第7話 旅立

「ううっ……、ううっ……」


 後ろから聞こえてくる泣き声に、ミディは今日何回目か分からないため息をついた。


 ここはもう魔界ではない。

 人間の暮らす世界、プロトコルの地である。


 ミディとジェネラルは当てもなく、ただ道なりに進んでいた。


 時折、すれ違う人々が、少年の泣き声を聞いて振り向きながら通り過ぎていく。

 全身甲冑の厳つい姿の為、怪しそうにミディを見る者もいるが、鎧に彫られているエルザの紋章を見ると、すぐに表情を変えて足早に去って行った。


 通り過ぎる人々をちらりと見ながら、ジェネラルに話しかける。


「それにしても、魔界とプロトコルを繋ぐ『道』が城の近くで見つかってよかったわ。プロトコルから魔界に行った時は、『道』のある地点が遠くて大変だったんだから」


「ううっ……、ううっ……」


「それに、上手くエルザの地に繋がっているなんて、本当に運が良かったわね。『道』を出た先が、辺境の地だったらってちょっと不安だったのよね」


「ううっ……、ううっ……」


「やっぱりプロトコルの方が落ち着くわね」


「ううっ……、ううっ……」


「……ジェネ、いい加減に泣き止みなさいよ」


 彼女の言葉に反応する事無く泣き続けるジェネラルに、ミディは呆れた様子で声を掛けた。さっきからずっとこの調子なのだ。が、


「ミディには分かんないよ! 皆、酷いよぉ……」


 そう言い返し、ジェネラルはぐしぐしと目元を擦った。しばらくは、そっとしておいた方がよさそうだ。


 ミディは再びため息をつくと、2時間程前に交わされた出来事を思い出した。


*  *  *


 とりあえず、この女の話を聞こうじゃないか。


 ということで、破壊された部屋の修復を城内にいる魔族たちに命じると、ジェネラルたちは部屋を移った。


 女中たちにとりあえずお茶の用意をさせると、ジェネラルとエクスは、ミディと向き合う形で座る。

 茶を用意した女中たちが、部屋から出た瞬間、


「見た見た!? あの人! 凄く綺麗~」


「あの美しさであの力でしょ? やばいわよね~! やだやだっ、惚れそう~~」


と、全く違う方向で大騒ぎし、エクスに一喝されていたりするが、まあその話は置いておくとする。


 女中たちの騒ぎに反応する事無く、ミディは用意された香茶に手を出した。厳つい防具を着込んでいるにもかかわらず、非常に上品な飲み方である。

 音も立てず、美味しそうに香茶を飲むミディを見つめながら、ジェネラルはどう対応しようかと悩んでいた。


 先ほどミディが口にした言葉が、嫌でも思い出される。


『さっさとプロトコルで暴れて、私を攫って、世界を救う勇者様に倒されてくれないと困るのよ!』


 これがミディの用件ならしい。


“初めて会った人間が、これ……。人間ってみんなこんな人たちばかりなの? ほんと、滅茶苦茶過ぎるよ”


 眩暈が起きそうな用件である。いや、用件と言えるのだろうか……。一方的な要求と言った方がしっくりくるだろう。


 そう思う反面、もしかすると彼女なりの本当に、本当に!止むを得ない理由があるのかもしれない、いや、むしろそうであって欲しいと、ジェネラルは願った。


 でなければ、本当にただの変な女でしかない。

 そして、自分達はその変な女に脅かされ、さらにぼこられたのだ。


 はっきり言って、立場がない。


“でもまあ……、そんな人の言葉を親切にも聞こうとしている僕も僕なんだけど……”


 ジェネラルが本気でミディを城から追い出そうと思えば、簡単に出来る。ミディに好き勝手やられたのは、半分……いや、1/5ぐらいは自分の甘さなのだろう、とジェネラルは心の中で苦笑いをした。

 きっと目の前の女性が、本気で自分の命を狙いに来たわけではないことが感じているからだろう。


 ミディがカップを唇から離したのを、口火を切るタイミングだと感じたのか、エクスが口を開いた。


「では、何故そのような事を思いついたか、話して貰おうか」


「そうね」


 ミディはカップをソーサーに戻すと、足を組んでソファーに深く腰をかけた。

 そしてここに来た経緯を、悪びれもなく語りだした。

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