15の2話  動機と、

◇◇◇




「はあああっ! 見てよ我妻あずまさんっ! キャラが歩いてるっ! さっきのアトラクションももう一回行きたいし! あ、そろそろファストパスの時間だ! 終わったらあっちのショーも見ていっていいかなっ!?」


 半日後、僕はすっかりテーマパークに没入していた。

 正直自分でも楽しめるかどうか半信半疑だったが、いざ足を踏み入れてみると、細かいところまで様々な工夫が凝らしてあるサービスの数々に驚き、そして素直に感心する。


「もー先輩ったら。……はしゃぎすぎですっ」


 後ろを歩く我妻さんがくすくすと笑っている。


「……そんなんじゃ、先輩の方が年下みたいですよ?」

「……そういう我妻さんこそ、さっきパレードでキャラが手を振ってくれたのは自分だって、子どもみたいに言い張ってたじゃないか」

「だ、だってあれ! 絶対私に振ってくれてたし!」

「いーや、僕だ!! ○○ルドは僕に手を振ってたんだ絶対ッ!」

「私ですっ!」

「僕だッ!」


 ぷっと、僕らはどちらからともなく笑いだして。


「……こんなに楽しいのは、なんか久しぶりだ」


 笑いすぎて出てきた涙をぬぐい、僕はこぼす。


「だから言ったじゃないですか、好きにさせてあげます、って。……どうですか先輩、私の言った通りだったでしょ?」

「そうだね。……自分でも、自分がこんなにこういうところを楽しめる人間なんだって知らなかったよ」


 僕が笑って言うと、我妻さんは、


「……そっか。……ふふ。……そっかそっか」


 なにやらニヤニヤと嬉しそうな顔をする。


「?」

 

 不思議に思う僕へ、彼女は、


「……じゃあ、この場所を楽しめる今の先輩を知っているのは、世界で私だけってことかしらっ?」

「そうだけど、……なんでキミがそんなに嬉しそうなの?」

「よくわかりませんが、とっても得した気分なの」


 振り返り、小声で「……誘ってよかった」と我妻さんが微笑む。

 図らずして聞こえてしまったつぶやきに、僕はとても気恥しい思いになり、


「……我妻さん、お腹すかない? 何がいい? よかったら何か買ってくるけど?」

「そうね。そろそろ小腹がすいたころなので、なにかつまむくらいがいいのかもしれないわ。うーん、よし。……チュロスにしましょうっ?」


「オッケー」と僕は、少し前に通過したチュロス屋さんへと足を運ぶ。


「ありがとうございます、先輩。列、並んでますねっ」


 我妻さんと手を振って分かれる。

 こういう役割分担は、時間を有効に活用するためには常識らしい。

 時刻は昼食時を外しているとはいえ、チュロス屋にも結構な人数が並んでいて。

 にぎやかな子ども連れの後ろに並んで、呼ばれるのを待つ。

 待っている時間でさえもウキウキしてしまう自分へ、僕は不思議な気持ちになった。


 本当に、変な感じだ。

 何事にも無気力、無執着の僕が、

 実は僕、夢の国の住人だったんです、なんて。


 ……いや。

 本当はわかっている。

 ウキウキしていたのは、今日からじゃないってこと。


 彼女とケーキ屋で会ったあの時から、自分がどんどん変わっていることを。


 ……。

 

 我妻さんは、僕とどうしてもここに来たいと言っていた。僕じゃなきゃやだ、と。

 

 ……あれは、どういう意味なんだろう?


 僕だけが、本当は甘党で意地っ張りな、不器用な彼女を知っているから?


 彼女の言うように、昔から通ってて、いつでもだれとでも来たいと思える場所だから?


 それとも……。


 

「次のお客様、どうぞー」


 にこやかなキャストの発声で、僕は我に返る。

 いけない。

 都合のいい妄想にふけって、空しい空想に手を伸ばしかけるところだった。

 そういうつもりで、彼女に話しかけたわけじゃないのだ。

 僕はただ、暇つぶしをしたかっただけで、


 それほど失礼な動機で近づいた僕が、学園アイドルの彼女と何かなんて。


 そんなの、考える権利すらないはずだから。



 二人分のチュロスを両手に持ち、傾き始めた日差しの中、僕は我妻さんの元へ歩く。



……だから、これはデートとかじゃなく、一種の布教活動みたいなもので……、



 頭の中をあーでもないこーでもないと、ぐちゃぐちゃにしている僕。

 気が付くとショーを待つ列についてしまって、さっきよりも少し進んだ位置に我妻さんがいるのが見え……、




「……ねー、君、女子高生―? めっちゃ可愛いねーっ! 奢ってあげるから、俺達と遊ぼーよ?」

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