11の2話   味方。


「――すみませんでした!!! お義母かあさんっ!!!」



 その場に響いた声に、僕は思わず言葉を止める。



「――私が邪魔をしてたんですっ!! メールチェックできなかったのはそのためですっ! だから、一瑠いちるくんは悪くありませんっ!」


 よく通る凛とした苺途いちずの声。


 気が付くと、僕の両眼には涙がたまっていて。

 

 まるで、天啓を与える神様の声みたいだと思った。


 ……でも。


「――申し遅れてすみませんっ!! ふた、いえ、お初にお目にかかかります!! 旧姓我妻あずま我妻苺途あずまいちず、……息子さん、越名一瑠こしないちるさんの、嫁ですっ!!」


 苺途は気を付けをしたまま、礼儀正しく頭を下げる。

 その所作はとても整っていて、礼節に満ちていて。


「――この度は、一瑠さんとの結婚を許していただいて、誠に……」



 バタンッ。



 遮るように、外車の分厚い扉が閉まる。

 すぐさまアイドリングの音がして。


「……一瑠、一つだけ、忠告をしておきます」


 わずかに開いた窓の隙間から、一切視線を合わせずに、母が言う。


「……血のつながりがあるあなたに関する義務を、私が遂行するのは当然のことです。しかし、婚姻の同意は養子をとるのと同義ではありません。ましてや、こんな放課後活動が盛んな時間帯に、異性との逢引に現を抜かすような学生など……」


「……その存在すら、おこがましい」


「…………っ」


 隣で、苺途がビクっと身体を震わせる。

 それでも彼女は、動揺を悟られまいと笑顔を作る。

 が、上手く笑えていない。

 その瞳の端には涙すらにじんでいて。


 もう、限界だった。


 ……でも、同時に心の中に葛藤が生まれる。


 この怒りすら母によって誘導されたものだったとしたら?


 ここで怒りに任せたら、僕の、苺途の立場をもっと危うくしてしまうんじゃないか?


 無数の想定が頭の中を駆け巡り、僕は何も言い返すこともできない。



 ……苺途が、泣いてるのに。



 あまりの無力さに打ちひしがれる僕。


 何も言い返せないまま、無情にもパワーウインドウが閉まり……、



「――ちょっと待つのですっ!!」



 不意に響き渡る、どこか舌足らずな幼い声。

 

 その声に加勢するようにして、


「そこー、駐車禁止の場所なんですけどぉー。どけてくれませんー?」


 甘ったるい鼻にかかった意図的な話し方で。



 ……小豆あずきちゃんと、彼女を肩に乗せた米華まいかちゃんが、笑顔で母に声をかける。



「急に話しかけてきたと思えば、そんなこと? 私はこのアパートの契約者の保証人です。管理人に連絡をとればどうとでもなります。……わかったら部外者の子どもは黙ってあっちへ……」

「う、うええええんっ! ひどいよぉ! あーちゃんはただルールを伝えただけなのにぃー! うわあああああああんっ!」


 突如大声で泣きはじめる小豆ちゃん。

 通行人の視線がおのずと集まり、非難の色を帯びて母へと向けられる。


「ちょ、あなた! 泣き止みなさいッ! 変に思われるじゃないですかッ!」

「うええええええんッ!! おねーちゃああん、この人が、あーちゃんをイジメるううー!」

「い、イジメてないですッ! 私は何もッ!」


「あーあ、泣かせちゃったー、……いい大人が権力振りかざしてー、なにやってるんですかぁー? 素直に謝ったほうがよくないですかー?」


 米華ちゃんは周囲へのアピールを隠さず、大げさな表現で、


「……それともー、試しに警察でも呼びますかぁー、オバサン?」


 大泣きする幼児と、開き直って違法駐車をする成人。

 どう見ても、小豆ちゃんと米華ちゃんに分があった。


「くっ、あなたたち、……覚えてなさい」


 観念したのか母はそうだけ言い残し、外車を走らせる。

 野次馬から軽いバッシングを受けつつ、


 鈍色のセダンが盛大にエンジンをふかして走り去る。


「べーだッ! おねーちゃんをイジメる人は、小豆の敵なのですッ」

「……あははは、何あれ、かっこわるーい」


 見送る二人の義妹の姿が、あまりにも頼もしすぎて。

 僕と苺途は顔を見合わせ、


「……くっくっくく」


 思わず、声を漏らして笑ってしまった。


「……二人とも。……ありがとう」


 僕が声をかけると、小豆ちゃんと米華ちゃんは顔を見合わせ、


「別に、(おにーちゃん)(義兄にいさん)のためにやったんじゃないんだからねっ」


 どこかのツンデレ姉を揶揄するように、元気に微笑んだ。


 



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