第37話 兄弟2

 声の方向に視線をやると、そこには肩に当たるぐらいの銀髪の髪の少年が、腕組みながら立っていた。


 歳は、ジェネラルよりも少し上ぐらいだろうか。


 アクノリッジと同じ薄い水色の瞳をしているが、青年より瞳が大きくどこか活発な印象が感じられる。


 頬には少年らしい丸みがあり、アクノリッジと比べて幼さが見える。


 ジェネラルよりは背は高いが、アクノリッジと比べるとまだまだ成長途中というところだろうか。


「しっ、シンク様!」


「おお~、我が弟、シンクじゃないかぁ☆」


 アクノリッジと男たちが、ほぼ同時に少年の名を呼んだ。


 ジェネラルは、昨日のミディとセレステの会話の中でも、何度かこの名前が出てきた事を思い出す。


“ああ、この人が、アクノリッジさんの弟であるシンクさんか。もう一人のミディの結婚候補だね”


 少年―シンクは、アクノリッジに一瞥をくれたが、すぐに視線を外すと、


「気持ち悪い。あんたと同じ血が半分体に流れていると思うと、ぞっとするよ」


と、まるで汚物を見て悪態をついているかのように、言い放った。


 だがアクノリッジも負けてはおらず、相変わらずのほほ~んとしながらも、


「そうだねぇ~ それは僕も同感っ☆ 久しぶりに、意見があったねぇ~! 明日、地震が起こらなければいいけどねっ☆」


など、この青年が口にする所を想像出来ない、厭味を込めた言葉をシンクに返している。どうやら、


“この兄弟……、物凄く仲が悪いみたいだね。セレステさんの言葉からも、お兄さんと弟の派閥があるような話をしていたし。後、シンクさんの言葉から考えると、お父さんかお母さんかが違うみたいだね。多分……、お母さんかな?”


 厭味を言い合っている2人を少し離れた場所から見つめ、ジェネラルは過去の記憶と照らし合わせて冷静に分析をしていた。


 刺客の二人は、今が逃げるチャンスだと思ったのか、適当に言い訳をしてこの場を離れているのでもうすでに姿はない。


 捕まえて誰が主犯かを自白させる機会を失い、自らの危険もなくなった為、ジェネラルもこの場にいる理由はない。


“うん、僕ももう部屋に戻ろ。明日の為に精神を温存しておかないと”


 明日もまた、アクノリッジの精神攻撃が待っているのだ。


 自分も刺客たちに習い、この場から立ち去ろうと足を上げた時、シンクの視線がジェネラルに向けられた。


 相手を見下したかのような視線に、ジェネラルは不快感を覚える。


「お前がミディ様が連れてきたジェネラルって奴か?」


「……そうですけど」


 無遠慮で乱暴な言葉に、ジェネラルのこめかみがぴくっと動いた。


 しかし、こちらが怒るもの大人気ないと思い、何とか気持ちを落ち着ける。


 そんなジェネラルの思いも知らず、シンクは言葉を続ける。


「何だ、ミディ様が認めた奴って言うから、どんな奴かと思ったら……、まだガキじゃん。こいつを倒すなんて楽勝だろ?」


 水色の瞳を細め、ジェネラルを見下しながらシンクは鼻で笑った。


 ジェネラルのこめかみがまた、ぴくっぴくっと痙攣する。


 が、こちらが怒るもの大人気おとなげ(以下略)ということで、何とか反論の言葉を飲み込む。


 言葉を発しないジェネラルに変わり、アクノリッジが口を開いた。


「倒せばいいって……。もしかして、シンクもジェネラルと勝負するって言うのぉ~?」


「俺もミディ様の結婚候補なんだから、当たり前だろ? それに、お前がこいつに勝ってミディ様と結婚ってなったら、それこそ一大事だしな」


「むむぅ~」


 確かに、シンクも候補に入っているのだ。ジェネラルの実力を測るというこの勝負に参加しても、全くおかしく無い。


 しかし、アクノリッジはいまいち納得がいかない様子で唸っている。


「まあ俺は後ほど決闘を申し込んで、一気にカタをつけるけどな。時間も労力も、暇なあんたみたいに余っているわけじゃないし」


 今まで兄が、ジェネラル対してどんなことをして来たか、知っているのだろう。


 シンクは嘲る言葉を兄にぶつけると、何とか気持ちを落ち着けて深い心で銀髪の少年の不作法を受け止めてあげようとしているジェネラルに視線を戻した。


「って事だから、降参するなら今のうちだぜ?」


 彼の礼儀に欠ける発言に、ジェネラルの気持ちを抑えていた何かがはじけ飛んだ。


 ジェネラルは満面の笑顔――、しかし、心の籠らない敵意を含んだ瞳でシンクを見つめ返すと、


「決闘でも何でも、そちらがお得意な手段でどうぞ。それぐらいのハンデがないと僕も面白くないですから。それとも不安であれば、お二人一緒でも結構ですよ?」


 皮肉、自らの力の誇示を含んだ言葉を、シンクに投げつけた。後半の言葉では、笑顔すら消えている。


 いつもならどうにか平和的に解決しようと望むジェネラルが、相手を挑発する発言をしているなど、魔界の誰もが想像できないに違いない。


 シンクの表情が憎々しげに歪んだ。


 しかし、負け犬の遠吠えとでも思い直したのだろうか。


「決闘の後で、同じセリフが言えるか、楽しみにしてるぜ」


 生意気そうな表情に戻し、相変わらず上から目線な発言を残して、この場から背を向けた。


 どこに隠れていたのか、シンクの付き人たちが3人ほど現れ、彼の後ろをついていく。


 ジェネラルの後ろで、アクノリッジが、


「シンクが勝負を決める前に、僕がジェネラルを倒すんだからぉ~!」


と叫び、その場から走り去って行ったが、ジェネラルにはどうでもよかった。


“魔法が使えない相手に、本気なんてって思ったけど……。シンクさんには、ちょっとぐらい本気だしても、きっといいよね”


 小さな笑いを浮かべ、ジェネラルはそんなことを考えていた。


 が、次の瞬間。


“え? え? ちょっと、僕、何を考えてたんだよ!! これじゃ完全に、ミディの思うつぼじゃないか――!!”


 先ほどまでの臨戦態勢はどこへやら。


 頭を抱えてしゃがみこむ、いつものジェネラルの姿があった。


 自分がミディの望む「魔王」に近しい思考に陥ってしまったことを、激しく後悔しているようだ。

 

 この後、こっそりシンクたちとのやり取りを聞いていたミディが上機嫌だったのは、言うまでもない。


 それを見て、さらにこれからの自分に不安を感じるジェネラルであった。

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