16の3話  告白と、


◇◇◇




「……じゃあ、先輩はお母さんと離れたくて一人暮らしを……?」


 祖母に育てられたこと。兄との関係。母親との確執。

 先輩は、全て話してくれた。

 冷静に、時々少しだけ悲しそうに。


「そうだね。……まぁ、きっと望んでたのは、僕だけじゃないと思うけど。……でもだからこそ、僕にはもう、帰る場所がどこにもなくて。……ここは、そんな僕に唯一残された、タイピングで言うところのホームポジションなんだ。ここだけが、何かの始めの前に、必ず戻って来るべき場所で。基本何でもいい僕が、唯一こだわれる場所なんだ」

「そう……なんですか」

「うん。……ごめん、こんな個人的なこと、一方的に話してしまって。……ひいた?」

「そんなことないです。……というか、お話しをしてくれるまでの方が、なんだか素っ気なくてびっくりしたくらいです」

「あ、あれはその……また余計なことを言ってしまいそうだから、あえて端的に……」


 慌てたように言いよどむ先輩。

 その姿が、私をたまらなく愛おしくさせる。

 私はそっと墓石の前で手を合わせ、


「お祈り、してもいいですか?」

「……もちろん。きっと喜ぶと思う」


 そのまま、私たちはしばしの間、目を閉じてお祈りをする。


 先輩のおばあちゃん。

 どうかどうか、見守っていてください。

 この一見イジワルだけど、本当は誰よりも寂しがりやな先輩と、


 ちゃんと仲直りできますように。


 どうか私が、素直になれますように。


 そっと目を開けて隣を見ると、


「もう、いいの?」


 先輩と視線が合う。

 その瞬間、この一週間どんなにあがいても湧いてこなかった感情が。

 お祈りの効果か、心に勇気が湧いてきて。

 私は自覚する。


 やっぱり、私は先輩のこと……。



「ところで先輩っ! ……その、こ、この前の件についてなんですがっ」



 切り出した声が、震えてしまった。

 しかし先輩は何を思ったのか、


「あ……そうだった、すみませんッ! 二度と話しかけないでって言われたのに、自分勝手に話してしまって!」

「え、……今さら、そこですか?」


 予想外の先輩の返しに、ちょっとだけ出鼻をくじかれる私。

 そんな私に、


「それに……」


 先輩は追い打ちをかけてくる。


「……我妻あずまさんには、結婚したいほど好きな人がいるのに」

「……っ!」


 急に心臓の鼓動が跳ね上がり、ドキリとする。

 自分の想いを見透かされた様な気がして、沸々と湧き上がっていた勇気が若干しぼみかけ、


「なのにあんなこと言って、我妻さんにも、お相手にも、イヤな気持ち与えてしまって。……そんな空気読めないヤツの言葉とか、全くもって聞きたくもないですよね?」


 ……ん?

 話がよくわからなくなってきた。


「……先輩? その、お相手って……?」

「い、言わないでそれは! 大丈夫、ちゃんとわかってるから! 今こうやって来てくれたのも、話を聞いてくれてるのも、全部我妻さんの思いやりだってこと!」

「……先輩、もしかして……?」


 もしかして、私が誰か他の人を好きだとか、思っているんだろうか。

 そうだとしたら……。


 私の心に、安堵と落胆が同時に混在する。


 ……てっきり、もうバレたものかと。


 嬉しいような悲しいような複雑な感情に、私が思わず苦い顔をしていると。


「……でも」


 急に先輩の口調と表情が、別人みたいになる。


「それでもいいと思ったから、ここに来た」


 場の空気が急に真剣みを増して、張り詰める。

 先輩は一度目を瞑り、


「ここは、僕にとってのホームポジション。唯一のこだわり。僕の大切なものは、もうこの世界のどこにも無くて、だから自分のことですら、何もかもどうでもいいと思っていた……」


 再び目を開けて向けられる眼差しは、

 私の大好きな、彼の優しさに溢れている。


「……キミに、会うまで」


「……っ!」


 ふいに、泣きそうになる。

 心の中にあった不安や後悔が、全てかき消されるくらいに。


「……この場所で僕は、新しい自分を始めたいと思うんだ。執着して、嫉妬して、どうしようもなくなってもなお手を伸ばし続ける、そんな自分を。カッコ悪くてドロドロしてて、万人には好かれない無難じゃない自分を。……それでも僕は、始めたいと思うんだ」


 先輩の真っ直ぐな瞳が、私を捉えて。

 否応なしに湿気を帯びる私の瞳を、離してくれない。


「考えたら僕、キミのこと、何も知らない。自分のことだって話してなかった。気まぐれとか動機が良くないとか、都合よく言い訳してちゃんとキミと向き合ってこなかった。カッコつけて、素直になれなかった。……散々キミをイジっておいて、情けないけど、……ツンデレなのは、僕の方だった。……だから」


「ちゃんと言葉にして、たった今、返上したい」


 初めて真正面から、先輩を見る。

 先輩が、私を見る。


「我妻さん」

 

 息が、止まった。

 私の身体が、呼吸すら忘れてしまうほどに。



「僕の、大切な人になってください」



 言葉の一節一音漏らすことなく、全てが私の心を、奪い去る。

 彼はそこで自ら緊張を解き、


「……毎日、キミを好きになって仕方ないから」


 照れたように、少し困った笑みを見せた。


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