第26話 召喚

 幼い少女に何もしてあげられない事実に、ミディは怒りを感じていた。

 もちろん、怒りの対象は自分自身だ。


 その時、


「ねえコーラス。お父さんとお母さんに会いたくない?」


 いつの間にか二人の傍にやってきたジェネラルが、コーラスと視線を同じにし、少女の瞳を覗き込んでいた。三人で団欒していた時と同じように、穏やかな表情を浮かべている。


 彼が発した言葉に、ミディもコーラスも驚いて魔王を見た。


「おにいちゃん……? おとうさんとおかあさんに会えるの?」


「うん、会わせてあげるよ」


 まるで、友達を紹介してあげると言う気軽さで、ジェネラルは間髪を入れずに頷く。


 しかし、すぐさまミディによって、無理やり少女から引き離されてしまった。

 自分の方に引き寄せたジェネラルの肩を掴むと、コーラスから背を向け、彼女に聞こえないように真意を問う。


「正気なの、ジェネ!? 相手はもう死んでいるのよ? どうやって……」


 ミディの言っている事はもっともである。

 ジェネラルはふっと表情を緩めると、ミディの問いに答えた。


「ミディ、以前僕言ったよね? 魔王は、死者の世界への影響力も持っているって。その力を使えば、コーラスの両親を現世に召喚する事も出来る。そうすれば、あの子も死者の世界へ旅立てるんじゃないかな」


「死者の魂を、現世に召喚するって……」


 以前ジェネラルから聞いた、『魔王は死者の世界に影響を持っており、死者の魂を現世に呼び出すことが出来る』力の事をミディは思い出す。

 あの時は、死者を冒涜する行為だと怒ったのだが。


 彼女の表情から、自分の力の事を思い出してくれたことを悟ったジェネラルは、


「大丈夫だよ、ミディ。多分、これが一番いい方法なんだと思う。だから、ここは僕に任せて!」


 と力強く頷いた。明るい声だったが、表情は真剣そのものだ。


 不安が残るのか、彼女が承諾するまでに少し間があった。だが、ジェネラルの真剣な思いにとうとう折れた。


「……分かったわ」


 そう言うとミディはコーラスの傍を離れる。

 ジェネラルは再びコーラスに近づくと、少女の前で膝をつき視線を同じにした。 


「じゃあ、コーラス。一生懸命に、お父さんとお母さんを思い出して。そして、自分の所に来てって強く願うんだよ」


 笑みを浮かべジェネラルが指示すると、コーラスは期待に満ちた瞳を向け、こくりと頷く。


 目を瞑り両手を組み、少女の祈りが始まった。


「おとうさん、おかあさん、ここにきてください……」


 眉間に皺を寄せ、手が震えるほどしっかり握り、コーラスが祈り続ける。


 ジェネラルはゆっくりと立ち上がると、コーラスの額に左手を当てた。

 コーラスの祈りと思いが、アディズの瞳を通して伝わってくる。

 その思いを力に乗せ、死者の世界へと意識を飛ばした。


 一瞬にして死者の世界にジェネラルの力が満ち、目指すものを照らし出す。


 コーラスの両親の魂を。


 この世界で死んだ者は、死者の世界へと旅立つ。

 そこで、魂のまま留まり続けるか、消滅し、新たな魂誕生の力となるかを決めることが出来るのだ。

 

 消滅していないか不安があったが、無事両親の魂を見つけ出す事が出来、ほっとする。


 だが本当に大変なのは、現世への召喚だ。


「お父さんとお母さん、見つけたよ。今、こっちに呼ぶから、コーラスも頑張って祈るんだよ」


 そう言って、ジェネラルは一つ息を吐いた。


 低い旋律が、少年の唇から流れ出す。


 歌のように聞こえるそれは、死者世界の呪文。

 死の世界に干渉する事を許された、魔王のみ唱えられる呪文である。


 少年の額に大粒の汗が流れる。声は淡々としているが、表情は非常に苦しそうだ。


 苦しそうな少年、必死で祈る少女を前に、見守る事しか出来ず苛立ちを感じていたミディだったが、


“……何かがいる!”


 今まで感じたことのない異質な雰囲気を感じ、ミディは総毛立った。


 コーラスとジェネラルの前に、何かが形作られようとしている。それは次第にしっかりしたものへと変わり、やがて若い二人の男女が姿を表した。


 女性の目元が、コーラスと似ている。この二人が、コーラスの両親なのだろう。

 

 二人の姿が完全に現れた時、ジェネラルの呪文が止まった。


『コーラス!!』


 二人は目の前の少女を見た瞬間、我を忘れたかのように駆け寄ると、彼女を強く抱きしめた。


 祈ったままの姿勢で抱きしめられたコーラスは、始め何が起こったのか分からない様子だったが、自分を抱きしめているのが両親だと気づくと満面の笑みを浮かべ、その首に抱きついた。


「おとうさん! おかあさん!!」


『コーラス……、可哀相に……。こんな姿になって……』


 頬を寄せ両親が言葉を繰り返す。その目には、涙が溜まっていた。三人は再会を喜んでいたが、父親がジェネラルの姿に気がつき、深々と礼をした。


『この子は私達が責任をもって連れて行きます。魔王ジェネラル様、本当に有難うございました。そしてそちらの女性の方も……』


 少し離れていたミディが、ジェネラルの隣にやってきた。

 そして、誰もが目を奪われる程の優しい笑みを浮かべ、彼らの言葉に答えた。


 ジェネラルは一つ頷くと、再びゆっくりと呪文を唱えだした。

 三人の姿が、ゆっくりと薄くなっていく。


 母親に抱きついていたコーラスは、振り返ってミディ達を見ると、大きく口を開いた。


 彼らの魂は現世を離れかけていた為、声は聞こえなかった。しかし二人には、コーラスが何を言ったのか、ちゃんと分かっていた。


『ありがとう!』


 こうして親子は、死者の世界へと再び戻っていった。


 彼らの姿が完全になくなった時、地面が歪み、何かが体から引き剥がされるような感覚が二人を襲った。


 あまりの気持ち悪さに、額を抑え目を閉じるミディ。


 異変が収まり、目を開けたとき、目の前に広がる光景を見て小さく呟いた。

 予想していたのだろう。その表情に驚きは見られない。


「……あの家は、あの子が作り出した幻想だったのね」


 さきほどまであった小屋は、跡形もなく消えていた。


 元々なかったと主張するかのように、数本の細い木々が並んで生えており、地面には低い木や草が覆い茂っている。


 ただミディ達の荷物だけが、小屋にいたときと同じ場所に転がっていた。


 全てか解決した安堵からどっと疲れに襲われたが、ミディの心はそれ以上のぬくもりに包まれていた。


 無事還る場所へ還った少女の笑顔と声が残っているからだろう。

 自然と口元に笑みが浮かぶ。


 そして兜についた土を払いながら、先ほどから一言も発しないジェネラルに視線を向けた。


「まるで夢を見ていたみたいね……、そう思わない、ジェネ? ……ジェ……ネ? ……ジェネ!!」


 静寂の森の中で、ミディの叫びが響き渡った。


 そこには、急激な力の消耗に耐えられず、地に伏せた魔王の姿があった。

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