第9話 道
ひんやりとした冷たい風が、吹き抜けていく。
「うわあ~、プロトコルは寒いなあ……」
ジェネラルは、冷えて赤く染まった頬に両手を当てた。
それでも足りないのか、両手に息を吹きかけ、少しでも熱を発生させようと擦り合わせる。耳を真っ赤にし、息を吹きかけるその姿は、可愛らしい少年の一言に尽きるだろう。
道なりに歩いて行きたどり着いたのは、ベンドの町だった。
ベンドは、エルザ王国の北部に位置する町である。春に近づきつつあるが、北部に位置する為、道の両端には雪かきで除けられた雪が高く積み上げられている。
道行く人々も、動物毛や綿などを入れた暖かい防寒具に身を包み、所々で火を焚いて暖を取っている姿が見受けられた。
しかしそんな中でも、広場には色々な露店が並び、芸人達が客引きの為に、道行く人々に声をかけている。
町は寒さにも負けず、活気に満ちていた。
「ベンドね。エルザ国内だけど、随分と遠い町に出たわね」
周りを見回しながら、ミディがぼやく。
二人は、道々の休憩所に設けられた焚き火の前にいた。
ミディは変わらず甲冑と兜という姿だが、兵士が見回りをしているとでも思われているのか、特別注目は浴びていない。
彼女の言葉に、両手を火にかざしながらジェネラルが口を開いた。
「まだエルザ王国に出ただけ運がいい方だよ。どこか分からない未開の地に飛ばされる可能性だってあったんでしょ?」
プロトコルと魔界を繋ぐ『道』。
大昔、『道』のある場所は固定され、誰もが安全に通行することが出来た。しかし長い時を経た現在、『道』は様々な場所に現れては消え、さらに『道』の先がどこに繋がっているかが分からない、そんな不安定な通り道となってしまったのである。
ジェネラルの言葉に答えず、ミディは自分の疑問を口にする。
「それにしても、何故プロトコルと魔界を繋ぐの道が、不安定になってしまったのかしら?」
「僕も原因は聞いてないよ。昔、ある日を境に二つの世界の繋がりが途切れて、そのせいで道が不安定になってしまったんじゃないかって父から聞いたけど……」
「ジェネも原因は分からないのね。でもあなたの力で、何とか出来ないものなの?」
「僕の力で何とかなるなら、前魔王たちが何とかしてるよ。これは四大精霊が司る領域だから、魔王は全く手出しできないんだよ」
少し残念そうに、ジェネラルは言葉を切った。魔王にも、出来る事と出来ない事があるらしい。
ふうん、と生返事をすると、ミディは袋から熱々の蒸しパンを取り出した。
「ほら、ジェネ」
「あわっ……!」
声と共に放り投げられた蒸しパンを、慌てて受け止めたジェネラル。だが熱さの為、右手左手と蒸しパンを移動させてバタバタしている。
ミディは小さく笑うと、袋を膝に置き、顔を覆っていた兜に手を掛けた。
それを見て、何をしようとしているのか悟ったジェネラルは、慌てて止めた。
「ミディ、ここで顔出したら駄目だよ! 大騒ぎになるよ!」
変な女であるが、あれだけの美貌なのだ。ミディ王女という事がばれなくとも、大騒ぎになるだろう。ジェネラルが慌てたのも仕方ない。しかし、
「私が何も考えていないと思っているの? 外に出る時は、私だって気づかれないように魔法を掛けているから大丈夫よ」
軽くそう返すと、ミディは兜を取った。
青く長い髪が弧を描き、背中へと流れる。
兜から現れた顔を見、ジェネラルは小さく声を上げた。
ミディの容貌から、圧巻されたあの美貌が感じられなかったからだ。
美人には変わりないが、人々の中に自然に溶け込める程、印象の薄いものへと変わっている。これなら、実際ミディを見たことのある人でも、似ている程度でごまかせるだろう。
しかし。
「ジェネ、私に見とれるのはいいけれど、早く食べないと冷めるわよ?」
「あああああっ!!」
すっかり冷めた蒸しパンを思い出し、悲しそうに叫ぶジェネラル。
彼の様子を小さく笑うと、ミディは自分の蒸しパンに齧りついた。
寂しそうに冷めたパンを齧りながら、ジェネラルはちらりとミディの様子を伺った。そして、思う。
“魔法を掛けてても、笑顔は変わらないな……”
王女の笑みは、魔法を掛けない時と同じく美しかった。
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