第1話-閑話 昔のツルギ編

※こちらは第1話の「その3-2」のその後のエピソードとなります。


「ツルギって学生の頃はどんな感じだったの」

「……なんだブローディア。藪から棒に」

 フライタッグのことについて一段落を終え、静かになった空間に対して一石を投じるかのようにブローディアは言った。

 ツルギはなんだか少し居心地が悪くなって口をへの字にすると、彼女はむっとして言った。

「セリスが来た時に思ったの。二人だけの思い出話があるのって狡いと思うわ。私にも共有して」

「なんだよ、それ」

 彼女の言う「思い出話」というのは、おそらく、部屋をゴミだらけにしていた話を指しているのだろう。彼女が言っていること、言わんとしていることは分かる。分かりはするが、しかし無茶苦茶な要求の仕方である。

 ツルギが呆れたように反応するも、ブローディアは引き下がらなかった。

「私の調律師の過去を知りたいと思うのって悪いことかしら。いいえ、悪くない。悪くないはずよ。ねえセリス?」

「そうね、悪いことではないと思う」

 矢継ぎ早に尤もらしいこと言うブローディアに答えたセリスはにこやかにツルギを見た。

 その出で立ちや振る舞いは淑女のようだが、彼女は悪ノリのようなものをよくすることをツルギは知っている。

 それは施設で育った経験がそうさせているのだろうか。周囲のノリに合わせて、自分もまたそこに加わる。所謂、彼女なりの処世術のようなものか。

 無論、ノリはノリでも「悪ノリ」なので褒められるようなものではないが、しかし決して一線は超えることはないのが何とも言い難く、そこをあえて注意する気にもなれなかった。

「俺だって別に悪いなんて言ってない。いいんじゃないか」

「そう。なら聞かせてよ。ツルギは学生の頃はどんか感じだったの」

 口では肯定したが明らかに嫌そうなツルギを無視して、ブローディアはセリスを見る。

「うーん……どうって言われると難しいけど、今とそんなに変わらないかな。少しだけ大人になった感じ?」

 いまいち要領を得ない回答である。

 まあそうなるだろう、とツルギは内心感じた。その質問にはあまりにも具体性がない。人を困らせることにかけては上等な文句ではあるが、それで何かを得ようとするのは一で十を得ようとするのに他ならない。しかしもちろんそれは指摘しない。具体性が伴えば、より具体的にセリスは答えてしまうからだ。今はただ、このまま何事もなく、ブローディアの興味が失せるのを待つのみ。それに徹するのが肝要である。

 だが、ブローディアと対話しているのがセリスであるのが少しだけ気がかりではある。彼女はその雰囲気に反してかなりおしゃべりだからだ。変なことを吹聴させるのは困る。

 故にツルギは無言のまま、一言たりとも聞き逃すまいと、耳をそば立てた。

「……よく分からないわ。何かエピソードとかないの」

「エピソードかぁ……」

 しばし考え込むセリス。

 ツルギは祈りつつ、ブローディアは期待を込めつつそれを待つと彼女は思い出したように声を出した。

「そういえば、ツルギは一時期コインを弾くのにハマってたよね」

「コイン?」

「……」

 がっくりと項垂れたツルギが深くため息をつくと、セリスは「私、何か言っちゃいました?」とでも言いたげに口を手で覆った。

「どういうこと。教えてよツルギ」

「別に……」

 ツルギは顔を背けてそれを拒否。しかしブローディアはそれを見て、より食い下がった。

「狡いってそれは。教えて。教えなさい」

「つまらんことだ。聞かなくていい」

「嘘よ、絶対面白いわ。ねえ、セリス教えて」

 反応の鈍いツルギからセリスへとシフトチェンジ。

 この流れは良くない。

 そう感じ取ったツルギはすぐさまセリスへと目で訴えかける。

「あー……、それよりもツルギのファンクラブが出来てすぐに解散した話の方が面白いかも!」

「どうでもいい。さっきの話を聴きたいわ」

 そっちも駄目だろ、という内心は幸いにもブローディア自身が消しとばした。ただし、その幸いは事態を好転させることはなく、平行線のまま。

「やって見せて」

 どこからか持ち出したコインをツルギヘ無理矢理渡し、ブローディアはじっとその様子を見つめる。

「つまらんからな、本当に」

「早く」

 ふうとため息をつき、ツルギは親指でコインを弾いてみせる。しかし、ブローディアは顔をしかめた。

「……なんだよ。やったぞ」

「違うでしょ。ねえ、セリス違うよね」

「う、うん。ちょっと違うかも」

「何が」

「その……もっと遠くを見つめながら、頻りにやってたような?」

「セリス?」

「そうよね、ごめんなさい」

 ツルギが圧をかけると彼女はすぐに謝ってきた。

 だが。

 今更確信したが、この娘、完全にノリノリである。態度は申し訳なさそうだが、その顔に様子は反映されていない。

「雰囲気を出してよ、当時のように」

「……」

 そしてこの刀姫もまた、察しがついている。ということはつまり、そういうことなのだろう。こうなればもはやヤケクソ。当時になりきり、彼女たちを楽しませるしかない。

 ため息をつき、ツルギは窓の外を眺めた。

 夕刻。空は赤く染まら始める頃合い。それはまるで水彩画の一絵であるかのようで、淡く霞み行くグラデーションが美しい。

 その空へと意識を集中させ、情景を眺めながらコインを弾く。コインは空中へ上がり、そして元々あった指先へと落ちる。もう一度やってとせがむ子供のように、些細なズレもなく落ちたコインをもう一度弾く。コインの軌道はまるで変わらない。そうして何度も繰り返される挙動。一糸乱れぬ様は一絵の中に溶け込むかのよう。ツルギは少しだけそんな自分に浸る。

 まだ健在であったかつての自分が、なんだか少しだけ懐かしかった。

「ツルギ、もういいわ」

 ツルギが続けると、すぐさまそこに水を差したのは張本人のブローディア。彼女は少しだけ顔を紅潮させていた。暮れる夕焼けを眺めていたから、目に赤色が焼き付いてそう見えたのか──いや違う。

「見てるこっちが恥ずかしいわ。あんたって、結構痛いヤツだったのね」

 彼女の言葉はツルギの黒歴史へと直線で突き刺さった。ここで現実に引き戻されたツルギはコインを握りしめてブローディアを睨みつけた。

「お前がやれって言ったんだろ!」

「そんなに声を荒げないで。悪かったわよ、私も後悔してるの」

「……馬鹿にしてるだろ」

 恨めしげなツルギを諭すようになだめたブローディアはその後、不敵に笑みを見せる。

「でも、さっきセリスが言ったことの意味少し分かったわ」

「……何が」

「……」

 嫌らしいさが篭ったその顔にツルギは眉を顰め、セリスは言葉を待つ。

 再び静かになった部屋にブローディアしたり顔で一言。

「大人になったのね、あんたも」

「馬鹿にしてるだろ!お前!」

 ツルギが摑みかかるとブローディアは影の中へと退散。憎々しげに「狡いぞ!」と自身の影に向かい叫ぶツルギは、顔を真っ赤にして笑いを堪えるセリスが目についた。

「そもそもお前が……!」

「まあまあ、いいじゃん。たまには」

「良くない!」

 ヘタクソなフォローをしながら涙を指を拭うセリスに、ツルギは猛抗議。しかしセリスは自身の腕時計を一瞥してからそそくさと立ち上がった。

「じゃあ、いい時間だし私は帰ります」

「おい」

 ツルギが腕を掴み止める。このままおめおめと帰すわけにはいかない。旧友であっても、しっかりと後始末やケジメは取ってもらわねば困る。

 熱をもったツルギだったがしかし、掴まれたその手を見つめるセリスの様相が変化したのを感じ取った。

 じっと、感慨深く、彼女は手を見る。

 それについて、思い当たるとすれば力加減。思わず力が入り過ぎたかと、すぐに離したツルギの手をセリスはしゃがみこんで掴み返した。

「ツルギ」

 セリスは先ほどとは打って変わって真面目な顔をした。名前を呼び、その手を柔らかく握った彼女は少し悲しげ。演技でない可能性はないが、ツルギはその雰囲気に気圧された。

「な、なんだよ」

「……フライタッグでは気をつけて。そこにマコトちゃんが居るってことは、貴方自身もタダじゃ済まない」

 セリスの言葉にツルギは身体を緊張させた。

 急激に話を戻したのはきっと、彼女は本当に不安に思っているから。この別れは永遠の別れとなることだってありえる。

 だからこそ、そう言われたツルギにはそれが遊びでもなく、冗談でもないことはすぐに分かった。

「……分かってるよ」

 ツルギは表情を軟化させ、笑ってみせた。彼女の心労を労うように、手を握り返す。

 もしかしたら、死んでしまうかもしれない。戦闘屋としてそこに赴くということは、そういうことだ。

 例え命が助かったとしても失敗し、敗れ、再起不能にまで陥ってしまうかもしれない。自身の弱さは熟知している。

「私も頑張るから。貴方が安心して戦えるように」

「うん」

 見つめ合う二人。

 明日は来ないかもしれない恐怖は、そこにはない。あの頃のように臆するでもなく、笑い合う。

「ブローディアも、ツルギのこと、お願いね」

「……頼まれるまでもないわ。当たり前。ツルギは私の調律師ものなんだから」

 ブローディアが鼻を鳴らして言うと、セリスはまた笑った。

「フライタッグのこと、まとめたら送るから」

「頼んだ」

 ゆっくりと離すセリスに倣い、ツルギは手を離す。

 名残惜しくはない。また、会えるのだから。

 セリスはもう一度立ち上がり、部屋を出ようとすると、そこでブローディアは声を挙げた。

「……待って。その前に一つ聞きたいわ」

「はい、何でしょう」

「ツルギのファンクラブは何で解散したの」

「……おい」

 振り返ったセリスはそこで硬直。ツルギはまるで空気を読めていないブローディアを殴りたくなった。

「…………それはね」

「一日一個!」

 しかし分かっていた。セリスは答えてしまうだろうと。

 だからツルギはセリスの言葉をすぐさま遮った。

「何よ、一日一個って……」

「親御さんみたいだね」

 呆れたようなブローディアに、クスクスと笑うセリス。

 勢いのある謎の主張はしかし、断固とした決意の元、その場を諌めた。

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