セレブ村

したっぱ

第1話

 「五億」


 この数字は一生で働かずに裕福な生活が送れる金額だ。この金額はサラリーマンの生涯貸金のおよそ二倍。競馬やボートレースなどのギャンブルで破産しない限り、四人の子供が生まれているとしても労働せずに大学までの学費は余裕で払うことが出来る量である。

 一生で五億という大金を稼げる人は世界中を探しても僅かにしかいない。つまり、五億っていう大金は多くの人々にとっては高嶺の花である。

 しかし、そんな金額を容易く稼ぐ村がある。

 城中村。通称『セレブ村』。

 近畿地方に存在する城中村は海に隣接しており、森林が多い自然が広がり多種の動物が生息している田舎町である。上京する若者が増え、人口が少なくなっている村なのだが住んでいる人々の大部分は高収入を得ている。

「皆さん。どうしますか?」

 現在、城中村の空には無数の星が姿を現し、腕時計の短針には二時を指していた。村全体に暗闇が染まっている中、公民館の電気だけは輝いており、外からは数多の人影が見えた。

 今年も始まった。あの商売が。

 なぜ城中村の住人は多額の収入があるのか?

 それは……


「高校生は二億円、中学生は三億円、幼児から小学生は五億円を支払させて頂きます!!」


 子供たちを売買する。つまり自分が産んだ子を見知らぬ人物に売り、お金に換えていたのだ。

 公民館の室内は三〇人ぐらいの親たちが座布団に座り、親たちの前には一人の男が立っていた。派手なスーツを身に纏い、頭にはシルクハットを被っており、まるでマジシャンのような服装の青年。

 普通の体型で帽子から飛び出てる金髪に爪楊枝みたいな鋭い目、そしてちょび髭。不吉な笑みを浮かべる口元には悪だくみを企む詐欺師を連想させた。

「別に断っても構いません。しかし若い子供ほど価値があります!!皆さんの大切なお子さんを、どうか我々に買い取らして頂けませんでしょうか?」

 青年の熱意ある演説の後に沈黙は流れ、公民館内に聞こえているのは外で鳴く虫の声だけとなった。

 五分ぐらいの間があってから再び青年の口は開く。

「言い忘れていましたが、もし売却された場合一つだけご注意しなければいけないことがあります。この事は絶対に警察にはご内密に。破った場合は困るのは皆様なので……」

 青年の狐みたいな目は大きく開き威圧する。それを見た親たちは悪夢を想像したのか、冷や汗を流しながらゴクリと唾を飲み込む。

「では、皆さんご決断されたと思います。売却する方はこちらの契約書にご記入してください」

 不吉な笑みを見せる青年は内ポケットから数枚の契約者を取り出す。

 しかし、誰と一人その場から動こうとしなかった。皆表情を隠すように下を向いていた。

 再び間が出来る。

「どうやら、売却する人はいないようですね。では私はここで失礼して……」

「待ってくれ!」

 ため息混ざりに言った青年の言葉に一人の親が遮るように引き止める。

「お、おれは売るぞ!息子は今年で中二になる。だから三億だ。本当に払ってもうだろうな?」

「えぇ。これは商売ですから。きっちり三億払わせてもらいます」 

 青年が笑顔で答えると、「俺も!!」「私も!!うちの子はまだ小学生だか五億よ!!」と追うように売却する声が公民館内に聞こえる。

 結局。公民館にいる全員が子供の売却を希望した。皆、契約書とにらみ合いペンを進める。

 契約書には氏名、住所、電話番号。そして、売却する子供の名前、在籍している学校名を記入するところがあって、下の方には売却の同意を得た証拠して印鑑を押す場所があった。

「………」

 そして、全ての記入が終わって印鑑を押すだけとなった。濃くつけるために朱肉に何回も印鑑を叩く。

 親たちは印鑑向きを確認する。そして枠の上に持ってきて狙いを定める。

 後は力いっぱい押し込むだけだが、皆金縛りにあったようにピタリと止また。


「悪い……久美」

「ごめんな……拓郎」

「人志……ごねんね」


 親たちは嘆く声を吐いていた。そして震えた手で全体重を乗せて印鑑を押す。

 契約書を書き終わると青年に提出する。

「ありがとうございます。後のことは我々にお任せください」

 青年は笑顔深く一礼した。

 今、親たちはどんなことを思っているのだろう?

 金という欲に負けて最愛の息子、娘を見知らぬ青年に売ろうとしている自分の愚かさに嫌気をさしているのか、それとも自分のせいで子供の人生を無茶苦茶にするかもしれない罪悪感でいっぱいだろうか。

 ……いや、どっちでもない。親たちは何も思っていもいない。

 顔を見れば分かる。

 親たちの顔には心なしか嬉しい表情を浮かべているからだ。


「……またのご利用お待ちしております」

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セレブ村 したっぱ @sili

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