第4話 受難
聞き慣れない女性の声。
しかし瓦礫の山を乗り越え、彼の前に現れたのは、少し灰色がかった全身を覆う厳つい甲冑だった。顔は全体を覆うタイプの兜をかぶっている為、見る事は出来ない。
手には金属製のグローブがはめられ、腰の高さほどある長剣が握られている。
どこから見ても屈強な戦士に見える、その姿。
声に反して現れた厳つい姿に、ジェネラルの思考は停止した。
しばらく、沈黙が2人の間に流れた。
「えっと……、あの……。女性の方……ですか?」
「……あなた、面白い事言ってくれるじゃない? どの辺が女性じゃないと?」
「だって姿がどう見ても女性では……ひいいっ~」
少年の言い訳を遮るように、謎の人物の剣先がジェネラルに向けられた。
突然剣を向けられ、ジェネラルは声を上げてその場から一歩引く。しかし瓦礫に足を取られ、後頭部から瓦礫に突っ込んでしまった。
鈍い痛みが、魔王を襲う。痛みに涙を滲ませながら、後頭部を抑えた。
「うううっ……、痛い……」
「……あなた、一体何してるの?」
呆れ声と共に、ジェネラルの視界に、謎の戦士の手が写った。どうやら倒れたジェネラルを助けようと、手を差し出したらしい。
相手的には親切心から出た行動だろうが、ジェネラルにとっては余計なお世話だ。
ジェネラルが一言文句を言ってやろうとした時、侵入者が顔を覆う兜を取っていることに気が付いた。
時が止まったように感じた。
自然に視線が吸いよせられ、逸らせない。
周りの惨劇もエクスの事も、後頭部の痛みも瞬時に吹き飛んだ。
今まで見た事のない美貌の持ち主に、ジェネラルは言葉を失い、ただその女性を見つめた。
彼の心境が今どうなっているのか、女性も分かっているのだろう。
「私が男じゃないって、分かって頂けたようね」
そう言って無理やり少年の手を取ると、一気に引っ張り起こした。
目も覚める美しい容貌を持った女性が、厳つい鎧を着込み、剣を握っているのが信じられない。
ジェネラルは視線を逸らせないまま、自分の予想が間違っている事を願って疑問をぶつけてみた。
「えっと……、ドアを吹き飛ばしたのは、もしかして……」
「ええ、私よ」
否定して欲しかった。彼の心に浮かんだのは、その一言だけ。
一瞬の迷いもない返事に、ジェネラルの表情が引きつる。
この返答によって彼女の魅了が解けたのか、ようやく思考が正常に戻ってきた。
女性は持っていた剣を、鞘に収めた。どうやら、これ以上の破壊活動は行わないらしい。
ジェネラルはため息をついて、改めて部屋を見回した。
滅茶苦茶にされた部屋を魔法で修復するのも、かなり時間が掛かりそうだ。
面倒くささを思い、ジェネラルは整えられた髪を強く掻いた。
部屋の修復も大切だが、何故このような事をしたのか、目の前の女性にも問い詰めなければならない。
しかし今は。
“エクスだよ、エクス!! 早く助けてあげないと!!”
補佐の青年を思い出し、彼が先ほどまでいた場所に移動しようとした。
しかし、奴が誰も聞いていないのに名乗った事により、再びジェネラルはエクス捜索の手を止める事となる。
「私の名前は、ミディローズ・エルザ。エルザ王国から魔王に会いに来たの」
「えっ?」
ミディローズと名乗った女性の言葉に、ジェネラルは彼女に視線を向けた。その表情には、別の驚きが見える。
“ミディローズ・エルザ……? エルザ王国……? 聞いた事がないけど……”
自ら思い浮かんだ結論に、ジェネラルははっと息を呑んだ。
父親が生きていた頃、教えてもらったもう一つの世界についての知識が浮かび上がる。
大昔、お互い交流をもち、そしてある代の魔王が侵略したという、もう一つの世界-プロトコルの事が。
探るように恐る恐る、女性――ミディに尋ねた。
「あなたはもしかして……、プロトコルから来た人間さんですか……?」
「人間さんって……、物凄く変な言い方ね……」
ジェネラルの問いに苦笑を浮かべながらも、ミディは、ええそうよと頷いた。
その答えにジェネラルの瞳が見開かれ、みるみるうちに明るい表情へと変わった。ぎゅっと両手を握り、興奮の為か少し頬が赤くなっている。
「人間さんですか! うわあ~、人間を見るの初めてですよ!! でも僕たち魔族とそんなに変わらない姿ですね。それにしても、どうやって来たんですか!? 確か2つの世界を繋ぐ道があるって聞いてはいましたけど、今ではその道は固定されてなくてどこにあるか分からないっていうのに!」
「えっ、ええ……、まあ……。大変と言ったら大変だったけど……」
急に態度を変え早口で喋りまくるジェネラルに、ミディは少し反応に困った様子で言葉を返した。
しかしジェネラルは、この人間が部屋を破壊した張本人だと言う事を忘れ、凄いと連呼している。その様子はまるで、珍獣を見るかのようだ。
対応に困っているミディの様子に、気づいたのだろう。
「えっと……で、どのようなご用件ですか?」
魔王は一つ咳払いをして落ち着きを取り戻すと、ミディに向き直った。
彼の反応が戻った事に安心したのか、
「魔王に会いに来たの。さっき尋ねたら、この部屋にいるって聞いたのだけど、どこにいるか分かるかしら?」
美しい髪を掻き揚げながら、ミディは周りを見回した。魔王を探しているのだろう。
魔王である自分がちゃんと見えていないのだろうか、と心配になるジェネラル。
慌ててミディの視線の先に回ると、再び同じ質問をする。
「いや……、だからご用件は何ですか?」
「私は、魔王に用があるの。あなたには関係ないわ」
何度言わせるのかと、少し不機嫌になるミディ。
だが、少年も負けてはいない。
「魔王に用があるんでしょう?」
「ええ、そうよ。だから魔王はどこにいるの?」
「いや、いますよここに……」
「ここにってどこよ?」
「ほら、目の前に」
「へっ……?」
にっこりと笑って、自分を指差すジェネラル。
今度はミディが驚く番だった。
そんなミディに気がつかず、ジェネラルは自己紹介をした。
「初めまして、魔王ジェネラルです。魔界へようこそ!」
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