11の3話   姉妹と、

◇◇◇




「えっ、じゃあ、おねーちゃんはずっとあの人に、ムシされ続けているのですかッ?」


 午後十時。

 一度大学の講義に出席してから再度帰宅した僕は、我妻あずま三姉妹と食卓を囲む。


「……そうだよ。何度も挨拶にいったんだけど、……あってもらえないどころか、その、まるで誰もいないみたいに……」


 言いながら、僕は先ほどの苺途いちずの表情を思い出し、言葉に詰まる。

 

「なにそれサイテー。……義兄にいさん、お姉ちゃん、わざわざそんな相手とかかわる必要なんてあるのー?」


 眉根を寄せて米華まいかちゃんが言う。いつも余裕ありげな彼女には珍しく不機嫌そうな様子だ。


「……恥ずかしいけど、あれでも僕の肉親で、……保護者だから」

「ふん、よく言うー。……さっきの様子をみる限り、義兄さんに対する言い方だって酷かったじゃないー、あんなの、母親失格よー」

「米華っ」


 苺途が声を荒げて米華ちゃんを制す。

 しかし、米華ちゃんはそれを振り切って、


「だってー、これじゃー義兄さんが可哀そうじゃない。あんなロボットみたいな人に、米華たちの義兄さんは任せられないからー」


「……もう、いっそのこと、縁、切っちゃったらいいんじゃ?」


「――いい加減にしてっ!!」



 それは、聞いたことのないような苺途の声だった。

 苺途の一喝に、米華ちゃんをはじめとして、その場が静まり返る。


「そんなことしても、何も変わらない、何も解決できない。私のことを心配してくれるのは、すごく嬉しいけど、……でも、私のお義母かあさんのことを、悪く言わないでっ」


 苺途の言葉に、僕はハッとする。

 否、まるで殴られた様な心境だった。


 苺途は、私のお義母さん、と言った。


 ……正直、そんなの、僕だって一度として思ったことはなかった。


 でも。


 彼女は、本気でそう思っているのだ。


 だから、どんなに無視されてどんな悪態をつかれても、けして不満を言わなくて。


 僕は改めて、隣に座る嫁の姿を見つめる。


 意志のこもった眼差しで、まっすぐと前を見るその姿が、とても眩しく感じられた。


「……人が良すぎるよ、お姉ちゃんは」


 そう言ったきり、米華ちゃんは椅子の上で体育座りをして、そっぽを向いてしまう。


「……あ、あの、あーちゃんは、その……」

「あー、ごめんごめん、小豆あずきに怒ったわけじゃないのよ? ……ただ、私にとって大切な人を、家族にけなしてほしくなかっただけで……、あ」


 時計の時刻が目に入ったらしい苺途は、


「……気づいたら、もうこんな時間じゃない。ほら、小豆、あっちに戻って一緒に寝よう?」

「は、はーい、なの……です」


 目を擦りながら答える小豆ちゃんを、苺途が手を引いて連れていく。

 バタン、と扉が閉まって少ししてから、


「……」


 米華ちゃんがおもむろに口を開いた。


「……ごめんなさい……」


「え、別に僕は……、え、ちょっ、米華ちゃん?」


 目をやると、米華ちゃんがその目に涙を一杯にして、泣いていた。


「……なによあれ。一番傷ついてるのは、お姉ちゃんのはずじゃない。なのに、なんであんな顔できるのよっ。……あれじゃ、私にできることなんて、なにも……なにも……」

「…………」


 僕は少しためらった末、米華ちゃんの頭に手を乗せる。


「……米華ちゃんってさ、」


「……何気に苺途のこと、大好きでしょ?」


「そ、そんなこと」言いかける彼女に、


「……表立って僕の母を悪く言えない、言うべきじゃない苺途のために、悪感情を全て引き受けて、苺途を守ろうとしてくれたんでしょ?」

「……ッ、……なんで、それ……」

「わかるよ……ったく、お人よしはどっちなんだか」

「……う、うるさぃー、……童貞のくせに」


 長いまつ毛を涙で濡らし、米華ちゃんが泣きべそで抗議する。

 その姿はいつもの彼女とは違う、年相応の女の子のそれだった。

 僕はなんだか少しうれしくなってしまい、


「……よしよし。ほら、今だって、そうだよね? 一見僕をけなしているように見えて、僕がちゃんと約束を守ってる前提で話してる。……米華ちゃんさ、実は、僕のことも大好きでしょ?」


「う、に、義兄さんのばかぁーッ」


 米華ちゃんが顔を赤くし、ポカポカと、力ないパンチを僕の胸に見舞い、


「今の言葉、お姉ちゃんに言うからーっ」


 うげ。


「……それだけは、勘弁してくださいッ」


 すぐさま丁寧に頭を下げる僕。


 やれやれ。

 やはり、義妹には、叶わない。




◇◇◇

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