第32話 結婚相手

 下らない口論がようやく終わり、何とかアクノリッジの待つ応接間にたどり着く事が出来たミディたち。


「さすがミディ様ぁ~ お綺麗で、もうクラクラしちゃうますぅ~☆」


「はいはい、ありがと」


 目の前でやたら星マークを炸裂させながら、ハイテンションでミディに話し掛けるのは、先ほど青年―アクノリッジだ。


 彼も着替えたのか、ジェネラルと同じような白のブラウスを着、何故か青い蝶ネクタイを付けている。


 何故蝶ネクタイなのか、そして何故青色なのか、その答えは目の前の青年しか知らないだろう。


 今まで出会ったことのない種類の人種に、ジェネラルの表情は相変わらず固まったままだ。


 青年の言動一つ一つが、未知なるものへの恐怖として少年の精神を蝕んでいく。


 だが、ミディは扱いなれた様子で、アクノリッジの精神的攻撃とも言える言葉に表情一つ変えずに対応していた。


 凄いというしかない。


 類は友を呼ぶとは、まさしくこの二人の事を表しているのだろう。


 挨拶も終わりアクノリッジは長い足を組むと、にっこりと笑った。


 笑顔だけ見るとかっこいいのだが、言葉を口にした瞬間それらが全て崩れ去ってしまうのが、青年の凄いところだ。


「所でミディ様ぁ。今回の『リリアン・ブレードサンダー』どうでしたぁ?」


「今回は中々だったと言っておくわ。でもまだ単体の改良が必要だと思うのよ」


「あっ、それはちょっと痛い意見かもっ☆ 足の改良は大分進んだんですよぉ~! 今まで使用していた素材以上に軽く、丈夫な素材の開発に成功したんですぅ☆」


「軽くっていうのは、あれにとっては諸刃の剣よ。素早く動けるけど、軽くなるし。足場はやっぱりしっかりしていないと」


“会話が成立してる!! 凄すぎる!! てか、あの自動人形に名前がついてるなんて……。そして、全然似合ってないよ……”


 意味不明な会話についていけず、ただ心の中でアクノリッジのネーミングセンスのなさを突っ込む魔王。


 置いてきぼりを食らって寂しいという気持ちはなく、むしろ勝手にやってくださいという思いの方が強い。


 だが、そう思っている時に限って、話が振られるものである。


「あれ?そういえば、ミディ様のお隣にいる男の子、誰なんですぅ? 僕、まだ紹介してもらってないんですけどぉ~、お付きの人ですかぁ?」


 頬を膨らませ唇を尖らせて、アクノリッジはミディに問い掛けた。


 可愛らしく拗ねたつもりなのだろうが、全くと言っていいほど可愛くない。


 可愛い仕草をしながら、怒りのオーラを発して剣を振り回すミディといい勝負である。


 とりあえず、名前だけは名乗らないと失礼だと思い、ジェネラルが口を開いた瞬間、


「ミディ様、失礼致します」


 その声と共に部屋に入ってきたのは、落ち着いた色のドレスを着た少しふくよかな中年女性だった。


 アクノリッジと同じ金色の髪を結い、複雑な装飾がなされた髪飾りを付けている。


 瞳は薄い緑色をしているが、アクノリッジと同じく細めの瞳が印象的な女性である。後ろには侍女を2人が、待機していた。


「あっ、お母様☆」


 満面の笑みを浮かべアクノリッジが、母と呼んだ女性の元へ走り寄る。


 しかし、女性は冷たい視線をアクノリッジに向けると、


「アクノリッジ。ミディ様に失礼でしょう? 早く元の座っていた場所に戻りなさい」


と感情の篭らない冷たい声で言い放った。


 母の言葉とは思えない冷たさに、ジェネラルは寒気を覚えた。


 だが当のアクノリッジは、気にした様子もなく、笑顔のまま元の場所へ戻っていった。


 あまりに自然な行動に、青年が日ごろからこのような冷たい仕打ちを受けているのが、ジェネラルには分かった。


 ちょっとだけ、青年に同情の気持ちを感じる。


 だがミディは、アクノリッジと母親のやり取りに、眉一つ動かさず、笑顔を浮かべて立ち上がった。


「セレステ様、お久しぶりです。急にこのような形で押しかける事となり、申し訳ございません」


 ミディは女性―セレステに向かって深々と礼をした。


 慌ててジェネラルも立ち上がり、ミディにならって礼をする。


「ふふっ、急にこちらにご訪問されるのは、昔からの事ではありませんか。お気になさらず、いつでもいらして」


 ようやくセレステの表情に、感情らしきものが浮かび上がった。


 セレステは、侍女2人に何か持ってくるように伝えると、アクノリッジの隣へ優雅に腰掛け、口を開いた。


「ミディ様も、お元気そうで何よりですわ。相変わらずお美しく、うらやましい限りです」


「ありがとうございます。セレステ様もお変わりない様子で、安心致しましたわ」


 笑顔を添えミディが答える。


 表面的な面白くも何とも無い挨拶が繰り返され、ジェネラルが眠くなってきた頃、話の流れが急に変わった。


「そう言えば、ミディ様。まだあの条件で結婚相手を探しておられるのですか?」


 先ほどまで穏やかそうだったセレステの視線が鋭くなるのを、ジェネラルは見逃さなかった。


 ちらっと横に座っているミディの方へ視線をやったが、相変わらず笑顔を浮かべている。


 気がついているが、気づいていないフリをしているだけだろう。


 相手に悟られず、同じ表情を浮かべてられるのは、さすがというか何と言うべきかもしれない。


 ミディは笑顔を少し曇らせ、うつむき加減でセレステの問いに答えた。


「ええ…。ですか…、ようやく私も心が決まったのです」


 この言葉に、この場にいた3人の目が点になった。


“心が決まったってどういうこと…? 話の流れから考えると、結婚相手が決まったって事だよね? えっ?えっ?? まさか…、この人に勇者の話するつもりじゃ!”


 色々な考えが頭の中をぐるぐる回ったが、歓喜に満ちたセレステの言葉が、さらにジェネラルの思考を混乱に導いた。


「まあ、ミディ様! ようやく、アクノリッジとの結婚を決心して頂けたのですね?」


 アクノリッジとの結婚、というパワーワードに、ジェネラルの瞳が零れんばかりに見開かれた。


“ちょっと待って! 今、アクノリッジとの結婚を決心して頂けたのかって、言ったよね!? ってことは、アクノリッジさんはミディの婚約者ってことなの!?”


 驚きのあまり、ジェネラルは言葉も出ない。ただ瞳だけは忙しなく瞬きを繰り返している。


 アクノリッジはアクノリッジで、


「わーい。ミディ様のお婿さんだぁ☆☆」


と、その場を飛び跳ねんばかりに喜んでいる。


 喜びに瞳を輝かせているセレステ。


 お婿さんとはしゃいでいるアクノリッジ。


 衝撃的事実に固まっているジェネラル。


 絵にするには、あまりにもバランスが悪すぎる構図は、ミディの一言により一瞬にして崩れ去った。


「あら? 私、アクノリッジと結婚を決意したなんて、一言も申しておりませんわ」


「何ですって!? まさか…、シンクをお選びになったのですか!?」


 もう少しで頂上につくという所で足を踏み外してしまったかのように、喜びに満ちていたセレステの表情が一変する。


 手のひらを反すようなその変わりようが非常に怖い。


 半分睨むかのように見つめるセレステの視線を平然と受けながら、彼女は口を開いた。


「いいえ。確かに、私が結婚相手を選べなかった場合は、モジュール家のアクノリッジ、弟のシンクのどちらかを迎える、と非公式ながらもお約束はしておりますが……。でも私は見つけてしまったのです。結婚相手を……」


「ええ~、僕じゃないんですかぁ? ミディ様ぁ」


「だっ…誰ですか…その相手とは…!」


“僕も初耳だよ!! やっぱり勇者の話を……、いやいやいや!! それだけは絶対に駄目だよ!!”


 3人が見守る中、ミディの頬がみるみるうちに赤く染まっていく。


 ミディを知らない人は、今から口にする言葉を恥じらっている、というように受け取るだろうが……、ミディの本性を知るジェネラルにとっては、不気味の一言に尽きる。


 緊張しながら、彼女の言葉を待っていると、不意にジェネラルの肩にミディの手が置かれた。


 何事かとミディに視線を向けると、彼女もこちらを見ていた。


 …いつもと違う、潤んだ瞳で。


「彼の名前はジェネラル。私が見つけた結婚相手ですわ」

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