9の2話  からの義父、

◇◇◇




「……」


 狭い車内の後部座席。

 国産のSUV車が、ものものしいアイドリング音を響かせている。


「乗りなさい」と。

 あの後、義父にそう言われるがまま車に乗ったのだけど。


「いちるおにーちゃん、みてみて! ワンちゃんがいましたー!」


 右からは小豆あずきちゃんが元気な声で僕の腕をとり、


義兄にいさん、みてみてー、……ホック、はずれちゃった」


 左からは米華まいかちゃんがその妖艶なうなじと、そこから伸びる芸術品みたいな背中を存分に見せつけ、僕の手をとって、「……なおしてー?」


「ちょっとっ!!! それくらい自分で直しなさいっ!!」


 前方の助手席からは、苺途いちずがもの凄い剣幕で僕と米華ちゃんを睨み付けている。


「…………」


 お義父さん、我妻寿明あずまとしあきさんはというと、運転用のサングラスをかけたまま、その口元をきつく結んだままで正直怖い。

 

「……あの」

「なにかね」

「……なんですかこの、嫁をさしおいて、両手に花状態」

「気に入らんかね?」


 お義父さんがサングラスを輝かせながら、バックミラー越しに僕を見る。

 何を隠そう、この席順を指定した張本人なわけで。

 そして、苺途との結婚に、条件をつけたのもこの人。

 ……ぜんぜん、思考が読めない。


「……当然よっ、……なんで私が……私だって、一瑠いちるくんと……ごにょごにょ」

「……あれー? お姉ちゃん、何か言ったー?」

「……な、なんでもないわ」


 苺途が顔を赤くしてつん、と前に向き直る。

 その様子をニヤニヤと満足気に眺めている米華ちゃん。……心底楽しそうですね。


「わー! 新しいお店できてますー!」


 こちらも楽しそうだ。

 わくわく顔で窓に貼りついている小豆ちゃんに、僕はまたしてもほっこりとする。


 うん。

 娘たちの考えてることは、割とバレバレですよね。

 


「……あの」

「なにかね」

「これ、どこへ向かっているんですか?」

「着いてからのお楽しみだ」

「……」


 か、会話が持たない。

 ただ、社内の雰囲気は割と謎空間なので、ここはひとつ。


「……あの」

「なにかね」

「前から気になってたんですけど、苺途たちの名前って、なんでみんな食べ物にかかわってるんですか?」


 この際なので、どうでもいい素朴な疑問を聞いてみることにした。


「あ、それ米華も気になるー」

「……たしかに、名前の由来とか、今まで教えてもらったことないわね」

「ねーねー、おとーさん! なんでなのですか、なんであーちゃんは小豆なのですか?」


 盛大に食いついた我妻3姉妹へ、


「……それはな」


 お義父さんが、はっきりと言い放つ。


「苺大福が好きだったからだ」



「…………」


「あー、なるほど。苺途がいちごで、米華ちゃんが大福、小豆ちゃんが、こしあんという?」


「うむ」


「……それだけ?」

「それだけだ」

「ええー」


 不満げな表情を見せる苺途と米華ちゃん。

 しかし小豆ちゃんは目をキラキラさせて、


「い、苺大福!! あーちゃんもだいすきなのですっ!! 美味しいのです!」

「た、たしかに美味しいけれど、……その、もっと込めた願いとか……」

「願いならあるぞ」


 お義父さんが振り返り、



「売れ残らずに、美味しく召し上がってもらえるように」



 そのたくましくゴツゴツした手で、サムズアップをする。


「ななな、なに言ってるのよお父さんっ!! 召し上がるとか、生まれた時からそんな破廉恥なっ!!」

 

 苺途が焦ったようにお義父さんに向き直り、


「え?」


 彼女以外の全員が、ポカンとする。


「え? なに、この反応」

「いや、なんというか苺途、その……」

「お姉ちゃん。そーいう意味じゃないというかー」

「いちごおねーちゃん、あーちゃんを食べても、美味しくないのですよ?」


「……え?」


 ついにお義父さんも苺途に向き直る。


「……早めにお嫁にいければという意味だったのだが、すまぬ」


「あっ」


 苺途が急に俯いて頭から湯気を出し、


「な、なんでもないわ」

「えー? お姉ちゃんたらもしかして、誤解しちゃったー?」

「してないわっ」

「もー、強がっちゃって。……ナニと誤解しちゃったのかしらー?」

「う、うるさい米華っ!! 私はあなたみたいな破廉恥とは違うんだからっ」

「へー。じゃあ、想像してみてー」

「……何を?」


 米華ちゃんが、



「義兄さんが、お姉ちゃんを召し上がるとこー」

「はひっ!?」



 途端に苺途が涙目になって、全身を真っ赤にする。

 自身の身体を抱きかかえるようにして、



「あ、わわわわあわッ!?」



 何を想像しているのか、一人ヒートアップし始める。

 

 その隣でお義父さんが、


「あ、わわわわわあわッ!?」


 何を想像しているのか、ヒートアップし始め、もれなく車もスピードアップ。怖いくらいの速度で車が蛇行する。


「あ、わわわわわあわッ!?」


 僕の隣では、小豆ちゃんが真っ青な顔をして、おそるおそる僕をみてくる。何を想像したのか、まるで人食いお化けでも見たみたいな顔だ。


「みんなかわいー。……くすくす」


 一気にカオスと化した車内を、一人だけ満足そうに眺める米華ちゃん。


「……義兄さんは、想像、しないのー?」


 至近距離で米華ちゃんが意味ありげに笑いかけてくる。

 ほんと、面白がってるな。


「……逆に聞くけどさ。相手の家族とこんな密接な空間で、平然とそういうこと考えちゃう婿むこって、米華ちゃんどう思う?」

「普通にひくなー、それはー」

「ですよねー」


「まーでもー」

 

 米華ちゃんが、窓の外を見ながら言う。


「『一線を越えない』とか、新婚にとって死の宣告に近い無茶な約束を、本気で守り続けてる硬派でカッコいいお婿さんならー、……それくらいいいかな、って思えちゃうかもー」


「……米華ちゃん……」


「パパもねー、そういう義兄さんだから、お姉ちゃんを任せたんだと思うよー。……それに」


 向き直り、僕に腕を絡ませ、


「……米華も、小豆も」

「……あの、それは、どういう?」


「ついたぞ」


 不意にお義父さんのダンディボイスが響き、車が停止する。

 「わーい」と勢いよくドアから飛び出した小豆ちゃんの向こうには、立派な歴史ある和風邸宅がどっしりと構えていた。


「……私の……うち?」


 久しぶりに見たその風景に、僕と苺途は顔を見合わせた。




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