6の1話 『師匠と、


「……い、いただきます」

「いただきます」


 何気ない平日の夜。

 僕は苺途いちずと、向かい合わせで手を合わせる。

 食卓にあるのは、ハンバーグ、デミグラスソース。

 香ばしい肉汁と、深みのあるソースの組み合わせが、何とも食欲を……、


「う……ッ」


 そそらなかった。

 なにせこの五日、ずーっっとハンバーグだからだ。


 いや、美味しい。好きだし確かに美味しいけれど。


 ……何この、ハンバーグ縛りッ!?


「……あのさ」


「?」

「……えと、ブーム、かな?」

「なんの?」

「は、ハンバーグ師匠」

「……いやなの?」

「い、嫌というわけではッ」

「……そう」

「うぃ……」


 ど、どうしよう、続ける気満々だ、苺途いちずサンッ!?

 このままだと、僕の好物が飽和しすぎて、嫌いなものに昇華してしまいそうなんだけどッ。


 ……かと言って、苺途いちずのことだから、バカ正直に『飽きた』なんて言おうものなら……、


『せ、せっかく心を込めて作っているのにひどいわっ、そうやっていつか、私のことも飽きたっていうつもりなんでしょっ!?』


 ……みたいな面倒くさい展開になるのは、目に見えてるし。


「うーん」


 僕はハンバーグ師匠を頬張りながら、打開策を考え、


「あ、そうだ。この間、大学の近くにさ、新しい和食のお店がオープンしたらしいんだ」

「へー、美味しいの?」

「うん。味付けも素朴で、なかなかいいみたいだよ。……いやー、やっぱ和食っていいよねー、日本人の真髄っていうか、ほら、和食はユネスコで、無形文化遺産にも登録されたぐらいだしねー、やっぱ日本人は、和食だよねー」


 遠回しに攻めてみた。


「……和食、食べたいの?」


 ……よしッ、かかった!


「そうだね、今晩は和食がいいかな……」

「……わかったわ」


 それ以降も僕は、会話の中に『和食』をちりばめて念押し。

 これなら、大丈夫と、一日のスケジュールを終え、


 そして、運命の夕食時。




「……」



「いただきます」




 ――和、風、ハン、バァァァ―――――グッ!!!!




 僕は内心、本家ばりの声の張りで、卓上の料理名を叫んでいた。


 ……いや、たしかに、和風だし、和食じゃないけど、よせてくれた感は結構ありますけど。


「……い、……いただき……ます」


 ……でも、なんでこうもハンバーグ縛りなのッ!? 苺途いちず、いつの間にハンバーグ師匠に弟子入りしたの!?

 そもそもキミって、こんなにハンバーグ好きだっけ?


「あ」


 そこでふと、思い至る。

 このハンバーグ師匠が始まった日。

 

 ……その日は、たしか。



「……食べないの?」

「あのさ、苺途いちず……」

「……なに?」


「……もしかして、わざとなの?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る