第24話 少女2
少女は、コーラスと名乗った。
コーラスに案内され、ジェネラルとミディはさらに森の中へと入っていった。
こうして辿り着いたのは、森の中の一軒屋だった。
家というよりも、小屋と言った方がいいだろう。
しかし表向きとは違い、中には非常に快適な生活空間が広がっていた。
部屋の中央には、食事用のテーブルが置かれ、音を立てて炎を上げている暖炉の側には、長いソファーが置かれている。
暖炉の上には、少女が描いたのであろう絵が飾られていた。
そこには、お世辞にも上手とは言えない、女性と男性と少女の三人が描かれている。
テーブルに置いている椅子の数、そして絵を見ると、コーラスが三人家族である事は安易に想像出来た。
いつもこのソファーで楽しく団欒していると思うと、非常に微笑ましい。
その部屋の中で、コーラスの感嘆が響き渡った。
「すごーい!」
彼のポケットの中から次々と出される綺麗な玉に、コーラスは瞳を輝かせ拍手をした。ジェネラルが奇術と称し、簡単な魔法を使って見せたのだ。
もちろん少女は、目の前で繰り広げられている事が、魔法だとは微塵も疑うことなく喜んでいる。
「はい、これで終わりだよ」
「ええ~、もっとおー」
何もないと両手を開くジェネラルに、コーラスは不満そうに抗議した。可愛らしく唇を尖らせている。
ジェネラルは小さく笑い、もうないよと言うと、軽くコーラスの頭を撫でた。
唇を尖らせていたコーラスの表情がみるみるうちに緩み、彼女の顔に笑みが戻る。
そんな二人の様子を、ミディが微笑ましそうに見ていた。
「何だかあなたたち、まるで兄弟みたいね」
「あはは、そうかなあ」
ミディの発言に、ジェネラルは照れくさそうに笑って答えた。まんざらでもないようだ。
“もし僕に妹がいたら、こんな感じだったのかな?”
目の前のコーラスに目を細めながら、ジェネラルはぼんやりそんなことを想像してみる。
確かに、ジェネラルとコーラスが遊ぶ姿は、まるで妹をあやす兄のように見える。
しかしコーラスは大きく首を横に振った。
「ちがうの。兄妹じゃなくて、おにいちゃんはコーラスのお父さんで、おねえちゃんはコーラスのお母さんなのー」
「っ! げほっ、げほげほっ……」
満面の笑みを浮かべ、無邪気に言い放った少女の衝撃発言に、茶を飲んでいたジェネラルが咽た。
頬がうっすら赤くなっているが、堰の苦しさから来るものとはまた別のものであるようだ。
そんなジェネラルに、先ほどまでの表情とは一変し、ミディは冷たい一瞥を投げる。
「どうして咽ているの? ジェネ」
「いっ、いや……。ちょっとびっくりして……」
「びっくりしてって、小さな子が言ってる事でしょ? そんな事で驚くなんて、相変わらず魔王としての根性が据わってないわね」
「いや……、それは魔王とか関係ないから……」
何かしら魔王と繋げるミディに呆れながら、ジェネラルは答えた。
相変わらず頬に熱が篭って、不自然に火照っている。赤くなった頬を隠すように別の方向を見ると、勢いをつけて葉茶を飲み干した。
ミディは、ふと窓の外に視線を向けた。外は日が落ち、もう真っ暗である。
木々が揺れる音、そして風が吹き抜ける低い音が聞こえてくる。
少し眉根に皺を寄せると、王女の膝の上で機嫌よくしているコーラスに声をかけた。
「ねえコーラス? お家の人は、まだ帰って来られないの?」
コーラスの両親は共働きで、普段は家にいないのかもしれない。
しかし幼い少女を残し、こんな時間まで誰も帰ってこないなど、少し不自然だ。
コーラスは、無邪気な笑みを浮かべ答えた。
「うん、誰も帰ってこないよ。ここにいるのは、私だけなの」
「えっ?」
予想外の答えに、ジェネラルとミディは同時に声を上げた。
どう答えようかと固まる二人を余所に、変わらぬ笑みを浮かべ少女の言葉が続く。
「でも大丈夫。いまは、新しいお父さんとお母さんがいるから、さみしくないの」
「えっ? 新しいお父さんお母さんって……」
少女の言葉に、ミディは我が耳を疑った。確かめるように、少女の言葉を繰り返す。
コーラスは、変わらず無邪気な笑みを浮かべ、頷いた。
「うん、新しいお父さんとお母さん。ミディおねえちゃんと、ジェネラルおにいちゃんの事だよ?」
「……コーラス。私たちは、あなたの新しいご両親じゃないわ。どうしたの……?」
「ううん、ふたりは私のおとうさんとおかあさん。やっと見つけたの……」
困惑気味にミディは首を横に振った。長い髪が揺れ、コーラスの頬に一房当たる。
しかしコーラスは笑ったまま、ミディとジェネラルを見上げていた。
その笑みには、先ほどまでの無邪気さはなく、どこか暗い影を秘めた不気味なものに写って見える。
ミディは反射的に立ち上がると、コーラスから身を放し、ジェネラルの側に立った。
魔王も、少女から放たれる異質な雰囲気に身構えていた。
幼い少女に魔法を披露していた兄のようなジェネラルの姿は、どこにもない。
「やっと見つけたの……。ずっと一人で寒かった……。ずっと一人で寂しかった……。でも、もう一人じゃない……」
コーラスはゆっくりと立ち上がった。
その双眸に、『狂気』の光を宿して。
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