16の4話  告白。


我妻あずまさん」

 

 息が、止まった。

 私の身体が、呼吸すら忘れてしまうほどに。



「僕の、大切な人になってください」



 言葉の一節一音漏らすことなく、全てが私の心を、奪い去る。

 彼はそこで自ら緊張を解き、


「……毎日、キミを好きになって仕方ないから」


 照れたように、少し困った笑みを見せた。


「…………っ」


 気が付くと、私は泣いていて。

 悲しくないのに涙が、止まらない。


「……えっ、我妻さんっ? ……ちょ、……やっぱり好きでもないヤツにこんなこと言われてもイヤですよね! ……なんなら撤回……」

「バカっ」


 思わず、今までで一番素直な言葉が出た。


「……もう、手遅れなんだから」

「え?」



「……どんな言葉を言われても、もう先輩以外、好きになれなくなりました」



「……それ……それって……?」


「私だって……っ!」


 そこでやっと少しだけ恥ずかしくなり、

 私は思わず目を逸らして。


「……とっくの昔に、……先輩のこと、好きになってますからっ」


「……ッ!」


 言い終わるより早く、


「せっ、せんぱいっ!?」


 ガバっと。

 私は先輩に抱きしめられる。


「……あずまさんあずまさん、あずまさんッ可愛すぎーッ! もう二度と、離れなければいいのにーッ!」


 力強く絡みつく腕と温かい胸板に、私の羞恥心はマックスに跳ね上がり、


「な、なに恥ずかしいこと大声でっ! 返上しすぎっ! 何でもかんでも素直に言えばいいってものじゃないでしょっ!?」


 慌てて彼から離れようともがくも、


「ダメ。逃がさないから」

「……っ!」


 恥ずかしさに負けた私は、そのまましばらく彼の胸の中で大人しくする。


「ねぇ、我妻さん」

「……何ですか?」

「『苺途いちず』って呼んでいい?」


 ぼっ。

 点火した。

 私の頬が、熱いを超えてもう焼けてるし燃えてるのがわかる。


 ~~~~っ!


 心臓が壊れそうなくらい高鳴ってる。

 しかしそれを先輩に悟られるのはなんだか癪なので。


「……す、好きにしてくださいっ」

「じゃあ、僕のことも『一瑠いちる』って呼んで?」


「なっ!?」


 再び固まる私に、先輩は、


「……ダメ?」


 ~~~~っ!


 ……なんでこんな時に限って、可愛く訊いてくるのよ!


「……はやく」

「……」


 私はあきらめて覚悟を決め、


「……い、いちる………………………せんぱい」


 恥ずかしくて言えない―――っ!

 全身真っ赤になってる自覚のある私に、

 先輩は真顔で。


「もう一回」

「なんでっ!」

「言えてないし。……ほら」


 そこで先輩は、わざわざ私の目を見て。


「もう一回、……苺途」


 ……先生、先輩が反則です。

 もはや煙すら立っているのではないかというほど、体が熱い。

 抵抗する気力すらない私は仕方なく、


「……いちる………………………くん」


 ……でもやっぱり言えないーっ!!

 先輩のことだから、私が言えるまでこのくだりを繰り返して……、


 おそるおそる顔を見上げると、


「コレはコレでアリだな……採用!」

「何がっ!?」


 妙に清々しい顔をした先輩、もとい一瑠……くん。

 彼は「そうだ」と声を上げて、


「せっかくだから敬語、やめない?」

「……それは、……先輩がいいなら、別にいいですけど」

「じゃあ、今のも言い直してみようか?」

「ええと……」


 私は慣れない言い方にちょっと照れながら、


「……一瑠……くんがいいなら、別にいい……けど」


「新鮮で大変よろしい」

「……バカにしてま……してない?」


 不服を表情で伝えると、一瑠……くんは、私の前髪をそっと梳いて、


「まさか。……だって苺途は僕の、大切な人だから」


 優しい笑顔で、言ってくれる。


「……あのさ、もう一つだけ提案したいんだけど」

「……何?」



「……キス、してもいいですか?」



「……」

「……イヤ、ですか?」


 熱を帯びた彼の視線に、私の体の中に何かが広がっていく。


「……一瑠……くん、敬語になってます……」

「……ホントだ」

「…………」


 ああ、そうか。


 やっぱり私は、狂おしいほど。



「……イヤじゃ、ない……」



 ……この人のことが、大好きなんだ。



 綺麗な夕暮れの日差しが、静かに遠くの街を包み込む。

 優しい山の風が、二人の髪をそっと揺らして。

 息が詰まるほど高鳴る胸の鼓動だけが、静かに空気を振動させている。


 その中で。


 私たちは見つめ合い、



 生涯初めての、キスをした。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る