第2章 家族

9の1話 『義妹襲来その2、


 ピンポーン。


 日曜の午前10時。

 その日は週末にしては珍しく、イベントの会場設営などの単発系バイトが入らず。

 僕が苺途いちずとたまの休みを満喫しようと、くつろいでいた時。



 突如、アパートのベル音が鳴る。


「……」

「……」


 正直、タイミングが悪すぎる。

 何せこちとら、いつもの「素直になれない苺途」に「僕がからかった末に助け舟」、「僕の予想だにしない苺途のデレ」という、最近の黄金パターンの真っ最中だったからだ。

 特に「あと少しで苺途がデレる」という、一番いいところで入った横やりに。


「……」


 少なからず僕は面白くなく、


「はーい、どちら様……」


 図らずも不機嫌な物言いで扉を開けてしまう。


 そこにいたのは。


「……あ、おはよーございますっ! いちるおにーちゃんっ!!」


 まだ毛量の少ない黒髪を三つ編みにした、可愛らしい幼女が、僕を見るやいなやぱっと笑顔を咲かせる。

 その笑顔は、相変わらず苺途によく似ていて。



「あ、小豆あずきちゃん?」


「そうなのです! 覚えててくれたのですか! あーちゃん感激ですっ!」


 自分をあーちゃんと呼ぶこの幼女。

 幼稚園の年長組で、キッズサイズの可愛いチュニックに身を包んでいる。

 米華まいかちゃんとは正反対に、まるっきり苺途の幼い版と言っても差し支えない感じ。

 我妻小豆あずまあずき

 僕の二人目の義妹にして、誰かとは違って正真正銘の、苺途の二番目の妹である。


「……あ、もしかして今、米華のこと考えてたでしょー、義兄にいさん?」


 その後ろから米華ちゃんがひょこっと顔を出す。

 ショーパンに胸元緩めなニットというそのいで立ちは、相変わらず女子中学生とは思えないほどの華やかさで、とても大人っぽい。

 むしろ露出度多くて目のやり場に困るくらいだ。


「うっ、な、……なんで」

「童貞の考えてることなんて、お見通しよー。米華には手に取るようにわかるんだからー」


 リップで艶やかな唇に指を這わせるように、米華が言う。

 入れ替わり立ち替わりに小豆ちゃんが前に出て、


「すごいですっ! まいちゃんはエスパーなのですかっ!」

「……ふふ、米華くらいになるとねー、男性の思考を読んで手のひらで転がすくらいヨユーなのよー?」

「……米華ちゃん、まだ中学生ですよね?」


 呆れたように言う僕に、


「やれやれ、まったくもー。年齢なんて関係ないわ、義兄さん。……あるのはただ、欺瞞と欲望とかけ引きだけ……」

「いやほんと何歳なのっ、キミ!?」 

「……っ! さすがまいちゃんは大人ですっ! あーちゃんもいつかそうなれるでしょうかっ」

「……いいコね、小豆―。大丈夫、あなたなら焦らなくてもすぐわかるようになるわー。……どこかのお姉ちゃんと違って……」


「ちょっと、そこ! 聞き捨てならないんだけど!!」


 振り返ると、いつの間にかリビングから出てきたらしい苺途が、眉を吊り上げて抗議している。

 直接言うと怒られそうだから言わないけど、素直にデレる機会を逸した苛立ちか、とっても不機嫌そうに見える。


「あ、いちごおねーちゃんっ!!」


 苺途を見るやいなや、靴を放り投げるようにして小豆ちゃんが苺途へ飛びつく。


「小豆? ……あなたまでどうしたの?」

「えっへへー。来ちゃったっ、なのです」


 にへら、と満面の笑みを見せる小豆ちゃん。

 年相応の可愛らしい笑顔に、僕も疑問をさしおいて思わずほっこりするが。


「……まったく。違うでしょ、小豆―? ……ほら、男を手玉にとるにはー、」


 米華ちゃんが急にもじもじと赤い顔をして。

 大きく開いた胸元を強調する角度を作り。

 そのゆるふわヘアーの毛先を弄りながら、僕を上目遣いでちらりとみて、


「……き、……来ちゃった……」


「……ッ」


 がし、とすぐさま肩を掴まれる。

 振り向くと、ツンデレ美少女が目を細め、口角を上げている。

 でも、ぜんぜん笑ってない。


「……一瑠いちるくんー?」

「は、ハイッ」

「……なに「ちょっとぐっときた」みたいな顔してるのかしらー?」

「し、してませんッ! 誓ってしてません!」

 

 上官に尋問される兵士くらい必死な僕の弁明に、


「……えー、ご不満ー? ……なら」


 一切の遠慮もなく、米華ちゃんがたたみかけてくる。

 僕の肩に指先を這わせるようにして、

 その柔らかな肢体を密着させ、


「……来ちゃった」

「……あッ……」


 ほとんど吐息みたいなささやきを、僕の耳にむけてぶち込んできた。

 突然の生暖かい感触に変な声が出てしまい、


「……」

「……」


「……一瑠くん」


 すぐさま僕は死の危険を感じる。

 恐ろしくて苺途を振り返ることができない。


「ねぇ」

「……」

「……なんでこっち見てくれないの?」

「……いや、それはその……」

「……あーそう、そういうこと。一瑠くんは私との会話なんかより、米華に抱き着かれるのに忙しい、と」

「いえいえいえっ!!!」


 慌てて米華ちゃんを引きはがし、僕は苺途と向き直る。

 ツンデレ美少女の表情はというと、


「ヒっ!」


 ……とてもここでは描写できない。


「……といった風に、「来ちゃった」っていう言葉はこうやって使うのよー、小豆?」

「……な、なるほどなのです、まいちゃん師匠! 勉強になるのですー」

「米華も変なこと教えないっ!!」


 苺途の鋭い指摘に、小豆ちゃんは驚いた顔をして。

 反対に米華ちゃんはまったく悪びれず小さく舌を出している。


 ……義妹、恐るべし。


 僕は米華ちゃんの所業に密かに身体を震わせていると、


「……ところであなたたち、なにしに来たのよ?」


 苺途のもっともな問いに、


「……ほえ?」

「えー、米華わかんなぁーい」

「はい?」


 キョトンと間の抜けた顔をする小豆ちゃん。反対に米華ちゃんは意味ありげな顔をしていて、わざとらしいので、多分クロだ。


「……どういうこと?」

「だって米華たち、今回はオマケだもん……ね」


 そう言って米華ちゃんは、開け放した玄関の扉を振り返り、


「……そうでしょ、……パパ?」



「……いかにも」



 良く響く低音ボイス。

 白髪交じりの黒髪をオールバックにし、その眉間に深いしわを寄せたナイスミドルがその長身を折りたたみながら、玄関をくぐる。

 厳し気な表情と反対に、その服装はカラフルなチェックシャツにハーフパンツ、足元はハイテクスニーカーというカジュアルな装い。

 

 以前にあった時から、約1カ月ぶりの、



「お、」



「「――お父(義父)とうさんっ!?」」



「……………………いえいッ」


 ビシ、と表情を一切変えずに掲げられるピースサイン。


 相変わらずの、よくわからない義父ノリだった。


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