7の1話 『どうしても、

「……一瑠いちるくんっ!」


 夕食後、就寝までの穏やかな時間。


「どうしたの、苺途いちず?」

「こ、これを見て欲しいのっ!」


 そう言って私は、スマホの画面を彼に見せる。

 写っていたのは、


「……服?」

「そうそうっ」


 私は頭をブンブン振って肯定し、


「……このワンピース、可愛くないかしら? 駅前のモールで見つけたんだけど、私、一目惚れしちゃったのっ」

「……確かに。可愛いね」

「でしょっ!? ただ値段は……、……それなりに安くはないから、一度はあきらめたんだけど、その……っ」


「――や、やっぱり買っちゃダメかしらっ??」


 おそるおそる伺いをたてる私。

 しかし、一瑠いちるくんはあっけなく。


「うん、いいよッ」


「え! ……いいの? た、高いのよ?」

「大丈夫。苺途いちずがどうしても欲しいんでしょ? なら、いいよ」

「ほ、ホント? ……あ、ありがとう一瑠いちるくんっ!!」


 私は喜びのあまり、思わず笑顔になる。

 そんな私へ、一瑠いちるくんも笑顔で優しいまなざしを向けてくれ、私はとっても幸せな気分になり、


 ……そのあまりの幸福感に、私は、味をしめてしまった。



「ねぇ、一瑠いちるくんっ、このパンプスなんだけどっ」

「うん、いいよ」


「あ、あのね、一瑠いちるくん、……このスカートがねっ」

「うん、いいよ」


一瑠いちるくんっ! このお財布っ!」

「うん! いいよ!!」



 そして、ある時、私は気付いた。


「――さすがに買いすぎっ!?」


 一瑠いちるくんが快諾してくれるのが、あまりにも嬉しすぎて。

 だいぶ舞い上がり過ぎて、いろいろと買ってしまった。


「あ、あの、一瑠いちるくんっ?」

「? どうしたの、苺途いちず?」

「えと、疑うわけじゃないの。ただ、たくさん買ってくれたのはすごく嬉しいのだけど、……お金、本当に大丈夫なのかしらっ??」


 私が心配するのには理由がある。


 彼と学生結婚をしてから、私は親から特にお金をもらったりはしていない。

 高校に通うお金だけは、私の両親が負担してくれているけれど。

 彼の学費と私たちの生活費、そして嗜好品などは、すべて彼自身の財布から出ている。


 ……高校三年分のバイト代と、それまでの貯金。


 私たち夫婦は、そういうふところ事情で生活しているのだ。

 前に私もバイトを始めようと提案したこともあったけど、勉強に差し支えるといけないから、って保留にされたままだし。


 ……だからこそ、考えなしに買い物をしてしまっていいはずがないわけで。


 しかし、一瑠いちるくんは、


 にこっ。


「大丈夫っ」


 ただひたすらに、爽やかに笑いかけてくれるのだ。

 しかし、そこで私はハッとした。

 

「……も、もしかして、本当は余裕ないのに、私に苦労を悟られまいと、あえてこんな強気に出ているのっ?」 


 ……ああ、一瑠くん、そんな、私なんかに遠慮しないで……っ!


 旦那さまのあまりの健気さに、思わず涙が……、



「違うよ?」


「え?」



「――その代わり、五年後のクリスマスまで、プレゼントなしッ。……だから、大丈夫! ……って意味」



「……」



 満面の笑みで言う彼に、私は思わず、



「ええ―――――――――――っ!?!?」

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