9の4話  おあずけ」


◇◇◇



「ちょっと待ってお母さんッ! それってつまり、米華まいか小豆あずき一瑠いちるくんのお嫁にってこと!? ……わ、私は反対よっ!!」

「反対も何も、そもそも重婚できないでしょ。それに、相手は中学生と幼稚園児なんだから、苺途いちず、いくらなんでも少し落ち着こう……?」


 盛大に混乱した苺途を僕がたしなめる。

 お義母かあさんは僕らの様子をにこにこと見守った後、


「ごめんなさい。言い間違えちゃったわ。正しくはあなた達夫婦に、米華と小豆を預かってほしいのよ、一カ月間くらい」

「一カ月、ですか?」

「そう。ちょうどこの人の長期の出張が入ってしまって。その間だけ」

「そ、そういうことなら早く言ってよ、もうっ」


 拍子抜けしたのか、苺途は安堵の表情を見せる。

 しかし僕は「あの」と切り出して、


「……お義父とうさんの出張の話ですよね?」

「ええ、そうよ」

「……なら、お義母さんも家を空ける必要はないのでは?」


 心に生じた素朴な疑問を口にすると、


「な、なに言ってるの一瑠くん! それじゃ、寂しくてお父さんが死んじゃうわっ!」

「そうなのです! お父さんは、お母さんなしでは生きていけない生き物なのですッ」

「ウチのパパママは、身も心も一つ、って昔から決まってるからー、仕方ないんじゃない?」


 多方面から矢を受けて、僕の疑問は却下される。

 どうやら母と父はいつも一緒みたいなのが、この家族にとっては常識らしい。


「まぁまぁ」とお義母さんが娘たちをなだめ、


「そりゃそうよね、もっともな指摘だわ。正直、自分でも単なるわがままって思うもの。……でもせっかく、久しぶりにお父さんと二人きりになれるチャンスなんだからっ、思い切ってお願いしようかと思って……っ」


 もじもじ、くねくねしながら義母が言う。それに被せるようにして、


「まったく美奈子みなこ、君というヤツは……」


 一見不服そうな声色で義父が言う。……顔はぜんぜん不服じゃなさそうですが。

 急に目の前でイチャイチャしだす中年夫婦。

 娘たちも呆れた様子で、二人へ視線を送っている。

 見かねた僕はこほん、と咳払いをし、


「……お、お話はわかりました。……ただ、正直僕らの金銭と生活リズムでは、二人の面倒なんて到底……」

「そう言うと思って、今回はお給料を出そうと思うの。……ハイ」


 おもむろに手渡された封筒の中には、……諭吉ッ! 

 ざっと数えても二桁以上は枚数あるじゃないですかッ。


「生活費にもろもろ、そして人件費よ。大事な娘二人を預けるには安すぎるくらいだけど。……それに」


 お義母さんは僕を見やり、


「あなた、最近バイトの掛け持ちで忙しいと聞いたわ。……満足に苺途との時間もとれていないんでしょ? ……これで少しでも、バイトの数を減らしなさい。……ね、苺途もその方が嬉しいでしょ?」

「……お母さん……」


「た、確かに助かりますけど……、その……」

「なに? 何か他に不都合でも?」

「……あ、あります、根本的な問題が」


 僕は一瞬迷いつつ、意を決して。



「へ、部屋割はどうしたらいいんですかッ!?」



「……どういうこと?」


「いえその、なんというかですね、非常に言いづらいことなんですが、僕は苺途と一緒の部屋にはいられませんッ!」

「……なっ」


 今さらショックを受けた様子の苺途。

 そのせいかすかさずお義父さんから、


「……越名くん、どういうことかね?」


 鋭い視線での質問が入る。


「……まさかもう、気持ちが離れたとでも?」

「そんなわけありませんッ!!」


 思わず僕も声を荒げてしまう。


「……ただ、逆というか、僕も年頃というか、例の約束を守るためには色々と難しいこともありまして。……今別居してる主たる理由はそのことですし、僕としてはどうしても、苺途とは一定の距離を置かせてもらいたく……」

「つまり、手を出してしまいそう、と?」

「……う、そ、その通りですッ!! これ以上苺途との距離を詰めると、……い、一線を越えてしまいかねませんッ!!」


 言いながら、頬が熱い。

 というか嫁の両親に何を言っているんだ僕は。


「……だって、お姉ちゃんー?」

「……う、な、……私にふらないでよっ」


 視線の端では苺途が、火に油を注いでくれている。

 そして米華ちゃんの抜け目ないからかいには、ホント脱帽します。


「……なら、一瑠クンと苺途、米華と小豆の組み合わせはダメね。……本来ならこの組み合わせが一番自然だと思ったのだけどねぇ。……じゃあ、米華と一瑠クンは……」


「そ、そんなのダメに決まってるじゃないっ!! こんな淫乱と一瑠くんが一緒に住んだりなんてしたら、あっという間に汚されてしまうわっ」


 米華ちゃんを指さして激しく抗議する苺途。

 ひどい言われようの米華ちゃんは、顔に笑顔を張り付けて、


「……ちょっとお姉ちゃんー? 米華のこと、何だと思ってるのかなー?」

「今さら何言ってるの、破廉恥の前科があるあなたがっ」

「えー、前科―? 何のこと言ってるのか、米華わかんなぁーい」

「とぼけないでよっ。……とにかくお母さん、その組み合わせだけは絶対にないからっ」


「ハイハイ。……じゃああと残った組み合わせは、小豆と……」

「いやあの、流石にそれは色々マズいんじゃ……?」

「えー、何でですかッ! あーちゃんはいちるおにーちゃんと一緒に遊びたいのですッ」

「それは別に一緒の部屋じゃなくてもできるから!」


 「むーん、残念なのです」と小豆ちゃんが膨れる。

 どんな事態になるのか内心冷や冷やの僕へ向けて、

 お義母さんが腕組をしながら言う。



「……となると、組み合わせはこうしかないわねっ!」




◇◇◇




 翌日、大学を終えて帰宅した僕の目には、


「お邪魔してます、いちるおにーちゃんッ」

義兄にいさん、おつかれさま。米華が癒してあげようかー?」

「ちょ、ちょっと二人ともっ! おかえりのチューがまだ……」


 女子高生、女子中学生、園児による、熾烈なお出迎え争いの様子が飛び込んでくる。

 結局、僕は今まで通り一人この部屋で生活し、隣の部屋では我妻家の娘3人が一緒に生活することになったのだけど。


「ねぇ、おにーちゃんッ、一緒にお絵かきしましょっ?」

「……食卓でする? お風呂でする? ……それとも、ベッド?」

「ま、米華っ!! あなたまたそんなバカなことをっ!? 小豆ももう遅いんだから早く寝なさいっ!! ……ほ、ほら一瑠くん……んー」


 目を閉じて顔を近づけてくる苺途。


「ハァ……」


 僕は深いため息をつく。


「苺途さん。……僕、この状況でイチャイチャを突き進めるほど神経図太くないです」


「じゃ、じゃあ、ちゅ、チューとかもろもろは……っ!?」

「……当分の間は、お預けですね?」


「はひっ!?」と苺途がショックを受け、「そんな……」とその場に崩れ落ちる。

 

 確かに一定の距離は保たれただろうけど、

 どうやらしばらくの間は、このお預け状態が続くらしい。

 ……これからどうなっていくことやら。


 僕は夫婦の行く末を案じつつ、



「ねーねー、あーちゃんベッドで絵本を読んでほしいのですッ」

「ねー、義兄さん、ベッド下に隠してた本についてなんだけど……」

「……一瑠くーん? それ、私もちょっとお話聞こうかなー?」


 はぁ、と大きくため息をつく。

 とりあえず、自分の行く末は嘆いておいた方がいいみたいだ。

 


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