4の2話  襲来


「きいたよー? 新婚早々、別居してるんだって? なんか面白そうだから実際来てみたら、リアルタイムでケンカ中とか。あーやだやだ、こりゃ昨今話題のスピード離婚間近ってやつなのかしらっ」

「そ、そんなこと」

「へー。違うの? でもお姉ちゃん言ってけどなー、顔も合わせたくないってー」

「――っ!」


 ズキリと、胸が痛む。

 改めて、自分達がケンカ中であることを思い知らされ、


「……」

「……そんな露骨に傷ついた男の人の顔、米華まいかはじめてー」

「……やっぱ、怒ってた?」

「そうねー、それはもう、怒り狂ってたよー? お姉ちゃんのあんな様子、久しぶりにみたもん」

「えっ! ま、まじで?」

「うん。あれはもう、相当尾を引くと思うなぁー」

「うッ……」

「……謝らないんだ?」

「……」

「ぷっ、何その、だってあっちが悪いんだもん、みたいな顔! ……義兄にいさんは大人なのに可愛いなぁー、やっぱり」

「う、うるさい」


 米華まいかちゃんはけらけらと楽しそうに、ひとしきり笑って、


「ねぇ、義兄にいさん。……前から聞こうと思ったんだけど、なんでお姉ちゃんと結婚したのー? まだお互い10代でしょー? どうしても、付き合ってるだけじゃダメー?」


 その問いは、非難でも嘲笑でもなく、純粋な好奇心から来ている。

 彼女の目が、そんな色をしていて。

 僕は少しだけ、気恥しくなりつつも、


「……ダメだよ」


「……独り占め、したかったんだ。……僕は苺途いちずに会うまで、どんなものもこだわらない、執着できない生活を送ってきた。……そんな僕が、生まれて初めて、心にひっかかって取れない何かに突き動かされて、恋に、堕ちたんだ」


「……彼女を独り占めしたい。苺途いちずの心も身体も、公の身分すら全部含めて、誰にもゆずりたくない。それくらい、苺途いちずは僕にとって特別で、かけがえのない人……だから」


「ふーん。なんか、思ってたよりずっと子どもというか、自分勝手な理由ねー」

「そう、自分勝手なんだよ僕は」

「……少なくとも、周りのことが余裕で見えなくなるくらいには、苺途いちずにベタ惚れなんだから。……だから、中途半端に責任避れの可能性を残すくらいなら、その選択肢自体を手札から捨てる。……彼女に傷がつくなら、それは僕の人生も傷つくべき時だ。最初に出会ったあの瞬間から、彼女無しには、僕の人生は回らない。……そう、決めたから」


「……聞いていて恥ずかしくなってきたよー。……じゃあ、早く謝っちゃえばいいのにー」


 呆れたように言う米華まいかちゃんへ、


「いや、それとこれとは話が別だから」

「面倒くさいなぁー。まぁ、でも……」


 ふっと米華まいかちゃんの大きな瞳と目が合い、


「……義兄にいさんだから、いいかー……」


「……? 何が?」

「ねぇ義兄にいさん、……米華まいかが、いいこと教えてあげよっかー?」

「いいこと?」

「そう。……自分から謝らずに、この状況を打破する方法ー」

「そんな方法、あるわけ……」


「――あるよ?」


「え?」


 突然グイッと引き寄せられ、


「えいっ」


 女子中学生の華麗なる足払いによって僕は床に倒れ、


「よっとー」


 その上に、米華まいかちゃんが馬乗りになり。

 彼女の髪の先が僕の鼻にかかり、途端に女の子の甘い香りが充満する。



「……ねぇ義兄にいさーん?」


「……米華まいかと、イイことしよー……?」


「……はッ!?」


「簡単なコトだよー。そもそも今回のケンカって、義兄にいさんの欲求不満が原因にあるわけでしょ? ……なら、その欲求を、米華まいかが引き受ければいいのー」

「引き受けるって、……いやいやいや!」

「……大丈夫、米華まいか義兄にいさんに興味あるからー。……だから、いい」


 するすると、制服のリボンが僕へとこぼれ落ち、

 姉よりも若干豊かなふくらみが、そっとその白肌をチラ見せして。


「……義兄にいさんは、……興味、ないのー?」


 僕は長い間蓄積した、慢性的まんせいてきな欲求不満の影響か、

 唖然あぜんと、呆然ぼうぜんと、その光景に釘付けに……、



「だああああああああああああああああああすっ!!!!!!!!!!!!!」



 突如、押し入れの扉が叩き開けられ、僕の心臓が破裂しそうになる。


 そこから出てきたのは、……い、苺途いちずッ!?

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