14の2話   お誘い』

◇◇◇




『せ、先輩っ!』


 翌日、学校にて。

 全く授業に集中できない私は、なんとなしに脳内デモンストレーションをしてみる。


『これ、あげます』

『え、○○ランドのチケット? これをくれるってことはつまり、キミは僕のこと……?』

『か、カン違いしないでくださいっ! たまたま、もらっただけですからっ!』

『……でも、なら、何で僕に?』

『……そ、それは……』

『ふふーん、なるほどなるほど。……つまり我妻さんの○○ランドに一緒に行きたいランキングの上位には、僕が……』


 そこで先輩は身を乗り出し、私の手からそっとチケットを奪い、


『……それほど僕と、デートがしたいってこと?』



「――そんなわけないじゃないですかっ!! ……はっ」


 思わず声に出してしまっていたことに気付く。

 教室中が私の奇行に注目し、


「……いえ、なくもなくもありません……失礼しました……」


 全身冷や汗を欠いているところにちょうど、チャイムが鳴る。助かった。

 号令が終わった瞬間、私ははじかれたように席を立つ。

 ひたすら歩きながら、モヤモヤと先ほどのデモの続きを試みてみる。


 ……どうせ先輩のことだから、煮え切らない言い方じゃ、勝手に都合のいい風に解釈されて、あることないこと言うに決まってるんだからっ。


 なら、今度はあらかじめくぎを刺して……、


『か、カン違いしないでください。私は先輩と一緒に行きたいなんて、これっぽっちも思ってませんからっ! 仕方なくです。せっかくのチケットを無駄にするくらいなら……って!』


「――これじゃテンプレ中のテンプレツンデレじゃないっ!」


 昨夜の米華の言葉を思い出す。


『その否定の仕方は、『はい』って言ってるようなものじゃん』


 ……たしかに。

 ただでさえ普段からツンデレツンデレとからかわれているのに、これでは自分からイジられにいっているようなものだ。

 そしてあの想像力豊かな先輩だ、100パーセント邪推して、否定すれば否定するほど事態はさらに悪化していくだろう。確信がある。


「……じゃあ、いったいどうすれば……はっ!!」


 突如舞い降りたアイデアに、私は愕然とする。


 こ、これならっ!!




◇◇◇




「――私、どうしても先輩と○○ランドに行きたいんです、……ふたりきりで!!」


 ざわっ。

 三年生がひしめく、先輩のクラス前廊下にて。

 早速先輩を呼び出した私は、温めておいたとっておきの誘い方を実践する。


 名付けて、あまのじゃくカウンター作戦。

 どうせ裏を取られるなら、裏を取られる前提で発言をしておけばいい。


 やけに視線を感じるし、周りがざわついている気がするけど、そんなことは今、どうでもいい。


 ふっふー、どうかしら、先輩? 

 これで偽りなく、私の後ろ向きなお誘いの真意を察してもらうことができる。

 ……さぁ、先輩。わかったら早く、いつもみたいに『ふんふん、なるほど』と裏読みを……、


「……えっ!? ふたりで!? ……き、キミと?」


「……はい。私と越名こしな先輩の二人です。たまたま用意したとかじゃない、計画的なものです。どうしても二人きりがいいので、他の人とか、絶対連れて来ないでくださいねっ!」


「……ッ!」


「私、どうしても、先輩じゃないとイヤなのでっ!!」


「…………」


 先輩はなぜかしばらく黙りこくって。



「…………ちょっと、考えさせてもらってもいい?」



 ……あれ? 


 先輩、なんでそんなに顔真っ赤なんですか?


 なんでそんなに、こめかみぽりぽりしてこっち見てくれないんですか?


 まるで、そんな、本気にしたみたいに……、


 あ。



「――――っ!!!!!!!!!!」



 事態を理解した私の全身が、一瞬にしてゆでだこの様に赤に染まる。


「……っ、ちがっ! ……これは、そのっ!」


 いつもの裏読みは? なんで、こんな時に限って素直に受け取ってるのよ!?


「……ごめん我妻あずまさん、またあとでっ」

「あ、ちょっと先輩っ! これは誤解でっ……」

「……ッ」


 先輩と、目が合う。

 今までに見たこともないような、紅潮した頬、視線の熱。

 明らかに、誰かを異性として意識した、その表情。


「先輩?」

「悪いッ」


 私の制止を聞かず、先輩は速足でどこかへ去ってしまう。

 追いかけようとするも、その照れた横顔に目を奪われ、つい足が止まってしまう。


 ……先輩も、あんな顔するんだ。


 いつもは、意地わるく人をからかって、余裕しゃくしゃくのくせに。


 私の戯れ言を真に受けて、あんな……。


「……って、なんで私が先輩の顔なんかっ! ……もうっ!」


 危うく心のアルバムに保存しかかった風景を、慌てて打ち消す。

 そのまま逃げるようにして、私は好奇の視線の嵐と化したその廊下を後にした。


 

 

 ◇◇◇



 

「……我妻さん」


 放課後。

 最近ではすっかり聞き慣れた声が、私を呼び止める。

 先輩の声だ。


「……」

「……」


 あの、先輩。

 呼び止めておいて、黙りこくるとは何事なの?

 かと言って、私もこの沈黙を打開する勇気など、出てこないのだけど。

 ちらりと盗み見ると、先輩がまた呼び出した時みたいな顔をしていて。

 私の胸が、きゅー、となる。


「……あの」

「……っ! はい」


 突然語りかけてくるから、声が、上ずってしまった。

 私は恥ずかしさに視線を逸らし、続く言葉に耳を……、


「……今度の土曜日、ヒマ?」

「……っ!」


 思わず、私は彼を振り返る。

 揺れる瞳は、少し慌ただしく、それでも確かに私を捉えて。



「……行こうか。……二人きりで」



 なんでだろう。

 全然悲しくないのに、少しだけ、泣きそうだ。

 

 先輩といればいるほど、私は自分がわからない。


 用意していた弁解も謝罪も言い訳も、全て忘れて、私は。



「……はい」


 

 高鳴る鼓動。

 必死に先輩から目を逸らして、そう答えた。

 







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