第28話 訪問
後ろでは、先ほどの『修行』を見ていた人々の満足そうな声や拍手が、まだ鳴り響いている。
歩きながら手にした硬貨を数えながら、ジェネラルは修行の存在意義を考えていた。
その瞳はどこか虚ろだ。
“何でさ……、いつも修行をすると芸人と間違われてしまうんだろう……。っていうか、芸人と間違えられるミディの修行ってもはや修行ではないのでは……”
だが魔王の心、王女知らず。
元凶であるミディは、鼻歌を歌いながら足取り軽く道を進んでいく。きっと修行が上手くいったと満足しているのだろう。
自分とミディとの修行に対する評価の相違が、また一つジェネラルにため息をつかせる。
そんな彼を慰めるかのように、暖かい風が吹き抜けていった。そのぬくもりに、ジェネラルは何かに気付き、空を仰いだ。
“そう言えば、もう春に入ったんだね。魔界から連れ出されてから、もう1ヶ月も過ぎちゃったんだな”
ベンドの町に着いた時には、まだ雪が残っていた。が、そんな時期はどこへやら、道々には草が茂り、花々が咲き乱れている。
北に位置するベントの町から南に下っている為、土地の変化も関係しているのだろう。羽織っていた上着も一枚また一枚と荷物の中にしまわれ、今ではすっかり軽装になっていた。
二人が次に向かったのは、モジュールの町だった。
この町は、少し他の町とは違った。どう違うのかと言うと……。
「うわあ~、すっごい建物~!」
魔王の目の前には、今までの町では見る事のなかった、巨大な建物があった。
それも1つ2つではなく、目につく建物が全て大きく、通りに並んでいるのだ。
初めて来た者たちは、まずこの建物に驚くのである。
もちろん魔王であるジェネラルも、例外ではない。
好奇心わくわくな彼の横で、ミディが腕を組み、イライラした様子で指を動かしていた。
どうやら魔王である彼が、普通の人間と同じように驚いた反応をしたことが、気に食わないらしい。
「ジェネ……、あなたこの何倍もある城に住んでいるのでしょ? もう少しねえ、こう……力ある者の余裕とか見せようと思わないわけ?」
「別に驚いたっていいじゃないか!。だって、本当に凄いんだよ! 確かに、魔界の城も大きいけど、町全体にこんな大きな建物があるわけじゃないし! 本当に圧巻だね、うん!!」
ミディの嫌味をスルーし、ハイテンションで自己完結するジェネラル。周囲を見回しながら、キラキラした瞳で建物を見ている。
大きな建物というものは、いつの世も少年の心を鷲掴みにしてしまう魅力があるのだろう。
ジェネラルが驚くのも無理はない。
本当にこの町の建物は、全てが巨大なのだ。横にも縦にもでかい。世界各国でも、これ程大きな建物が立ち並ぶ町はなく、町自体が名所のひとつとなっている程だ。
ただ巨大な建物が個人の家ではなく、一つの建物に複数の家族が生活空間を仕切って暮らしているのである。
それだったら、普通に一戸建て建てろよと突っ込みたくもなるが、これには歴史的背景があるのだ。
この町は昔、使用できる土地が少なかった。何とか少ない土地でも多くの人々が暮らせないか。
人々は考えた。
なら、天に向かって高く建てちまえばいいじゃん。
とまあ、斬新なのか単純なのか分からない思いつきにより、現在の生活様式が出来上がったのである。
さすがに今は整地技術も進み、使用できる土地も昔と比べて格段に増えているが、一度定着した生活様式は中々変わらず、今も続いているのである。
すっかりおのぼりさんと化したジェネラルを見、ミディはまた一つため息をついた。
「何でこんな普通の反応なのかしら…。 『ふっ…、このような町、我が城の迷宮に比べれば稚拙極まりない』とか感想言えない?」
「え? 魔界の城に迷宮なんてないですよ、ミディさん…」
またしてもミディの妄想から生まれた謎の魔界設定に、ジェネラルはきょとんとした様子で言葉を返す。
それを聞いた瞬間、ミディは信じられないと言わんばかりの声で、ジェネラルの両肩をつかんだ。
「はあ!? 普通攫われた王女は、迷宮なんかになってる城の最深部に連れていかれてそこで勇者様を待つものでしょう!? 何でそういうことを想定して、迷宮作っておかないの!!」
「いやいやいやいや!! そんなこと想定して城を設計しないよ!! それとも何!? ミディのお城は誰かを攫う事を想定して迷宮作ってるの!? それがプロトコルでは普通の事なの!?」
「はぁ!? 我が城で人を監禁するために迷宮なんて作るわけないでしょ。どこの悪人よ!」
「……そうですよね!? 普通はそういう反応ですよね!! 良かったよ、ミディが普通の感覚の人で!! でもその感覚を魔界や僕にも少しは持ってくれないですかね!?」
最後の一文には、ジェネラルの魂が込められていた……、がミディがついた大きなため息のよって華麗にスルーされてしまった。
いつもいつも、ジェネラルが伝えたい言葉がミディに届かない。
まあ届いたとしても、理解をしてくれるかはまた別問題だろう。
「さてっと……」
何か強く言いたそうなジェネラルを放って、ミディは歩き出した。気がつき、慌ててジェネラルも彼女の後を追う。
珍しく地図も持たず、まるで目的があるかのように歩き出したミディを見上げながら、ジェネラルは問い掛けた。
「ミディ、どこか行きたい所でもあるの? それとも……、早速修行開始デスカ?」
最後の言葉へ行くにつれて、少年の顔が引きつったものへと変わる。
ミディが町に入った時の行動は大体、
①その辺をぶらぶら散策。
②食事。
③広場かなにか人の集まる場所を探し、『修行』の開始。
のどれかに当てはまる。
食事を取るには早い時間であるし、散策するというには手に地図を持っていない。
という事は、最後に残るのは③の『あれ』だけである。
だがジェネラルの予想は、珍しく外れた。
「この町に、会いたい人たちがいるのよ」
「会いたい……、人たち?」
予想外の答えに、ミディの言葉を反復するジェネラル。
不思議そうな声に反応し、ミディが魔王の方を向いた。
兜の為に表情が分からないのにも関わらず、彼女が不機嫌になった事が嫌でも伝わってくるのが恐ろしい。
「何でそんなに意外そうにしているの? 私が人と会う事が、そんなに珍しい事なのかしら?」
「いやいや! そっ、そういうわけじゃないんだけど……。何か、そういう事が初めてだから、ちょっと戸惑っちゃって……。あはは……」
「どうせ、私が会いたい人なのだから、どれだけ変わった人間なんだろ~、とか考えていたんじゃないの?」
「えっ、どうして分かっ……、いやいやいやいやいやいや!! そんな事ないよ!! 全然ないよ、うん!!」
乾いた笑い声を上げ、ジェネラルは何とか自分の気持ちをごまかした。いや、全くごまかしきれてはいないが……。
ふんっと鼻を鳴らすと、ミディはジェネラルから視線を外した。そして、
「あそこに、会いたい人たちがいるのよ」
金属製グローブをはめた指である場所を、まっすぐ指差す。
彼女が指差す場所を見て、ジェネラルは言葉を失い、無意識のうちに人差し指で頬をかいた。
あまりにもミディが淡々としているので、ミディが指差した場所が自分の見ている場所と一致しているか、確認してみる。
「えっと……、あそこって、あの……、キラキラ光ってる凄く大きな建物……かな?」
巨大な建物群の中で跳びぬけてでかい、建物の王様とも言えるだろう、光り輝く建物、それがミディの指差した場所だった。
見る者の度肝を抜くそれを、さっきと変わらぬ淡々とした表情で見つめるミディ。
彼女の表情には、ジェネラルにあるような驚きや賞賛はない。
「ええ、そうよ。私が住むエルザ城でさえも、敵わない」
ふっと、顔を覆った兜の中から、小さな笑いが漏れる。
まるで、愚かなものを笑っているかのような冷笑。
王女は立ち止まると、改めてその建物を見上げた。
「モジュール家の城。富の……象徴よ」
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