6の2話  おねだり』


「……もしかして、わざとなの?」


 苺途いちずと、目が合う。

 白とも黒とも読み取れない表情。

 それでも、取り繕った何かを、僕は感じて。


苺途いちずの作る料理、とっても美味しいよ。いつもいつも、すごく感謝してる。……でも、これはなんかおかしいよッ。……こういう手段じゃなくて、ちゃんと言いたいことがあるなら言ってほしいッ! ……その、夫婦なんだから」

「……」

「……答えてくれなきゃ、気になって食べられないよ?」


 苺途いちずはうつむき、視線を合わさずに、頬をぷくーと膨らませる。


「……なら、食べなきゃいいじゃないっ」


 そして僕に向き直り、


「私、これからはもう、ハンバーグしか料理してあげないんだからっ!」


「……何でッ!?」

一瑠いちるくんがハンバーグを嫌いになるまで、ひたすら作り続けてやるんだからっ」

「いや、なんでッ!? ホントなんでッ!?」

「り、理由は、自分のムネに聞いてみなさいよっ!」

「……」


 思い当たる理由は、ある。

 

 最初は気付かなかったけれど、

 このハンバーグ地獄を始めたのは、……苺途いちずじゃなかった。

 その始まりは……、


米華まいかちゃん?」

「……っ」

「もしかして僕が、米華まいかちゃんのハンバーグを褒めた事、気にしてた?」


 眉をきっと吊り上げた表情のまま、苺途いちずの顔が真っ赤に染まり、


「……ち、違うわっ」


 そして僕に背中を向け、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。


「……褒めたことは、……別に、いいわっ。確かに気に入らなかったけど、私だって、ここまで長く引っ張るくらい子どもじゃない。……私がショックだったのは、別のことよっ」

「別のこと?」

「……米華まいかのハンバーグ、実際に私も味見したの。……正直、私、感動しちゃったのっ。一瑠いちるくんが言った通り、どこにお嫁に出しても恥ずかしくないくらい、本当に、すごくおいしかったわ。……だからこそっ」


 再び振り返った彼女は、悲しそうに笑い、


「……自分のハンバーグが、恥ずかしくなっちゃったの。……こんなの、米華まいかのと比べたら、ううん。比べるのがおこがましいくらいお粗末だし。……ならいっそ、一瑠いちるくんが嫌になるまで作り続けて、……嫌いになってもらったほうが……」

「ウソだ!」


 涙目でうつむきかける苺途いちずへ、僕は言う。


苺途いちずは最初から、そんなヤケなんてなっていなかったはずだ。……だって」


「……ハンバーグ、日に日に美味しくなってたじゃないかッ!」


「……っ!」


「僕はそんなに味覚もよくないし、料理のことはわからない、……でも、逆に毎日食べてたからこそわかる、わかるようになったよッ! 焼き方変わったとか、つなぎが減ったとかいろいろッ! この6日間、苺途いちずが毎日工夫を凝らしてたって! それくらいは、僕にだってわかるから!」


「……一瑠いちるくん……」

「だから……その、これからいくら作り続けても、苺途いちずが精いっぱい作ったものである限り、……嫌いになることはないよ! 残念だけど!」

「……」


 僕が真剣な顔で言うと、苺途いちずは顔を赤くして、


「……ほんと?」

「もちろん」

「……っ」


 そのまま、しばらくもじもじした後。


「……わ、悪かったわ。……でも」と、苺途いちずは指先をいじり、


「……私、どうしても一番がいいの! ……一瑠いちるくんに関することは、いつだって、なんだって一番でいたいのよっ! ……だから、……もうちょっとだけ、試行錯誤させてくれないかしら? もう少しで、米華まいかのハンバーグを追い越せる気がするのっ! ……ダメ?」


 ぐい、と身を乗り出し、僕の手をとって苺途いちずが言う。

 苺途いちずの大きな瞳がすぐそこにあって、いたいけな表情と合わせて、僕は意識ごと彼女に吸い込まれてしまいそうになる。



 しかし、僕は。


「……ダメ」

「な、なんでっ!? ……やっぱり私のハンバーグなんかじゃ」

「……違う」


 僕は照れ隠しに額をおさえ、



「……そんなに可愛くおねだりされるんじゃ、……ずーっと1番になんか、できるわけないから」



「……」

「……」

「……」


「………………ばか」



 その後、しばらくの間。


 僕らの食卓に、ハンバーグ師匠の出番はなかった。


 








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