第17話 襲撃3
「悪いわね、ジェネ。これはまだ渡せないわ」
ミディはゆっくり首を横に振った。
断られ、今度はジェネラルが驚きに目を見開いた。
「なっ、何で!? 僕が権利証を元に戻せば、お婆さんは立ち退かなくてもいいんだよ!?」
「でもこのまま権利証が元に戻っても、あいつらの嫌がらせは終わらないわ。この事件はね、元凶を断ち切る必要があるのよ」
「元凶を?」
「そうよ。権利証を戻すのは、それが終わってからよ」
そう言ってミディは、ジェネラルを宥めるように彼の頭を軽く叩いた。兜の隙間から見える青い瞳は、緊張の中に穏やかさを宿し、ジェネラルに向けられている。
魔王の中で、果物屋の襲撃後での彼女の冷たい行動が思い出された。
“あの時ミディは、お婆さんを無視しようとしたんじゃない。凄く怒っていたんだ……。だから……”
民を見捨てようとしたわけではない。怒りで周りが見えなくなっていたのだと、遅ればせながら気づき、何も知らずに彼女を責めた自分が恥ずかしくなった。
その時、
「こっちだ! この者だ! シンセ!!」
「この者が、襲撃者ですか、オルタ様。……確かに、何をどうしたらこんな状態になるのやら」
少し禿げかかった恰幅のいい親父――オルタと、シンセと呼ばれたこの町の警備隊長が、荒々しい足音と共に元にやってきた。彼らの後ろには、部下である警備兵たちが、剣を構えて控えている。
オルタは、自分が雇った護衛だけではあき足らず、国からマージに派遣されている警備隊長に協力を要請したようだ。
彼らは陣形を組むと、シンセを先頭にミディたちの前に立ちはだかった。その細く鋭い茶色の瞳からは、隊長と呼ばれるに相応しい気迫が感じられる。
「襲撃の理由はこちらでゆっくり聞こう。さあ、来るのだ」
シンセは、ミディに剣先を突きつけると、反対の手で部下たちに手で合図した。
隊長の合図に従い、警備兵たちがミディたちを取り囲む。魔法で吹き飛ばすでもしなければ、逃げる事は出来ないだろう。
だがミディは逃げる素振りも見せず、剣を収めて両腕を組むと口を開いた。
「ならば私たちだけでなく、あなたの隣にいるその男も、捕らえる必要があると思うのだけれど」
シンセはミディの言葉に以外に、言葉遣いと声の高さ、そしてエルザの紋章が入った鎧を見、眉根を寄せた。
「お前、女なのか? いや、その鎧……。エルザの紋章が入っているが、一体……」
「今、解決すべきは、あなたの個人的な疑問ではないと思うのだけれど?」
ふふっとミディが小さく笑った。
まるで相手を揶揄するような発言と様子に、シンセの表情が一瞬険しくなった。
が、相手のペースに乗せられつつある事を感じたのか、心を落ち着かせる為に、一つ息を吐いた。
「……そうだな。後でゆっくり聞けばいい。とりあえず、屋敷を破壊した理由を聞かせてもらおうか」
剣を突きつけながら、シンセがミディに問う。
彼女の口から、理由が語られた。
「その男の手下が、自分たちの持っている土地の権利証が本物だからと言って、とある女性を追い出そうとしていたの。私たちは、それが許せなかっただけよ。それに……」
少し言葉に間を置くと、ミディは真っ直ぐシンセを見据えた。
「オルタを捕らえる必要がある理由。あなたも分かっているはずよ」
「……………………」
静かな声と強い視線を受け、シンセが突きつける剣先が少し震えるのを、ジェネラルは見逃さなかった。ミディの言葉に、彼は明らかに動揺しているようだ。
ミディは言葉を続ける。
「だから、オルタの権利証が本物であるかどうかだけ、ハッキリさせて貰えないかしら? オルタの権利証が本物であれば、私たちも大人しくあなたたちに従いましょう」
少しおどけた様子で両手を広げると、ミディは検証が必要とされる土地の場所を伝え、言葉を切った。
確かに、無残に破壊された門を見ると、相手の力がどれだけ大きいものかが分かる。そんな力を自分や部下にぶつけられ、無事でいられるとは思えない。
自分たちだけならまだしも、被害が一般市民にまで及ぶのだけは防がなければならない。
上手くいけば……、あの件も……。
色々な考えが彼の中で駆け巡っているのが、表情で分かる。
しばらくの間、ミディを見つめていたシンセだったが、
「……オルタ様。申し訳ありませんが、その土地の権利証を、持って来て頂けませんか?」
ミディの言葉に何かを感じたのか、オルタに頼んだ。
シンセが敵の要求に従おうとしているのを見、オルタはシンセの胸倉を掴んで叫んだ。
「貴様! 警備兵として、こんな下らん事に付き合うというのか! さっさとあいつらを捕まえんか!!」
「しかし、捕える時に抵抗されては、さらに被害が大きくなるかもしれません」
「ふざけるな! これ以上の被害を抑えて、あいつらを捕まえろ! 何の為に首都ディートから派遣されてきとるのだ!!」
唾を飛ばしながらシンセを罵るオルタ。
相手を人とは思わない心無い罵倒の数々に、ジェネラルは怒りを感じたがグッとこらえた。が、ミディは我慢できなかったようだ。
「早く持ってきなさい。でないと、今度はその屋敷の土台から破壊するわよ」
今までとは違う、低く静かな声。
静かな声の調子だからこそ、只ならぬ事が起きるのではないかという恐怖が、周りを支配する。
そんな雰囲気の中、ミディは屋敷に向けてゆっくりと指先を向けた。魔法をかける時の動作なのだが、知らない人間にとっては彼女の行動は理解出来ないだろう。
どうにかしないかとオルタはシンセに視線を向けるが、シンセは助けるどころかすぐに権利証を持って来ることに同意するかのように、一つ頷いた。
ミディの静かな怒りと謎の行動、シンセの助けがない事に耐えられなくなったのか、
「くっ、くそお! おい、さっさと権利証を取ってこないか!!」
オルタは半ばやけくそで、部下に土地の権利証を取りに行かせた。
程なくして、部下が権利証を持って戻ってきた。
部下からオルタへ、オルタからシンセへ、そしてシンセからミディの手に権利証が渡る。
その権利証と、ジェネラルが修復した老婆の権利証とその欠片を重ねた状態で、皆に見えるように掲げる。
“一体、ミディは何をしようとしてるんだろう。あんな欠片になって、一体どうやって証明出来るんだろう……”
不安な気持ちを隠さず表情に出しながら、ジェネラルはミディを見上げた。
その時、少年は見逃さなかった。
かすかに見える王女の目元が、にやりと笑ったのを。
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