第2話『黄金の城』-その4
かつてその城は『黄金の城』と呼ばれていた。誰が言ったか知らないが、しかし確かにそこは『黄金の城』と呼ばれていたことがあり、そしてそこを中心として人の栄華と繁栄は作り上げられた。
しかし現存するそこは、今や「腐敗都市」と呼ばれる。その都市の名はレリジョン。今では人が住みつかない荒廃した地である。
「……」
その都市の歴史から、その都市の名産までを記された資料にもう一度、目を通したツルギは走り出そうとする列車の座席にもたれながら昨晩のことを思い返した。
「黄金の城……?」
何となく聴いたことがあったその名をツルギが聞き返すと、ミコノは息をついて言った。
「知らんのか、お前」
「黄金の城とは、歴史上に出てくる城の別称だ」
フリードリヒに言われてようやくその名前だけを思い出した。
それは学生の時、歴史の授業で聞いた名前。そこはかつて世界有数の経済拠点でもあったが、しかしそれとは別に、そこには曰く付きの条項があった。
「『原初の調律師』、ハーネイドの生まれ故郷だな」
解説するように言われ、ツルギは「なるほど」と頷き、静けさが包む辺りを紛らわすようにコーヒーを啜った。
「勉強が足りんな、ツルギ。お前も調律師であるなら、ハーネイドのことくらいはちゃんと勉強しておけ」
ミコノからの風当たりが強いと思ったのは、おそらくツルギだけではないはずだが、しかし意見など出来るわけもない。その言葉は至極真っ当なものだからだ。
「うん……それで、だ。お前には明日よりここに向かって欲しいのだ。調査のためにな」
「調査、ですか」
そこで配られた資料の一つ目に目を通すと、中身は依頼用紙が含まれていた。それによれば、調査内容は「奇異の調査」となっていた。
「奇異って……どういうことです?」
「まあ一旦落ち着け。順を追って話す」
ツルギの逸る気持ちを押し込め、フリードリヒは件を話し始めた。
事の始まりは今から数ヶ月ほど前のこと。件の発起となるのは、トレジャーハンターの一団であった。
彼らはレリジョン近辺を統括する領家からの依頼を受け、『黄金の城』の調査に向かった。その時には既に、この『黄金の城』及び腐敗都市にはとある噂が立っていた。
それは──。
「レリジョンには悪霊が棲みついており、そして訪れた者はそれに取り憑かれる」
「……悪霊」
突拍子も無いワードにツルギは肩透かしを食らう思いではあった。「霊」といった不確かなものを信じない身からすれば、それが面白がって付けられた噂話の類と認定されるだろう。しかし、今こうして依頼対象とされているわけなので、それも強ち間違ったものではない、ということなのだろうとは分かる。
ツルギの反芻には反応せずして、フリードリヒは話を続けた。
それはともかくとして、ハンターたちは多額の報酬を前に断る理由もなく、レリジョンへと向かうのだが、そこから事態は深刻化する。
ハンターたちはその後、誰一人として帰ってくることはなかった。電報も三日目を過ぎた頃には既に途絶え、本部からの連絡にも応じられることはなかった。その後、彼らの足取りを捜索するも、それを請け負った者たちもまた、無くなった。
そうしてからようやく、この現象は世間の間に認知されることとなった。
さらに翌々調べてみると、それだけでなく、他にもレリジョンに向かったまま行方不明になっている者たちがいるとのこと。
こうなればこの件について考えられるのは、一つに絞られてくる。
「……災厄の禍人の仕業か」
「もしくは刀姫のものとも考えられる。何にせよ、そこには何かあるのは間違いない」
昔は伝承や伝説として怪異や怪物、神などのせいとされてきたそれも、現代においてはその全てが、その概情が知れている刀姫や災厄の禍人のせいで片がつく。
「だが、はっきり言ってこの件の内情は検討が付けられていない。その理由が2つ目の資料だ」
言われて面々は、その資料へ還る。
それは文章が綴られる数枚の日記である。
「これは……?」
「現場で俺が見つけた『調査員の日記』だ」
フリードリヒがこともなく言うと、三人が同時にその顔を見た。
「行ったのか」
「まあ、面白そうだったのでな」
呆れた様子のミコノへとフリードリヒは笑って答えたのを見て、ツルギとエマもゲンナリして顔を見合わせた。
人々を統率する身としてはその行動はあまりに軽率。しかし彼の好奇心による奇行は今に始まった事ではなく、危険地帯をまるで遊園地に来た少年のごとく踏み歩く様は容易に想像できた。
「ちなみにこれはお忍びだ。だから他言はするなよ、絶対にな」
その行為が問題であることは、どうやら分かっていま様でフリードリヒは頼む言い方ではなく、命令としてそう言うと、ミコノは痰でも吐き捨てそうなほどに、毒々しい態度を見せた。
「少しは慎めよ、子どもじゃあるまいし」
「……まあ、結果として成果もあったのだからそれはもう良いだろう。なあツルギ?」
「…………そうですね」
あまりに威厳の無いその様子に、凄まじいギャップを感じた。多分、セブンスターズの際に言わなかったのも、こうなるのを予感していたからなのだろう。
故に、彼のことをよく知る面子のみを体良く集めたのだ。先ほどの件はツルギにとっても、不利益ばかりではないが、しかし結果としてブローディアの機嫌を損ねてしまったので状況こそ芳しくはない。それを思えば、嫌味の一つでも言いたくなるが、その勇気だけは持ち合わせていない。
「話を戻しましょう。して、この日記は何なのでしょうか」
「うむ、それが今回の問題なのだ。これが何を示すのか、俺にも明確に答えは出せなかった。だが、日記がヒントになるやも知れんともおもってな」
エマが止まりかけていた話の軌道を戻すと、それに乗っかり、少し食い気味でフリードリヒが話した。
「……ふむ、確かに訳の分からん怪文ではあるな」
紙をめくるミコノもそれに同意。
この日記が刀姫もしくは災厄の禍人の能力と関連性があるとする認識は、ツルギにも掴めた。
「ちなみに現場の資料も写真を撮ってきた。資料の3つめだ」
3つめの資料。そこには荒廃したレリジョンの都市、その都市に座する城、その各所にある死体、彼らが使っていたであろう荷物などの写真が載せられていた。
見た感じでは、それほどのインパクトはなく、それだけであればフライタッグの方が上である。
しかとて、異質。死体が公然と横たわる様は、まるでその地だけが、世間の時の流れから取り残されているかのようにも見えた。
「ツルギ、お前はどう見る」
「……今までの情報からすると、幻術の類とも思えます」
「やはりそう思うか」
フリードリヒはその答えに頷いた。
「お前に頼もうとしたのは、俺もそう感じたからなのだ。幻術などの絡め手において、ブローディアの右に出るものはそうおるまい」
「そうですね」
ブローディアの評価は人によりまちまちであるが、それでも大抵の人からは彼女もまた刀姫の代表格であると評される。
彼女の能力に慣れを感じてきたツルギでも、あまりに強力であることは感じて取れる。しかし、上には上がいることもまた事実。代表格と言われても、依然としてツルギは彼女の評価は変わらない。
彼女は、最高の刀姫だ。
「違う場合もあります」
エマがそこで口を出した。
先ほどまでとは打って変わり、表情は崩さず、静かな声を三人に向けた。
「例えば?」
「空間変異です」
ミコノの問いに、エマはすぐに答えた。
「空間変異?」
ツルギが聞き慣れない言葉に首を傾げると、フリードリヒがそれに答えた。
「空間変異とは空間そのものを切り取り、現実でないものへと変異させることだ。……確かに、空間変異と言われればそのような気もするな」
なるほど、と頷いたツルギはフライタッグのこと、特にアリストの『保存能力』を思い出した。彼の保存能力は、フリードリヒの言う空間変異の類であるのだろう。そうと考えれば、イメージもしやすい。
ツルギは資料を見ながら、フリードリヒは顎に手を押し当て、考え込む。ミコノはそんな彼らの様子を気に留めず、エマへと再度問いかけた。
「空間変異を扱えるものなど、今の世には居ないだろう。かつてそれを扱えた刀姫も死んでいる」
「そうですね。ですがそれを扱うモノ、理論的にそれが可能であることは既に証明されています」
「……なるほどな」
「確かにそうだ」
ツルギを除く三人の間に、共通の認識が取られた。
「すみません、よく分からないので教えてください」
素直に頭を下げると、エマはツルギを見た。
「つまり、それ扱うことが出来る新たなモノが現れた、ということです」
「現れたって……子どもじゃあるまいし、そんなポコポコ生まれるようなものじゃないだろ」
ツルギの言葉にミコノは大きくため息を零した。
「……相変わらず察しが悪いな。今日の報告にもあっただろうが」
「あっ……」
何者かの手によって行われる刀姫開発。言われて、ようやくツルギの脳裏にそれが浮かんだ。
かくして。
この『黄金の城』およびレリジョンの件に関して、一同は新しい刀姫による犯行であることを前提として議論を展開。それは新しい刀姫の能力を予測するというよりかは、現在の情報から結を導き出す、推論を立てるといったものである。
その結果を言えば、フリードリヒの思惑は最高の成果を出した。
フリードリヒの情報網と経験則にミコノの勘と経験則とが加わり、更にそこへエマが一石を投じ、二つの意見を纏め上げていく。その全ては推論でしかないという一言が追加されるとは言え、しかし限りなく真相に届きうる情景が創出されていた。
黄金の城の件。その内情は、その推論からするとこうなる。
レリジョンにいるのは新規で作られた刀姫。そのモノは空間変異に連なる能力を扱い、黄金の城とレリジョンを完全に掌握。ただしそれだけの高度な能力を使役するには、相応のエネルギーが必要となる。もしくはその刀姫はよほどの特別製か。しかしどちらにしろ、これを管理する者かモノがいるはずではある。一体だけで完結は不可能。その者が此度の黒幕の一端であり、優先撃破対象となる。
ただしこれを前提とした時には、大きく分けて二つの謎をも生む。まず一つめは日記のこと。これは大きな手がかりであるが、それにしても、それが何を意味するかは正直なところ分からない。日記では、まるで二つの人格が形成されたかのように二通りの言葉が記されていた。フリードリヒによれば、この筆跡は完全に一致。綺麗な字であることからしても、それについて疑う余地はない。しかしそうであればこそ、謎は深まる。その日記の意味、その能力が顕著した理由。
そして2つめ。それは黒幕とされる者の存在である。
彼らの目的は何なのか。何しろそれを継続させるには相当のマンパワーが必要なはずである。それを費やすだけの意味がそこにあるはずだが、結局のところ、まず彼らの正体を探り当てる他ない。
資料を眺めることで、それまでの一通りを思い返したツルギは、息をついてそれを畳んでポケットへとしまい込んだ。
とにかくまずは、そこに辿り着かなければ分からないのが本音だ。フリードリヒのように、無策で何とかなってしまうような強者ではないが、それでも対応力という点ではブローディアの能力を含めてそれなりに自分も持ち合わせている。
今はそれよりも気にかけなければいけないのは別にある。
「ブローディア?」
「……何よ」
ツルギの呼び声にブローディアは心底嫌そうに応えた。
「怒らせてしまったことは分かっているし、昨日散々謝ったが改めて非礼を詫びる。だから……あっちに着いたら頼むよ」
「当たり前でしょ。……私がそんなこと気にしてアンタを見捨てるようなヤツだって、そう思ってるの」
この流れは不味いとツルギは直感した。不安だったから念のため確認をしておこうとしたそれは、明らかな失言である。
「いや、そういうことでは──」
「………………もういいわ。あとこれ」
ツルギの言い訳に耳を貸すことなく、ブローディアため息を一つ。そして、影からポイと指輪を投げ出した。
「もう要らないから、捨てといて。あんたも、そんなものいつまでも付けてないでよ」
興味が失せたようなその声色は、今まで聞いたことがないもの。
ツルギは顔面蒼白になりながら、指輪を拾い上げ、そして額を抑えた。
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