15の1話 『デートと、

◇◇◇



「……」

「……」


 週末の土曜日。

 時刻は、午前8時前。


 ○○ランドのエントリーゲートの前で、僕らはひたすら開演を待っていた。


「あの……、我妻あずまさん」

「……っ、な、なんですか先輩っ?」

「……何も開演前から並ばなくても……」


 誘った手前もちろん来るのだけど、正直理解できない。

 こんな普通の週末の早朝から、しかもすでに多くの人がごった返しているようなところに自ら好んでいくなんて。

 僕が純粋な疑問を言葉にすると、


「何言ってるんですか先輩! この混み具合、見てわからないんですか? 絶対に負けられない戦いは、すでに始まっているのよっ!?」


 端正な眉を吊り上げ、我妻さんが指摘する。

 いつものシンプルな黒髪ストレートは、今日は控えめなシュシュでまとめられたサイドテールになっていて。

 ゆったり目のトップスにショートパンツという、普段の落ち着いた彼女とは違った印象の服装だ。

 というか、遊ぶ気満々じゃないですか。


「……こういうの、好きなんだね」

「……べ、別に好きじゃないわ。……ただ、昔から○○ランドに行く時は開演前から並ぶのが家の常識というか。……わ、私個人はこんなテーマパーク、どうでもっ」

「……ハイハイ。好きなんだね?」

「……なっ! そんなわけっ、……むしろ逆に、私じゃ、柄に合わないと思うし……」


 小さな口を結んで、視線を落とす我妻さん。

 彼女へ僕は、「ほらまたー」


「自分を無理やり、完璧美少女にしようとしてない? ……いいと思うけどなー、僕は」

「それこそ、『ほらまた』です。先輩にどう思われるかとか、どうでもいいので! ほっといてくださいっ」

「……それもツンデレ?」

「本音、です!」


 ぷい、と我妻さんが顔を背ける。

 その圧倒的なからかい甲斐に僕は、思わず温かい目で見守ってしまう。


「……先輩は、どうなんですか?」

「どうって?」

「こういうところ、好きなんですか?」


 僕は少し考えて、


「……よく、わからないかな。実はちゃんと来たの、今日が初めてかも……」


 以前、祖母が何度か連れて行ってくれようとした記憶はある。

 でも、結局毎度、遠慮して断ってしまったような気がする。

 だから、こういうところに馴染みはないし、別にそれでもいいと思っていた。

 僕には、無縁の場所だと。


「……初めて……初めて……」


 ふと目をやると、何やらぶつぶつ呟く我妻さんが赤い顔をしていて。


「……あの?」

「……はっ!? 何でもありませんっ!」


 我に返ったらしい彼女は、


「……なら、私としては、かえってよかったですっ」

「どうゆうこと?」

「先輩はつまり、一度も夢の国に来たことのない、可哀そうな人だったってことですよね、 今日まで?」

「言い方。そんなわざわざ敵を作らなくても……」


 苦笑いをする僕に、「大丈夫ですっ」


 完璧美少女ではなく、我妻苺途あずまいちずが笑う。



「初めてなら、好きにさせてあげますからっ。……ぜったいっ」



 それ、もう自分がここ好きだって認めたようなものだよね?


 思ったけど、僕は言わなかった、……いや、言えなかった。


 だって。


 その笑顔が綺麗すぎて、思わず見惚れてたなんて。


 彼女には、絶対秘密にしておこう。




◇◇◇




「はあああっ! 見てください先輩っ! 夢の国ですよっ! 前来た時より新しいアトラクションも増えてます! あ、あんなトレーラー見たことない! 可愛いですね、ちょっと見てきましょうっ!」


 目を子どものように輝かせながら、左右に視線を泳がせては、我妻さんが小刻みにジャンプする。


「なんとなくわかってはいたけど、……当初のツンはどうしたの?ってくらいのはしゃぎっぷりだねぇ……」

「え? 何か言いました?」

「いえ、何も」


 振り返る彼女の澄んだ目に、僕は嫌味な自分の感想を伝えるのを諦める。

 カラフルなトレーラーからキャラクターのカチューシャを買ったらしい。

 我妻さんは、2つの耳つきカチューシャを差し出し。


「どっちがいいですか?」

「え。……もしかして、これ、つけるの?」

「当然じゃないっ! ○○に来たら、まずは世界観に没入することが先決です。そのためには普段絶対に買わないだろうこういうモノで、日常世界からの脱却を……」

「……なるほど。……どう?」


 一応丸い耳が2つあるカチューシャを装着してみる。

 途端に「ブッ」と我妻さんから、失礼なリアクションが。


「……あの、つけさせておいてそれはないよね、我妻さん?」

「だって……先輩が、……先輩の顔が悪いんですっ」

「はなはだ失礼だな!?」


 我妻さんはひとしきり笑ってから、手に持ったカチューシャを自分の頭に装着し、


「はい。……これで、おあいこです。いいですよ先輩。笑うなら笑ってくださいっ」


 視線を合わせずに、赤い頬でそんなことを言ってくる。

 彼女なりの、フォローのつもりなんだろうか。

 でも、申し訳ないけど、フォローになってない。


 だって、めちゃめちゃ似合ってて、可愛いから。


 ……なんだこれ、○○マジック?


「……先輩、どうしたんですか? あまりに反応がないのもかえって苦しいものがあるので、せめて何かリアクションを……っ」

「あ、ああ。悪かった。……じゃあ、正直に言うね」

「……ウっ、しょ、正直にですかっ!? あ、私やっぱり聞かなくても……」


「……すごく似合ってて、可愛いと思います……」


「えっ」


 驚いた彼女と目が合う。

 瞬間、互いに顔が真っ赤に染まる。

 僕らはゆっくりとあちらこちらに目を逸らし。


「……あ、ありがとうございます……」

「……いえ……こちら、こそ……」


 そのまましばらくもじもじし。


「こ、ここってさ! 絶叫マシンとか、あるのかなッ!?」


 空気に耐えかねた僕が、話題を振ると、


「……先輩。○○に何を求めてるんですか。……たくこれだから先輩は」

「え? 僕、そんな言われるようなこと言った?」

「言いました。タピオカ専門店で、白玉団子を注文するくらい場違いなこと、さらりと言いました、たった今」

「よくわからないけど、とりあえず絶叫系は諦めることにするよ……」


 僕がしょっぱい表情をしていると、僕の方を見ずに彼女が、

 

「……絶叫系とはいかないけれど、先輩が楽しめそうなアトラクションはたくさんあるし、いくつかリストアップしてきたんですけど……?」


 そっと差し出されるメモには、綺麗で丁寧な手書きの字で、びっしりとアトラクションが解説つきで書いてあり。


「……これ、全部、我妻さんが?」

「……ち、違うわ! ○○好きな家族が勝手に……」


 赤い顔で否定する彼女へ、

「どう見ても我妻さんの字だけどね」とは言わず、


「……せっかくだから、全部周ってみたいな」

「ホントですか!? ……よかったー、そう言うと思って、実は一つファストパス取っちゃってたんですっ」


 スマホを見せて笑顔を見せる我妻さん。

 僕は、「なら」と覚悟を決め、


「こうなったら、我妻さんがひくくらい満喫してやるから、覚悟しといて!」

「わ、私だって、負けずに楽しんでやるんだからっ」


 僕らは足並みをそろえ、早足で歩き出す。

 あくまでも、この場所を楽しむためにきた、と。

 まるで誰かに、言い訳しているみたいに。




◇◇◇

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