19の1話 『彼女の、




 結局、検証実験についての説明の記憶は、僕から無くならなかった。

 その分僕は、ある事柄が何なのか、すごく気になっていた。

 そして多分、お隣の美少女、苺途いちずさんが関わってることは間違いないワケで。


「……あのッ」


「? ……どうかしました?」

「ええと、その……」

「?」

「い、いえ。なんでも」


 僕が入院から帰宅してから、苺途さんは僕にいつも通りに接し。

 僕も記憶を失うことを恐れて大っぴらには何も聞けず。


 そんな問答を繰り返しているうちに、毎日がどんどん過ぎて。

 気が付くと、あっという間に期限の前日になっていた。



「……明日、少しお出かけしませんか?」



 夜、夕飯を終えた帰り際、彼女は振り返って言う。

 そのお出かけが。ある事柄と直結していることを僕は直感し。


「いいけど。……その、行き先は?」


 苺途さんはにっこり笑い、


「ナイショ、です」




◇◇◇



 土曜の昼下がり。

 松葉杖をついて、指定された待ち合わせ場所、近所のバス停へ向かう。

 どうせ隣なのだから、わざわざ待ち合わせなんてする意味はないと思ったのだけど。

 それでも意味もなく緊張して、かなり早めについてしまった。


「あ、越名こしなさんっ。早いっ」


 声に振り向くと、なぜか制服姿の美しい少女が立っている。


「えと、暇すぎてつい……それよりキミは、どうして制服なの?」


 こちとらお出かけというから、てっきりデート的なことを期待してしまい。クローゼットの中には白シャツと黒パンしかなくて愕然とし、慌てて服を新調してきたのだ。こんなこと、絶対言えないけれど。


「……あ、ごめんなさい。私、制服……似合いませんよね?」


 しゅん、と何やら想定とは違ったベクトルへの解釈に、

 僕は慌てて、


「そ、そんなことはッ! いつも、とても、すごく、似合ってると思う……!」

「えっ」

 

 ぽっと音がするように、彼女の頬に赤みが灯る。


「……ありがとう、ございます。……越名さんこそ、素敵です」

「……そ、それは、どうも」


 何やらもじもじと恥ずかしい空気になってしまい、

 これが、待ち合わせの効力か、と僕が無意味に感心していると。


 バスが路肩に滑り込んできて、プシュ、とブレーキの音が僕らを迎えた。




◇◇◇




 ○○高等学校。


 目の前にそびえたつ校門の表示に、僕は思わず、


「……ここ?」

「はい。……私、どうしても、あなたとここに来たかったんです」

「……」


 どうやら間違いではないらしい。

 土曜の午後ということで、辺りには人がまばらで、時々運動部の掛け声が遠くから聞こえてくるだけだった。

 ここなら彼女が制服を着てきたことも確かに納得だし、逆に言えばここに来るために新しい服まで買った僕は、ますます羞恥心に苛まれ真っ最中で。


「……たしか、キミの通ってる高校だよね?」

「そうです。……そして、越名さんの母校でもあります」

「え?」


 苺途さんの一言に、一瞬目の前がグラつき、視界が曇ったみたいになる。その後で、まるで光が差し込むかのように、僕の中にイメージが流れ込んできた。


「あ……」

「どうしました?」

「……僕、……ここに見覚えがある……」

「……ホント、ですか?」

「うん……」


 驚きのあまり、じっと僕を見つめてくる苺途さん。

 いつもとは違う食いつき具合に、僕は思わず目を逸らして。


「……なら、……もしかしたら、ホントに……」

「え?」


 耳に入った彼女のつぶやきに、僕は意味が分からず。


「……なんでもありません。……ほら、早く中に入りましょ?」


 スカートを揺らして微笑む彼女。

 僕は彼女の先導で、校舎の中へと入っていく。

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