7の3話  返品』

◇◇◇




「……はぁ」


 日曜、駅前のモール。

 一瑠いちるくんの後ろについて、片っ端から返品参りをしている私。ちょうど最後のお店に向かっているところだ。

 ……レシートをとっておいて心からよかった。

 ただ、やっぱり気に入った服を返品するのは、なんだか気まずいし、寂しい。


「はぁ……」


 再びこぼれ出るため息に、一瑠いちるくんが足を止める。


「……あとは、それだけ?」

「……うん」


 私は両手に抱えた紙袋を、ぎゅっと抱きしめる。

 中身は、最初に買ったワンピース。

 

 ……こんなことになるなら、買っていいかなんて、聞かなきゃよかったな。


苺途いちず?」


 晴れない私の心情が顔に出ていたのか、

 いつの間にか彼がすぐそばで、私を見下ろしている。


 そしてなぜか私に微笑みかけ、


「……じゃあ、帰ろっか?」

「え?」


 私は思わず、うつむきかけた顔を上げる。


「……だってこれ、まだ」

「うん。返品しなくていいし、もう苺途いちずのものだから」

「……どういうこと?」

「つまりさ、」


 一瑠いちるくんが笑う。


「僕からの、プレゼントだよ。いつも、不自由させてるお詫びに」


「……っ」


 そう言った彼の笑顔は、笑っているけれど、心底申し訳なさそうで。

 私は。

 冷水を浴びせられたように、ハッとさせられる。

 

「ごめんね。……本当はもっと、いろいろ買ってあげたいんだけど。……その、後悔してる?」


「……後、悔?」

 

「……してる、よね。当然だよな、女子高生だしもっといろいろ、欲しいことも、したいこともあるはずで、……それがごめんね、僕のせいで全部ガマンさせて……」

「……」

「……ぜんぜん、いいからね? ツラくなったら、耐えきれなくなったら、僕のこと、いつでも返品して……?」

「……っ」


 気が付くと、私は、泣いてしまっていた。

 次々と、涙のしずくが頬を伝い、床にぽたぽたと落ちる。


 ……一瑠いちるくん。


 いつも、そんな風に思ってきたの?

 

 私がガマンしてるって、

 後悔してるって、ツラい思いさせて申し訳ないって、そんな風に一瑠いちるくんは、


 ……たった一人で、この結婚生活を背負ってきたの?


「……ばかっ」

苺途いちずッ!? どうし……」


「……そんなの、そんなわけ、ないじゃないっ! ばかっ、一瑠いちるくんのばかっ!」


 泣きながら怒る私に、モールを歩く人達の視線が集まる。

 それでも私は、そんなことは心底どうでもよかった。


「プレゼントなんて要らないっ! 不自由なことなんて何もないわっ! ……私、わたしはただ……」


 ただ、伝えたかった。



「――一瑠いちるくんさえいれば、それでいいのっ!!」



 今、私がどれだけ幸せか。


 何気ない毎日の一秒一秒が、どれほど大切か。


 一瑠いちるくんの一言一言が、どれだけ私を救っているか。


 私が一瑠いちるくんに、どれだけ感謝してるか。



 ……私が、どれだけ、……一瑠いちるくんのこと大好きか。



 どんなに言葉にしても伝わらない想いが、胸の奥から次々に湧き出てきて、


 私は。


「……いちるくん……」

「……っ?」


 広いモールの真ん中。

 昼下がりの日差しは、ガラスごしに私達を温かく包んでいて。

 その中で、いつもと同じ、白いシャツと黒いパンツを着た男子が、

驚いた顔をして、私を見つめる。


 私はそっと目を閉じて。 


 自分の持てる全ての愛しさを込めて。


 静かに、そっと撫でるように。

 優しく。


 ――。


 ……彼の唇へ。



 

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