凶暴化しているのだ。なお更だろう。
気を引き締め、バックの隣に出ようとした時、ミディの手がジェネラルの首根っこを捕まえた。
「ジェネ、あなたはここから出て、あの変態を捕まえなさい」
変態―—もちろん誰の事かは、説明はいらないだろう。
てっきり自分も参戦すると思っていたので、ミディの言葉は意外だった。
「二人だけじゃ、危ないよ! あの獣、かなり凶暴化してるみたいだし!!」
「まあ何とかなるわよ。とにかくあなたは、クルーシーが出てきた場所から脱出して、あの男の身柄を確保しなさい。あいつを逃がしたら、元も子もないわ」
「確かにそうだけど……。あのクルーシーが出てきた場所、地上につながってなかったらどうすればいい…?」
「自分で道を『作りなさい』」
「ああ、やっぱりそうだよね……」
そんな事、改めて思わなくてもわかっている事だ。
しかし今は、突っ込みを入れている場合ではない。
「私達もクルーシーを倒したら、すぐに駆けつけるわ」
「うっ…、うん! 分かった! 気をつけてね!!」
真剣な表情で、ジェネラルは頷いた。
彼の様子に、ミディも満足そうに頷く。
「ミディ! 来るぞ!!」
バックの鋭い声が飛んだ。
クルーシーが空腹を満たす為、物凄い勢いでこちらに駆けてきたのだ。
周りで怯えている護衛たちに目もくれず、ピンポイントでバックを狙っている。
バックは体制を低くすると、クルーシーの下に転がり込み、鋭い剣先を獣の腹に突き刺した。
しかし、力が弱かったようで、薄くクルーシーの皮を裂いただけだった。
甲高く狂ったように声を上げると、クルーシーは苦しみながらミディへ突進する。
ミディは剣を抜くと、横に避けるついでに突き出た鼻に切りつけた。
2度のダメージを食らい、痛みで混乱したクルーシーは、壁に激突する。
「ジェネ、今よ!!」
ミディの叫びに、ジェネラルは弾かれるように、クルーシーが出てきた門へ駆け出した。
いきなり行動を起こした餌の一人を、クルーシーが本能的に追おうとしたが、
「行かせるか!」
壁にかかっていたたいまつを片手に、バックがクルーシーの行き先をふさぐ。
やはり動物、火が怖いのだろう。
クルーシーは唸り声を上げ、数歩後ろに下がった。
だがあきらめていない様子で、その獰猛な瞳をバックに向け、隙あらば飛び掛らんと体制を低くしている。
彼の援護をしようと、ミディも隣にやってきて剣を構えた。
「ミディ、ジェネラル一人では心配だ! ここは……俺に任せろ!! あんたも行け!!」
クルーシーに視線を向けたまま、バックが話しかける。
表情は厳しいままだが、低く鋭い声の調子から、彼がジェネラルをかなり心配しているのが感じられる。
確かに、何も知らない彼から見れば、ジェネラルはただの可愛い少年にしか見えない。心配するのも仕方がないだろう。
しかし、心配しているのは少年の事だけではない様子だ。
ほんの一瞬だけ、ミディに視線を向ける。
だがミディには、バックの言葉の裏を読み解く余裕はなかった。
青年の言葉をそのまま受け取ったミディは、明るい調子で言葉を返した。
「大丈夫よ。あの子なら」
「でも……」
「確かに見た目は子供だけど、ジェネはね」
ふっとミディの口元が持ち上げられる。
何かを思い出したかのような笑み。
そしてどこか、自信に満ちた声で言葉を続けた。
「魔王だもの」
「…………はっ?」
予想だにしなかった答えに、バックが思わずミディの方に顔を向けた。
だがミディはそれ以上何も言わず、笑って返すと、
「バック、来たわよ!」
襲い掛かってきたクルーシーに向かって剣を振り下ろした。
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