14の1話 『二人の、




 私は最近、変な先輩にからまれている。


 その人の名前は、越名一瑠こしないちる

 三年生の中で、特段目立った感じはない、普通の先輩だ。


 ……でも。


「――我妻あずまさん」


 彼はいつも急に現れて、私のペースを乱していく。


「……先輩。また来たんですか? いつも言ってますが、用がないのに話しかけてこられても困るんですけど。……私、先輩と違って暇じゃないので」


 めんどくさい、という感情を顔に出した私に、


「ふむふむ、なるほどね」


 何かに納得したように彼は頷き、


「……本当に暇じゃない人は、話しかけても返答すらできないはず。……なのに返答してくれたということは、少なくとも我妻さんはそんなに暇じゃないか、僕に話しかけられたことに困っていない、のどちらかだねッ?」

「ち、違いますっ! 何勝手に都合よく分析してるんですかっ!」


 思わず、言い返してしまう私。

 そんな私の言動に、彼は水を得た魚と言わんばかりに目を輝かせ、


「言い返すことができるくらい、暇があるってことだね、うんうん。……まったく仕方ないなぁ。そんなに暇なら、新しくできたパンケーキ屋の話でも……」


「えっ! もももしかして、○○町にできたあのお店ですかっ!?」


「さすが我妻さん、もう把握済みか。……でも、これは知ってる? あそこのパンケーキ屋、今週、期間限定メニューを数量限定で……」

「き、期間限定っ!? 数量、限定っ!?」

「週末になるといつも下校前には売り切れてるから、週半ばの今日くらいが狙い目らしいよ?」

「そ、それは絶対行かないとっ! ……って」


 そこで私は我に返り、こほんと咳払いをする。

 さっと周囲を見渡すが、幸い誰かに見られていた様子もない。


「……な、なんで私が、そんなとこ行かないといけないんですか?」


 一応取り繕い、あくまでも冷静を装う。

 しかし、先輩はまたしても意地悪く爽やかに笑い、


「オッケー。じゃあ、5時頃に店頭でッ。……可哀そうだから、売り切れ前には、確保しといてあげるから」

「ちょ! なんで私が行く前提で話が進んでるのよっ! 話聞いてたっ!?」

「え、……でも、行くでしょ?」

「う……、い、行くわけないじゃない、そんな軽薄そうなとこっ! 第一、得体の知れない先輩の誘いなんて、安易に了承しようものなら、何されるかわかったもんじゃないわっ」


 ふん、と私は顔を背ける。否応なく赤くなる自分の頬が、どうにも苛立たしい。

 先輩は私の様子をじっと見つめた後、


「……でも、キミは来る、きっと。いや、……絶対かな」

「な、なんでそんなこと、言いきれるんですか?」


 私の問いに、先輩は急に優しい顔になり、


「……キミは完璧美少女じゃなくて、……我妻苺途あずまいちず、だから」

「……っ」


「……いーじゃん、パンケーキくらい。……もっと肩の力ぬこーよ、スイーツ好きの我妻苺途さん?」


 その言葉は、私の努力を否定する言葉。

 勉強、運動、芸術活動に生活態度まで、日常の全てにおいて研磨を怠らない、私の心情に反する言葉。

 周りの人たちはいつの間にか、まるで神様でも見るみたいな目で私を見て、勝手に脚色して噂を重ねて。

 気付いたら、完璧美少女のイメージだけが独り歩きして。


 何でも出来て、さっぱりしている我妻苺途。


 誰もそれを、疑問に思わない。

 いつの間にか、私自身でさえも。


 家を一歩でも出た瞬間、完璧美少女を演じる自分がいて。



 ……でも、先輩は、それを許してくれない。


 越名先輩だけが、たった一人、そんな私を否定してくれる。


「……と、いうことで、僕は先行くね。……我妻さんも早くおいで、待ってるから」

「……」


 嬉しいのか、悲しいのか、腹立たしいのか、どれも当てはまらない。

 どんな顔をすればいいか、わからない。


「……勝手に、すればいいじゃない」

「……じゃあ、勝手に、待ってることにするよ」


 先輩が去っていく。

 後ろ姿を見送りながら、私は再び。



 ……どんな顔をすればいいか、わからない。




◇◇◇




「お姉ちゃんー、……最近なんかあったでしょー?」


 とある夜。

 同室のベッドに寝転んだ米華まいかの唐突な問いに、私は「えっ」と勉強していたペンを取り落とす。


「そ、そんなことないわっ。一体何を根拠にしてそんなこと言ってるのかしらっ」


 言いながら自分の頬が紅潮する。

 その理由は、最近ケーキ屋に通いすぎて、少し体重が増え気味なこと以外にも、心当たりがないワケではないのだけど。


「おー、今の反応はクロねー。……根拠ならたくさんあるんだけどー? 最近ぼーっとしてることが多いとことか、やけに美容に気を遣ってるとことかー。帰る時間が少しだけ遅くなってるとこもそうだしー、決まって甘い匂い漂わせて帰ってくるところもー……」

「そ、そんなことないわっ! ただ、最近少し甘いものを食べてまわってるだけで……」

「えッ」


 米華がベッドから身を乗り出し、


「寄り道とか、言語道断だったお姉ちゃんが、スイーツ巡りッ? ……こりゃ、ただならぬ予感がするなぁー。……ねーお姉ちゃん、そのスイーツ巡りって、一人で……」

「ひ、一人でに決まってるじゃないっ!」


 ガタ、と。


「……う、うそ。……マ、ママーーーッッ!!!! ついにお姉ちゃんに男がッ!!」

「ちょっと米華っ! なんでそうなるのっ! 私そんなこと一言もっ!」

「その否定の仕方は、『はい』って言ってるようなものじゃんー!! あ、パパーーッ!! 大変なのぉー!! お姉ちゃんに男がーーーッ!!」

「なあうわあにいいいいいいいいいいいいいッ!?!?!?」

「もーやめて、ち、違うんだからぁーーーーっ!!!!」

 



◇◇◇



「……と、言うわけで、確かに甘いものを食べに行ったけど、別に私と先輩はそんな関係じゃ……」

「……」

「……」

「……」

「……え? あの、わかってくれた?」


 仕切り直して、居間での家族会議。(小豆、就寝のため欠)

 じっと黙りこくったままの家族3人の姿に、私はなんだか不安になる。

 根掘り葉掘り聞かれるがままに、時に詳細に答えてしまったけど。

 特にお父さんなんてさっきから白目で固まったままだし、なんというか、別の意味で不安になる。


「……わかったも何も、……はぁ。逆にお姉ちゃん、わかってるー?」

「……え、……何が?」

「やめなさい米華。聞いた限りじゃ、わかってないのは向こうも一緒。野暮というものよ」

「……う、で、でもさママ! これはもう確実にぃ……」

「だからこそ今は静観すべき時よ。……静観して、面白がるべき時よ」

「……お母さん、今、面白がるって……」

「ああ、気にしないで聞き間違いよ。そんなことより、……ハイ」


 ちゃぶ台の上にそっと差し出される、外国紙幣くらいの大きさの二枚の紙。


「……○○ランドのチケットじゃない。 え、どうしたのコレ?」

「お父さんが私とのデートのために、密かに用意していたものよ。でも私、なんだかもう○○ランドって気分でもないのよね。……だから」


 お母さんは、満面の笑みで。


「……苺途。その彼とでも行ってきなさい。……ふたりで」


「……ふ、ふたり、で?」


 無意識に反復した言葉が、私の脳内に勝手な妄想を造り上げ、


「……っ」


 顔が熱い。

 急に心臓が脈打つ速度を上げ、体温が何度か上昇した錯覚がする。

 お母さんはそんな私を、優しく撫でて、



「……ちゃんと誘うのよ? あなたから、ね」


 


◇◇◇





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