9の3話  鬼神の、

◇◇◇



「おかえり、一瑠いちるクン。苺途いちずもお疲れ様、お久しぶりね」


「ど、どうも、ご無沙汰しております、……お義母さん」


 客間の座敷へと通された僕らを出迎えたのは、我妻美奈子あずまみなこさん。背格好は苺途に似てすらっとしているが、その穏やかな表情と雰囲気はお義母さん特有のものだ。


「ごめんなさいね、お父さんが何か失礼なコトとかしなかったかしら?」

「あ、いえ、……その、特には」

「そう? ならよかったわー」


 目を線にして笑うお義母さん。

 僕の隣で苺途が何やら気まずそうな顔をしているが、まぁ、ここは触れないでいてあげよう。


 案内されるがまま居間の座敷に腰を下ろすと、すかさずお義母さんがお茶を入れてくれた。

 その所作はとてもきれいで見とれてしまうくらいで。


「お菓子もどうぞ」


 そう言って出されたのは、


「……」

「わー! 苺大福なのです!」

「とっても美味しいのが手に入ったの。みんなで食べましょ、ほら、苺途も」

「……い、いただきます」


 小豆あずきちゃんをのぞく3人が、とっても微妙な顔をする。

 

 なんというピンポイントなタイミング。


 なにせ僕らには、先ほどの苺途によるカン違いの一件により、


 「苺大福」=「○○○(破廉恥なこと)」


 というイメージが出来上がってしまったからだ。

 

 当人の苺途とお義父さんはまだしも、からかった側であった米華まいかちゃんすら、気まずそうな顔をしている。無論、僕もだ。


「あーむ。んー! 美味しーですッ! あれ、みなさん食べないのですか??」


 小豆ちゃんの曇りなき眼が、僕らへ心底不思議そうに向けられる。

 汚れちまった自分達の思考へ妙な罪悪感を覚えつつ、


「……し、仕方ないわね」


 覚悟を決めたらしい苺途がその小さくて可愛い口をあけ、苺大福を頬張る。

 心なしか、その頬が桜色に染まっている。


「いただきます」


 このままずっと観察しているのもなんなので、僕も食べることにした。

 もぐもぐと咀嚼し、……あ、美味しい。


「食べながらでなんだけど、少し聞いてもいいかしら?」

「はい。何ですか?」

「……実際、二人はどこまでいったの?」


 ぶーッと、僕と苺途は口に含んだほうじ茶を吹き出す。

 反対側では、お義父さんが大福をのどに詰まらせ、小豆ちゃんの介抱を受けている。


「な、なんてこと聞くのお母さんっ!! み、みんなもいるのよっ!?」

「じゃあ、二人きりなら教えてくれるのね? そうなのね、苺途?」

「そういう問題じゃないわっ! というかそもそも、私たち夫婦の結婚の条件はそういうこと……」


 そこで急にもじもじと指先を弄りだす苺途さん。

 あー、なにこの可愛い生き物、とか思っていたら、義理母から衝撃の発言が舞い出てきた。



「……別に? 一線は超えない約束だけど、そういうこと自体は禁止してないわよ?」



「マジすかッ!?!?!?」


 思わず熱く身を乗り出してしまう僕。

 僕から場所を奪い取るようにして苺途が詰め寄り、


「な、何言ってるのお母さんっ! つまりそれって、それって……」

「ええ。何してもいいってことよ、挿入さえしなけ……」

「うわーーーーーーーーーーーッ!!!!」


 僕ら夫婦の絶叫が居間全体にこだまする。

 前方ではお義父さんが魂の抜けたただの肉塊と化している。部屋の端では米華ちゃんが小豆ちゃんの耳を塞いで、小豆ちゃんが顔に疑問符を並べている。


「なーにあなたたち。……もしかして、キスもまだなの?」

「そ、それくらいはしたわよ。……ふ、夫婦なんだから」


「……じゃあ、深いやつは?」

「ふ、かっ!?」


 お義母さんの言葉についに苺途が硬直する。

 その様子をみたお義母さんは間髪入れず、


「ねぇどうなの、一瑠クン。したの、してないの?」

「してませんッ!! まだ、してないですッ!」

「そう……。……おっぱいはもう触った?」

「おおおお母さあああんッ!?!?」


 真っ赤になり過ぎてゆでだこの様になった苺途が、実の母の襟元を掴む。

 もはや涙目だ。

 しかし、鬼神のごとく攻めに入った義母は一切気にせず、


「ねぇ、どうなの、どうなの、一瑠クン?」

「……さ、触ってませんッ!」

「……本当に?」

「本当ですッ! き、キス以外は何もッ!!」

「……」


 お義母さんは急に真顔で僕を凝視したかと思えば、


「……合格っ」


 いつもの和やかなスマイルで、人差し指と親指で輪を作り、僕へ向けてオーケーサインを出している。


「……え、えーと?」


 僕と苺途はわけがわからず、互いの顔を見合わせる。

 そんな僕らへお義母さんは、


「……色々聞いて悪かったわね。……でもあなたたちの様子をみる限り、言ってることに偽りはなさそうだし、そのことも踏まえて今日の本題に入らせてほしいと思うの」

「本題……ですか?」

「ええ。ときにあなたたち、別居してるそうじゃない?」


 聞いてくる表情は穏やかだった。

 でも、そこには何かしらの非難が含まれているような気がして。


「そ、そうですけど。……その」


 僕は思わず身構える。

 やっぱり、別居していることを咎められるのだろうか。


「……部屋は広い?」

「え……うちの隣なので同じ間取りです。リビングが10畳の1LDKですけど……」

「そう。……いいわね。家具はどうしてるの?」


 その後もお義母さんは、別居先の部屋の情報をあらかた質問してきて、


「そう。……なら大丈夫そうね。お父さん、ほら、米華たちもこっち来て」


 座卓を挟んだ僕らの正面に、苺途をのぞく我妻一家が整列した。


「今日二人にここに来てもらったのは言うまでもないわ。……二人にお願いしたいことがあるの」


 かしこまった声色で語られたのは、



「――米華と小豆も、もらってくれないかしらっ?」



 僕らの予想をはるかに上回る、お願いだった。



「えええーーーーーッッッ!?!?」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る