第74話 拉致

 ジェネラルが連れて行かれたのは、正面玄関ではなく裏口らしい小さな入り口だった。


 男がドアをノックすると、若い女性の声がそれに答えた。

 木が軋む音とともに、扉が開かれる。


 そこは、少し薄暗い部屋だった。部屋にあるたった一つのランプが、弱々しく燃えている。


 周りには、木箱や樽が積み上げられており、その上にはうっすらと埃が積もっている。普段使われていない倉庫なのだろう。


 そのような場所に、1人の女性が立っていた。


 着飾らずに町を歩いても、かならず誰かが声を掛けると思われる美貌の持ち主だ。くっきりとした二重と大きな瞳が印象的だ。 

 彼女は、この屋敷の侍女だろう。

 

 が……。


「相変わらずだなあ。チャンク様の趣味は」


 男が女性の格好を見て、苦笑を浮かべた。

 ついでにジェネラルは、苦笑どころか苦痛を表情を浮かべ、彼女を見ていた。


 見事なくらいの、ピンク色。ご丁寧に、彼女がはいている靴も、ピンクである。


 ピンクのブラウスの上には、レースがふんだんに使われた、白いエプロンが掛かっている。頭には、それ必要ですか? と問われるような、レースとリボンを山ほどあしらったヘッドドレスを着用していた。


 スカートの丈が膝上なのも、動きやすさを重視したもの……ではなさそうだ。


 どう見ても、普通に働くのにこのような格好をする必要があるのか、誰もが疑問に思う格好である。

  

 女性は男の言葉に答えず、ジェネラルの手を引いた。

 その瞬間、彼女の表情が少し動いたのを、彼は見逃さなかった。

 

「もし返品するなら、また連絡するよう伝えてくれ」


 これで男たちの役目は終わったのだろう。そう一言言うと、そのまま建物の中には入らず、元来た道を戻っていった。


“このまま終わると思わないでくださいね……”


 その思いを胸に、男たちの後姿を睨みつけていたジェネラルだったが、不意に手を引かれ、扉から引き離された。


 決して無理やりではないが、有無を言わせぬ雰囲気に、ジェネラルも大人しく女性について行く。歩く方向に、一つ扉が見えた。


「あの…、あなたももしかして……ぼっ、いや私と同じように…」


 恐る恐る女性に声をかけるジェネラル。

 

 多分、この人身売買について、屋敷にいる者全てが知っているわけではないのだ。でなければ、こんな裏口でコソコソする必要はない。


 しかし、この女性はあの男たちからジェネラルを預かったという事は、全てを知っていると言う事だ。


 それらの事実から、彼が導き出した答え。


 この女性も同じように、攫われてきたのではないかと。


 彼の言葉に、女性の足が止まった。


 答えがその口から漏れる事はなかったが、彼女の行動からジェネラルの予想が当たっている事が分かる。


 女性の前に行き、顔を覗き込んだ。

 女性は泣いてはいなかったが、哀れむようにジェネラルを見返した。


「……ここから、出たいですか?」


 彼の問いに、しばしの沈黙の後、女性はゆっくりと口を開いた。ぎゅっと瞳を閉じると、搾り出すように声を出す。


「……出たい…。私には…村に夫と2人の子供がいるの……。こんな気味の悪い所、1秒だっていたくない…。早く出たい…」


 しかし逃げられないのだ。自分が逃げた後、家族に危害が及ぶ恐れがあるからだと苦しそうに女性は続けた。


「ここにいる女性の多くが、色々な方法で連れてこられた人たちなの。あなたも、これから嫌な思い一杯すると思うけど、いつか解放されるかもしれないから…」


 ジェネラルを見て、自分の子供の事を思い出しているのかもしれない。 

 無理やり作った笑顔が、痛々しく感じた。


 ジェネラルは、エルザ王女がこの事件を知ったという事を、話して安心させてあげたかった。


 しかし、計画が万が一敵に漏れたら、全てが台無しになる。


 少年は真実を話す代わりに、


「大丈夫です。きっと…、きっと…きっと! ううん、絶対に、家族に会えますから!」


 ありったけの思いを込め、女性の手を強く握った。


「ええ、そうね…」


 優しい母親の笑みを浮かべると、女性はそっと目尻を押さえ、少年の小さな手を握り返した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る