4の1話 『義妹、

 

 結婚して初めて、ケンカをしてしまった。


 何のことはない、最近目に余る勢いだった苺途いちずのスキンシップを、僕が避けたのがきっかけだった。

 その後あーだこーだ言い合って結局仲直りしないまま、僕らは一日のスケジュールをこなしてしまって、今に至る。


「……入りずらい」


 僕はなんと切り出していいかわからず、暗いアパートの扉の前で途方にくれる。


「……謝ったらいいんだろうけど、今後のことを考えると、ためにならない気がするし……あーもうッ」


 やけになった僕は、構わずにドアを開ける。


「……あっ」


 居間からは相も変わらず、今晩も別居中のはずの苺途いちずの声が……、


「……ずいぶん遅いご帰宅ね。……一体どこをほっつき歩いてきたのかしらっ?」


 しかしそこにいたのは苺途いちずではなく、



「な、……米華まいかちゃん?」

「……お久しぶり、義兄にいさんっ」



 明るめの茶色の髪をゆるふわカールに巻いた、苺途いちずとは似ても似つかないような派手めの容姿。適度に気崩した制服が、幼さと大人っぽさの絶妙なバランスで、そこはかとない色気すら感じさせる。


 そんな彼女は、女子中学生にして……苺途いちずの妹であり、僕の義妹いもうと


 ……我妻米華あずま まいか、その人だった。


「……お腹すいたでしょ? ほら、はやくこっちきて。まずは夕ご飯にしましょっ」

「え、あの……何でキミが?」

「そんなの後でいーでしょ? はい、お箸。じゃあ義兄にいさん、両手を合わせてー、……いただきますっ」

「……い、いただきます」


 言われるがまま席につき、手を合わせてしまう僕。

 食卓にはご飯と味噌汁にサラダと、煮込みハンバーグ……、見た目はかなり美味しそうな感じだけど。


「はむ。はむはむ」

「どーかな?」

「うん、めっちゃ美味しいよっ!! 苺途いちずの料理も美味しいけど、正直この煮込みハンバーグに関しては、米華まいかちゃんの勝ちだ! どこへ嫁に出しても恥ずかしくないと思うッ!」

「ふふ、そうでしょそうでしょーっ」


 米華まいかちゃんは屈託のない笑みを見せた後、


「……それにしても、褒めるついでにさりげなく口説いてくるなんて。まったく義兄にいさんたら、……米華まいかを、どうするつもりなの……?」


 わざとらしく頬に手を当て、意味ありげな視線を送ってくる。


「いや、どうするも何も……別に口説いたつもりはないし、逆に嫁の妹口説いてどうするのか、こっちが聞きたいくらいなんだけど?」

「またまたァー。米華まいか知ってるんだよォ? ……義兄にいさんてば、義妹いもうとだろうが娘だろうが、JCならなんでもいいくせにー。……さっきのも、評価したのは米華まいかがJCだったからでしょ?」

「違うわ! 何だその歪んだ印象ッ!」

「はーやだやだ、何で世界は、こんなにもロリコンばっかりなのかしらっ」

「ちょっとっ? 人がロリコンの前提で、話を進めないでくれます?」

「えー違うの?」

「断じて違いますッ」

「……JKには、手を出したくせに?」

「……ッ!」


 思わず僕は、箸を持つ手を止める。

 本気で言っているのか、それとも冗談なのか、計り知れないトーンだった。


「……2歳差は、ロリコンとは言わない」

「ふーん。……ねぇー、じゃあ、4歳差は?」


 長いまつ毛の間からの流し目が、僕を捉える。

 米華まいかちゃんの問いに、僕は「はぁ」とため息をつき。


「……ロリですね」

「えー、なにそれー、つまんないなぁー」

「年上をからかって面白がるのも、僕はどうかと思うけど?」

「もー、わかってないなぁ、義兄にいさんはー」

「どゆこと?」

「……世の中にはお金を払ってまで、JCと会話したがる人もいるんだよー? 実際ここはー、米華まいか義兄にいさん二人きりの密室なんだしー。もーっと有り難がってほしいんだけどなぁー??」

「そうかもだけど、そんなこと平気で言ってくるJCに、有り難みとか言われてもな……」

「あははー、言えてるー。……でも」


 すっと、米華まいかちゃんの視線の質が変わり、


「JKのほうはー、どう?」


「……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る