3の2話  してみて』

「……でも、……不公平だわっ」


 苺途いちずが不意に口を開いた。


「自分は自分で、勝手に不意打ちでいろいろしてくるくせに。……私が同じようなことをした時だけ、毎回それを持ち出してくるのは、すごくフェアじゃないわ」

「うッ、それは、……」

「そもそも、先にベタベタしてくるのは、そっちだと思うの。私はその後の流れに乗っているだけというか。……むしろ、私にそういうことさせてるのは、一瑠いちるくんのほうじゃないっ」


 ……うぐ、至極しごく真っ当な主張だぞ。

 たじろぐ僕へ、苺途いちずは。


「……ようするに、一瑠いちるくんが、えっちなのが悪いっ」

「なッ」


 僕の鼻先を指さし、びし、と指摘する。

 しかし、ピンポイントで何かのスイッチが入った僕は。


「……なら、この際僕も言わせてもらうけど。僕からのアプローチなしに、苺途いちずが自分の力だけで気持ちを伝えてくれたこと、今までに何回あったかなぁ? ……ちょーっと僕には覚えがないんだけどなぁー」

「うぐっ」

「いやね、僕は別にいいんですよ? 常日頃から自分の思いは伝えるようにしているし。そもそも苦じゃないし。……でも、キミはどうかな? 僕からのアシストなしに、ちゃんとゴールを決められるの?」


 僕はわざとらしく彼女の鼻先で、


「……無理だよね?」


 先ほどされたのと寸分違わぬトーンで、彼女を指さす。


「……だって苺途いちず、ツンデレだし」

「……っ!」


 バチバチ、と僕と苺途いちずの交わす視線が穏やかさを失う。


「さっきからツンデレツンデレって。ぜったいバカにしてるでしょっ!? ……というか私、そもそもツンデレとかじゃないんだからっ」

「その口調で、よくそんなことが言えるよねッ! 仮にキミがツンデレじゃなかったとしたら、それはツンデレ自体の定義の崩壊だよッ。……それくらい苺途いちずは、まごうことなき! 正真正銘のッ! ツンデレ属性だよッ!」

「違うっ!」

「違わないッ!」

「違うもんっ!」

「そういう認めたくないとここそ、そうだよッ!!」

「……う、うるさいわっ」

 

 わざとらしく、そっぽを向く苺途いちず

 そろそろ引いてあげてもいい気がしたけど、なにぶん、今日の僕は執念深い。……なにせ、僕がえっちなのが悪いそうですし?


「……じゃあさ、苺途いちずさん、証明してみてよ」


「……証明?」

「言うはやすく行うはかたし、ってことわざがあるでしょ? キミが本当にツンデレじゃないなら、今ここで実際に試してみようじゃないかって言ってるんだ」

「試す?」

「……そう。僕がツンデレ検証のためのお題を出すから、それにキミが実際にどう対処するかで、本当にツンデレじゃないかを確かめてみたらいいと思うんだけど、どう?」

「ふーん、そうね……」


 苺途いちずは、さらりとその黒髪を指ですき、


「――いいわ、一瑠いちるくん。受けて立とうじゃないの」


 自信満々で引き受ける。

 僕は「じゃあ、そうだなぁ……」と、


「――まずは、『一瑠いちるくん大好き』って、目を合わせて10回言ってみて!」


「なッ」


「な、何よそれッ!? そんなのツンデレと関係あるッ!?」

「大アリさッ! 自分の夫へ『大好き』なんて、新婚夫婦なら余裕でしょ?」

「……そ、そうなのっ!?」

「いや疑問形で確認してくる時点で、もう……」

「ああ、そうねっ! そんなの当然のことよねっ!」

「……なら」


 僕は、なるべく爽やかに笑い、


「証明、できるよね? ……では、どうぞッ!」


「……っ」

「……っ」


「…………くぅっ」



「あれ、やっぱり僕の言ったとおり……」

「そ、そんなことないわっ」 


「……い、いちるく……だ、だ……って、言えるかあああッ!!」


 苺途いちずは湯気が出そうなほど頬を紅潮させ、その潤った唇で、


「……もー、いちるくんのばか」


 そしてねたように、僕を睨み付ける。

 ……うぐ。

 これはこれで、結構な破壊力なんですけどッ!?


「こほん……とまぁ、こんな感じでさ。キミからアプローチをしてもらうことは、なんというか、お互いにいろいろとやりにくい感じだよね。なんとなくわかったでしょ?」

「わ、悪かったわね。……どうせ私はツンデレですからっ」

「はいそこ、拗ねない拗ねない。それに、なんというか大変『えっち』な僕としては、むしろそのツンに救われてるというか、いい塩梅あんばいのブレーキというか。……だから」


 ポリポリと、僕は自身の照れを誤魔化ごまかすように髪をかき、


「……そのままの、キミでいてよ。不公平かもだけどさ。……僕はそんな苺途いちずも、好きだよ?」


「……」


「……やっぱり、言うわ」

「え? 何を?」

「……ちゃんと10回、一瑠いちるくんを好きだって言うっ」

「ええッ! 今の話の流れでッ!?」

「流れとか、不公平とか、もう関係ないわっ!」


 苺途いちずは僕をそっと見上げ、


「……私が、どうしても言いたくなったの」


「……ッ! だ、ダメですッ! お断りしますッ!」

「……っ!? なんでよ!?」

「たった今説明したばかりじゃないかッ! ……とにかく、今日はもう……」


 ダンッ、と。


「ファッ!?」

「――一瑠いちるくん……っ!」


 艶やかな黒髪が舞い、苺途いちずの壁ドンが僕を襲った。


「――大好きっ!」


「……っ!」

「……あ……あと、9回」

「……マジで!?」

「……一瑠いちるくん、……だい」


「勘弁してくださあああああああああいッ!!」


 

 平日の深夜11時。

 1LDKの小さなアパートの一室で、僕の悲鳴がこだまする。













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