4の3話  その1』


「……もーうるさいなぁ、お姉ちゃんはー。……せっかくいいところだったのにー」

「なっ、何がいいところよっ!! ばかっ! いんらんっ!! ……このビッチ妹っ!!!!」

「えー、何のこと言ってるのかなぁー、米華まいかわかんなぁーい」

「黙りなさいっ!! ど、どこの世界に、伝言の代わりに、いかがわしい誘惑をするJCがいるのよっ!?」

「……ふふ。だってせっかく義兄にいさんと、二人きりでお話しできるチャンスなんだもーん。こんな機会滅多にないんだし、……この機に乗じて義兄にいさんとの親交を……」

「そんな親交は深めなくていいっ!! ……はっ!?」


 そこでようやく。

 僕と苺途いちずの視線がぶつかって。


「……」

「……」


 慌てて僕らは、互いに背を向ける。


「……その、いたんだ?」

「……う、うん」

「……いつから?」

「……………………ずっと」

「そ、そう……」

「……うん」


「……」

「……」


 何を話せばいいんだろう。

 何を言えば、この胸に広がるモヤモヤを、本当に伝えたいと思う気持ちを、余計な誤解を生まないで、正しく伝えることができるんだろう。

 僕にはよくわからない。


 ……でも。


「あ、あのッ」

「っ!」


 僕は、苺途いちずへと振り返る。


「自分でも情けないと思うけど、……僕、自信がないんだッ!」

「……」

「キミがずっと、綺麗で魅力的過ぎるから。理性と欲望の間で攪拌かくはんされるうちに、自分でも怖くなるくらいに君を欲してしまって……正直、毎日揺らぎそうになってる。そんなのが、これから先も続くと思うと、正直すごくツラいし、全然自信なんて持てない」

「……っ、……そ、そう……」


「……でも僕、後悔してないッ!!」


「……っ!」


「たとえ今日も明日も明後日も、そのずっとずっと先までツラくたっていい。それでも僕は、キミと一緒に進めるこの道が、毎日が、大切で大切でたまらないんだ! どんなに見苦しくカッコ悪くても、……僕はキミとの時間を、いつまでも独り占めしたい、そう、思うからっ」


「……い、一瑠いちるくん」


「だからその、……ごめんッ!!」


 僕は苺途いちずに頭を下げる。

 途端に焦ったような声が聞こえ、


「わ、私の方こそ謝らせてっ!? 一瑠いちるくんが、いつもどれだけ頑張ってくれてるか、努力してくれてるか、ちゃんとわかってるのに。……なのに意地になっちゃう私が悪いのよっ! ……こんなの、いつ嫌われてもおかしくないよね?」

「そんなわけないッ! ……だって僕は……」

「っ! いちるくん……」


 僕の瞳に、苺途いちずがいる。

 苺途いちずの瞳にも、僕がいて。


 そっと、僕らは互いに引き寄せられる彗星のように。


 静かに顔を近づけ……、


 そして。





「……あ、気にしないで、どうぞ続けてねーっ?」


「……」

「……」 


「……しないのー?」

「し、しませんっ!」

「えー」


 米華まいかちゃんは途端に残念そうな顔をして。


「なに今さら恥ずかしがってるのよー。……まったくこれだから童貞処女カップルはー」

「っ! それ今、関係あるかしらっ!?」

「関係あるよー? ……だって」


 くるりと優雅に回り、米華まいかちゃんが悪戯っぽく微笑む。


「……あんまりぐずぐずしてると、私がもらっちゃうからっ」


「なッ!」

義兄にいさーん! 寂しくなったらいつでも米華まいかを呼んでねーっ! ふ・り・ん、しましょっ?」

「するわけあるかッ!」

「えー、残念っ」

「……もうっ!!! 米華まいかっ!! またそんなたちの悪い冗談を……」

「冗談?」

  

 スタスタと玄関へ向かい、ガチャリとドアを開け放して、


「……どうかなぁー? 米華まいか、いんらんビッチなのでー。……なんて」



 僕ら夫婦に手を振って、今日一の屈託ない笑顔で、義妹いもうとが笑った。

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