海辺の図書館①
播磨光海
プロローグ
下校時刻の過ぎた学校に、静謐な空気が漂っている。その中でも図書館は、まるで夜の湖のようだった。カウンターの奥にある小部屋のドアに取り付けられた小窓から、光が漏れ出している。
その部屋の中で、
突然、ノックの音が小部屋に響いた。
「どうぞ」
綴は手を止め、呼びかける。
「失礼します」
入ってきたのは、一人の男性だった。名前を
「こんばんは、里庄先生。どうされましたか?」
「いえ、大した用ではないのですが、その。お願いがありまして」
「お願い?」
「はい。僕は今年ここに赴任したばかりで、その上に図書部の顧問という立場に就きました。しかし、情けないことに、ここがいったいどういった部活なのか、どんな歴史を積み重ねてきたのか、僕には全く分からないのです。そこに、上道先生がここの卒業生で、元図書部員だったという話を耳に挟みまして……」
「なるほど、そういうことならば手をお貸ししましょう」
綴は快く答えると、日誌を閉じた。そして、紅茶の用意をする。マイセンのティーポットから、白い湯気が立ちのぼる。アールグレイの香りが、小部屋に広がった。
「どうぞ」
里庄は前に置かれた紅茶を一口飲み、息をついた。
「……おいしい」
「イギリス生まれの後輩が、教えてくれたのです。いい思い出でした」
綴は懐かしむようにティーポットを撫でた。その優しげな眼差しは、里庄に羨望と好奇心を湧き起らせる。
「図書部って不思議な部活でしょう?毎日のように本を棚に返したり、レビューを書いたり、おススメ本の紹介企画をしたり……私も、入部した当初は、それが何の意味をもつのか、分からなかったのです」
綴はそう言うと、一度目を閉じた。
「里庄先生。たった一年間だけを、切り取ってお話しても、よろしいでしょうか」
「ええ、構いませんが……。でも、なぜ一年間?」
不思議そうな顔をする里庄に、綴は微笑んだ。
「活動内容だけを話しても意味がない、と思ったのです。私は部員としてかつてここに図書部に籍を置いていましたが、その六年間で様々なドラマがありました。その人間模様も含めて、図書部なのだと思うのです。もちろん、今の図書部とは違う人間模様ですが。ですので、六年間のうち、最も私の印象に残っている一年間を取り出して、お話しすることにしましょう」
「そうですか。それはとても楽しみですね」
期待を隠し切れない里庄に向かって綴は深く頷き、右手でそっと使い古された腕時計に触れた。
そして図書館の司書は語りだす。
十年前の、彼らの物語を……。
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