第36話 兄弟

 朝食が終わり、部屋に戻ろうと長く続く廊下をミディと共に歩いていた時、ジェネラルは穏やかならぬ視線を感じた。


「ミディ……、後ろに誰かいるみたい」


 声のボリュームを抑え、そっとミディにそのことを伝える。


 ミディも気づいていたのだろう。歩みを止める事無く、先ほどと同じ様子で彼の言葉に頷いた。


「そうね…、とうとう向こうが本性を出してきたって事ね」


 本性を出してきた――つまり、本気でジェネラルを排除にかかったということだ。


「まあ、私がいる前で襲ったりはしないでしょうね。でも…」


「僕が一人になれば……、って事だね」


 ミディの言葉を、少し緊張した面持ちでジェネラルは引き継いだ。


「そうね。ジェネとアクノリッジの本人同士の勝負だっていうのに、困った人たちだわ」


 苦笑しながらミディは少年の言葉に頷く。困ると言いつつも半分諦めているのが、表情から読み取れる。


 ジェネラルは、ぎゅっと左手を握った。そこには、魔王の証である『アディズの瞳』がある。


 魔法が使えるジェネラルだが、例え相手が魔法を使えない人間であってもこれから襲われるかもしれないと思うと緊張する。


 魔王といえども、刺されれば痛いし、血を流しすぎれば死んでしまうのだ。


 過去、魔王の座と『アディズの瞳』を目的に、自分を狙った魔族との戦いを思い出し、ジェネラルはきつく唇を噛んだ。


 この少年も、思いの外色々と修羅場をくぐっているらしい。


 相変わらずジェネラルを狙う者たちは二人の後をつけ、今か今かとチャンスを待っている。


 背後から感じられるダダ漏れの殺気に、ミディはそっと、


「殺気を隠そうとしないなんて……、ほんと素人。こんなのじゃ猫も殺せないわよ?」


とため息をつく。数ある武術大会での優勝者。言葉が重い。


 そうしている間に、ミディの部屋にたどり着いた。


 部屋に入る間際、ミディはそっとジェネラルの耳元で囁いた。


「戦いの基本は先手必勝よ。私が部屋に入った瞬間、彼らに魔王の力を思い知らせてやりなさい」


「うっ、うんっ! 頑張るよ!」


 小さく拳を握りながら、ジェネラルはミディの言葉に頷いた。


 少年の気合の入ったポーズに、ミディの瞳がすっと細くなる。


 そして、軽く黒髪を叩くとミディは部屋に入って行った。


 ミディの姿が完全に消えるのを見届けると、ジェネラルは王女の前では見せなかった戦闘態勢に入った。


 ミディのアドバイス通り、相手に襲われる前に撃退しようという作戦だ。


 『アディズの瞳』に、魔力が集まるのが分かる。


“さあ……、こっちから先に行かせてもらうよ!”


 準備が整い、いざ振り返った瞬間。


 スポッ!


「おわっ!!」


「うぷっ!!」


 何かがはまる音と、間の抜けた男たちの声。


 振り返って目に入った光景に、ジェネラルの体が傾いた。左手に集まっていた魔力が、瞬時に霧散したのが感じられる。


 そこには頭に大きな壷を被せ、床に転がって壷を取ろうともがいている男2人と、のほほ~んとした表情を浮かべるアクノリッジの姿があったのだ。


 アクノリッジの腕には、男たちがかぶっている壷と同じ大きさの壷が抱えられている。


 目をぱちくりさせながら、アクノリッジは気だるい間の抜けた声で男たちに声を掛けた。


「何でここにいるのぉ? ジェネラルと間違って被せちゃったよぉ~。 君たちがいなければ、ジェネラルに『壷被せようぜ☆作戦』、大成功間違いなしだったのにぃ~!」


 ぷくっと頬を膨らませ唇を尖らせ、アクノリッジは男たちを責めた。


 どうやら彼が、刺客である2人の男に壷を被せた張本人のようだ。


 ようやく壷から抜け出した男たちは、アクノリッジの不満そうな表情を見、引きつった笑いを浮かべながら、慌てて握っていたナイフを鞘に納めると懐にしまった。


「いやっ……、その……」


「ええっと……、じぇっ、ジェネラル様は可愛いなあっと…」


「そっ、そう! 可愛いなあと思って、思わす後をつけてしまったんです!」


 とっさに考えついた苦しい言い訳に、ジェネラルの片頬を引きつらせ、2人の男たちを見ていた。


 心の中では、


“いやいやいやいや!! もっとましな言い訳があるでしょうよ!! なぜ変態的言い訳を選んじゃったの、この人たち!! 敵だけどすっごく残念だよ!!”


と、同情の念すら感じていたりする。


 そんなジェネラルの気持ちを他所に、アクノリッジは指を鳴らし、にっこりと笑って頷いた。


「そかぁ~、納得っ☆」


「…………………………」


 まさか信じちゃうなど、ジェネラルも男たちも夢にも思ってなかったに違いない。


 アクノリッジの納得発言に、その場が凍り付いた。


 金髪の青年を除くみんなが、


“いや、納得するなよ……”


と、言うに言えない言葉を心の中で突っ込んだのは言うまでもない。


 その時。


「訳の分からない理由で納得するなよ」


 まるで皆の思いを代弁したかのような発言が、長い廊下に響き渡った。

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