第3章 僕の後輩はツンデレ美少女。

13の1話 『キミの始まりと


 

「そこ、避けてくれませんか?」


 

 振り返ると、目の覚めるような美少女が、僕へと渋面を向けている。

 しがない進学校の廊下。

 休み時間の何気ない一コマ。



「1Cの我妻あずまだ」

「マジかわいー」

「でもやっぱ相変わらず、しかめっ面だなー」



 周囲のにぎやかなスピーカー達から、多種多様な感想が漏れてくる。


 我妻苺途あずまいちず


 今年度入学してきた一年生の中で、一際輝く存在。

 入試の成績はトップで、入学式では新入生代表挨拶を務めたほどの逸材。

 スポーツの成績も優秀で、部活の勧誘を巡って部活間で新しい確執が生まれるほどの人気だったらしい。ただ、結局本人は生徒会のみを選択したのだけど。


 そして何といってもその端麗な容姿は、もはや学年を超えて学校一位を噂されるほどだ。

 あだ名は完璧美少女。

 性格だけが少し愛想がないと噂だが、誰に対しても素っ気ない反面、さっぱりしているとも言えるその振る舞いは、男子のみならず女子にも人気で、入学して数カ月がたった今、各教室でファンクラブが乱立しているらしい。



 ……でも、僕は、

 いや、おそらくこの学校で僕だけが、知っている。




 その姿が、ただのハリボテにすぎないことに。




 僕は彼女に道を譲って、


「……誰かと思えば、越名さんじゃないですか。どうぞどうぞ、喜んで譲りますよ。……でも、その顔はいただけないなー、……どうせなら笑ってくれないかな、昨日みたいに?」

「なっ」


 途端に彼女の顔が赤く染まる。


「……ちょ、なに考えてるんですか、こんな人前でっ」

「……別に? 僕はただ、もう一度キミの笑顔が見たいだけですが?」


 小声で言う彼女に、僕はあえて真っ直ぐな表現で言う。

 「んなっ」と思惑通りさらに動揺した彼女だが、


「……だ、第一そんなの、……私の身に覚えは……」


 周囲を見回しながら、彼女が取り繕う。

 僕はその様子にさらに踏み込んで、


「あれー? おかしいなぁ。……食べたかったチーズスフレが売り切れになって、泣きそうになってたのは、どこの誰……」

「――ちょっと先輩黙って!!」


 顔を真っ赤にして鋭く言う彼女。

 頭一個分低い位置で、彼女はふるふると身体を小刻みに震えさせ、

 

 にこっ。


 思わずその場が「おお」とざわめき、



「……そこ、避けてくれませんか?」



 笑顔で首を傾げる美少女のお願いに、廊下にいた全員が見惚れ、次の瞬間、


「「「どどどうぞっ!!」」」


 神話の世界の話のように、人の海が右と左へと分かれて道が出来た。


「……あ、……ええと?」


 海を割った当人が呆けた様子で驚き、


「……ね? だから、笑ってたほうがいいよ、お互いにね?」


 最後に僕も、笑ってみせる。

 

 そう、彼女は完璧美少女なんかじゃない。


 我妻苺途は、からかうとちょっと面白い、……ただのツンデレだ。




 ◇◇◇




「噂になってるよ、さっきの」

「さっきの、って何が?」


 唐突に投げかけられた質問に、僕は質問で返答する。

 すかさず嫌な顔をしたのは、三ノ原さゆ。

 中学からの腐れ縁というか、僕に話しかけてくるもの好きな人。地味なショートカットが特に印象にも残らない分、変に気を遣わなくていい、接してて楽な存在。

 僕の数少ない、友人だった。


「いちるんは、いつもそうだよね。わかってるのにわかってないようなフリをして、すぐ煙に巻こうとする。……でもいい加減、さゆの追撃からは逃れられないってことを学習したほうがよくない?」

「……まぁそれもそうだね。……で、何の話だっけ?」

「ほらまた、話題を逸らそうとしないの! 絶対わかってるくせに。……さっきの、我妻モーゼ事件のことだよ」

「……う、なにその絶望的ネーミングセンス」

「さゆが付けたわけじゃないから、言っとくけど。……で、実際どうなの?」

「どうなの、っていうのは?」

「もったいぶらないでよ! 我妻さんとの関係に決まってるじゃんッ!」


 いつもはふわふわと何を考えているか分からないさゆが、珍しく身を乗り出してくる。


「……関係、……関係ねぇ……。……関係というか日本人特有の文化というか、知ってしまった以上もとの見方には戻れないというか……」

「全然意味わかんないよッ! いちるん説明下手すぎ!」

「……今日はずいぶん突っ込んでくるね。どうしたの? さゆらしくもない」

「それは聞かないでッ。……いいから、ちゃんと説明してよ、……内容によっては、さゆにもかかわることだし……」


 そこでさゆはチラリとこっちに視線をやり、


「ほら、はやく」


 急かされた僕は、「まぁ、確かに言う通りさゆも関係あるしな」と納得し、


「……さゆ、昨日、キミが僕に頼んだこと、覚えてる?」




 ◇◇◇





「チーズスフレを買ってきて、いちるん」

「断る」


 さゆの軽いお願いを、僕はいつもの通り即答で答えた。


「えー、いーでしょー、バイト先近いことだしッ。あのケーキ屋さん、ここからは遠くて中々いけないんだもん」

「特に理由もなく、断る」


 昨日の昼休み。

 僕とさゆが、廊下をぐだぐだと歩いているところだった。

 いつもの通り、さゆがお願いにならないお願いを僕へ依頼し、


「特に理由もなく、断る」

「なんで二度言うッ!?」


 僕が何の気もなくそれを却下するという、何度となく繰り返してきた問答。


 その最中、


「あっ」

「うっ」


 よそ見をしたせいで、人にぶつかってしまった。

 体格的に、女子生徒だ。


「……あの、すみませ……」


 相手に目をやって、思わず見惚れる。

 細くて綺麗な黒髪が廊下に広がり、きめ細やかな白い肌とそこにバランスよく収まったパーツの全てが、何もしなくても美的感覚を刺激してくる。

 噂では聞いていた。

 ただ、間近で見たのはその時が初めてで。


 そしてそれが、僕と我妻苺途の、出会いだった。


「……こちらこそ」


 姿勢を直しながら彼女は言い、


「……では」


 踵を返して去っていく。

 最初から最後まで、しかめっ面だった。


「……さすが学園アイドル。なんか、いい匂いしたね、いちるん?」


 隣でぽーっと呆けているさゆが、僕へ問いかける。

 しかし僕は、


「……」


 確かに美少女なのは認めるが、人にぶつかっておいて頭の一つも下げられないのはどうなんだろう。

 表情はずっと仏頂面だし、あんなのどこがいいのか理解できない。

 まぁ別に、好みだと言う方々を否定するつもりはないけど。

 あくまで、僕個人の意見として。



「特に理由もなく、断る」

「……どゆこと?」


 



◇◇◇


 

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