2の2話  イジワルがお好き。』


「……そういう、ところよっ……」

「え?」

「なんでもないっ。ふ、ふんっ。図星なわけないじゃないっ。……まったく一瑠いちるくんてば、自惚うぬぼれないでほしいわねっ」



「ふーん。そっかー」


 とやけに得意げに。


「――じゃあ、埋め合わせに、と思って買ってきたコレは、特に必要ないよねッ?」



 そう言って彼が差し出したのは、……って、コレはさっきフリぺで読んだ、新しくできたばかりのタルト屋さんのエッグタルトっ!!


 思わず心躍り、顔がほころんでしまう私。


「な、なんで……? コレ、人気すぎて並ばないと買えないって……」

「……並んで買ったよ? いやー、さすが人気店。昼休み、全部なくなるかと本気で思っちゃったもんなー。あ、保存なら大丈夫。大量に保冷剤もらって、涼しいとこで保管してたから……」

「い、……いちるくん……」


 私は改めて思う、……私の旦那さま、なんてカッコいいんだろう。

 なんか感極まって泣きそうになってしまう私に、


「いやー、残念だなー。せっかく二人で食べようと思ったのになあー。まぁ、でも、苺途いちずがいらないなら、一人で食べるかな。……ちょうどお腹も減ってることだし」


 横目でニヤニヤしながら爽やかに言ってくる一瑠いちるくん。


 前言撤回ぜんげんてっかい。……なんて嫌な人なんだろう、私の旦那さま。


「あれ? どうしたの苺途いちず、モノ欲しそうな顔してー?」

「し、してないっ! さ、さっさと食べればいいじゃないっ」

「そうだねー、じゃあさっそく、いただきまー……」


 バシッ、と。

 気が付くと身体が動いていた。

 そのこと自体が恥ずかしくて私は赤面する。



「……もしかして、欲しいの?」


 悪戯っぽく笑った一瑠くんは、


「もしそうなら、さみしかったって認めることになるよ? ……苺途いちずはそれでいいの?」


 私の耳元でささやくように言う。


「……っ」

「……ねぇ、どうなのかな?」

「…………」


 私を急かす彼の声に、私の心はいつも乱されるけれど。


 ……でも、私は知っている。


「……い、いいよ」


 ――それが、素直になれない私への、彼なりの優しさだっていうことを。


「……さみしかったの。……もっと一緒にいたかったの。……この一週間、ずっとそれだけを考えてきたの……」


 だから、私も少しだけ勇気を出して、その助け舟に乗って。


「……ください」

「え?」


 精一杯恥ずかしさをこらえて、私の思う気持ちの百分の一でも伝わるように。

 私は、一瑠くんを見上げる。



「……私にもっと、……いちるくんを、ください」



「……っ!」


 彼は、驚いたような顔をして私の顔を見つめてから、すぐさま視線を逸らす。


「わ、わかるけど、……い、言い方っ! ……それじゃまるで、そのッ……」

「?」

「……いや、やっぱ、何でもないっ」

「う、うん?」

「…………」


 一瑠いちるくんは急に焦ったような様子で、ぱたぱたと首元をフリぺで仰ぎ、


「……ったく、これだから、無策で苺途いちずと過ごすのは危険なんだ……」

「……何のこと?」

「こっちの話。……それより、ごめん……寂しい思いさせて」

「あ、いや……冗談じゃなしに、本当は私もわかってるわ。……だからその、単なる私のわがまま、なんだけど」

「……別にいいんじゃないかな? わがままでも」


 そう言って一瑠いちるくんは笑う。


「世界中でたった一人、無条件に合法的に、わがままを言いあえる。……それが、夫婦でしょ? ……なんて、だいぶ偏った頭悪そうな見方だけど」


「……ううん」と私は首を振り、


「私もそう思う。というか、そうだったらいいなって。……なので」


「……」

「……」


 少し気恥しくなりながら、彼に言う。


「………………エッグタルトも……ください……」



「……っ」


 さすがに耐え切れず、視線を逸らす私。

 

 背中越しの一瑠いちるくんがまた、意地悪な笑みを浮かべてニヤついているのが、私は手に取るように、はっきりとわかる。


 なんというか、本当に悪趣味。

 でも、と。


 私は、そういうところも含めた、彼のすべてがもっともっと欲しいのだ。



 ……これだけは、絶対に教えてあげないんだから。



 そう心に秘め、私は足元のフリぺを、そっと拾い上げた。






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