第2話『黄金の城』-その3


 昼時。腹の虫も鳴き始めた頃、『セブンスターズ』の全員がミクロンに集結したのを受け、フリードリヒは早々に会合を開催した。

 仰々しい円卓が中央に置かれた部屋に通されたツルギは、そこで会合の始まりを待つ面々を見た。

 ツルギの所属する『セブンスターズ』はフリードリヒを除く7名で構成される。そしてそのいずれもが20代中盤以下の若者。

 ツルギはその中でもミコノに次ぐ年長者であるが、相応しく対応出来てはいないだろうし、また今いるこの面子に対し、自身が相応しい者であるのは甚だ疑問であった。

 武人集団『天武介』の最高位・武帝、その第二介に座するミコノ・ジングウ。今現在で存在する傭兵部隊でも最有力と目される組織『サイノメ』最高顧問アシア=ニューゲルマン。調律師ランキング第三位『放浪者』クルーエル。帝都ヴァイロンによって運営、組織される厳正にして厳格の騎士団『ロード』、その第一部隊隊長エマ・ジンジャー。そして天才だけを集め英才教育を施す学園都市ジーニアス=サーでも歴代最高の武人と名高い超常人類ヴァン・ホワイト。

 いずれも世界に大きく名を連ねる者たち。その中でなんの肩書きも、位も持たず、一介の調律師でしかないツルギは、正直なところここのメンバー対しては完全に引け目を感じている。唯一「最強の妹の兄」であるという自虐ネタを持ち合わせているのは、幸いなのか。

 ツルギが入るのを各々は一瞥してみたはものの、特に興味も無さそうな反応で、数名が静かに頭を下げるのみ。

 彼らからしてみれば、自分など酷く矮小な人間。歳は上でもは完全に下であることを考えれば、その反応も妥当。ツルギも軽く頭を下げて、無言で自席に座る。

 今、この部屋にはミコノとフリードリヒを除く者たちは揃ってはいる。しかし誰も誰かと話そうとはしない。彼らのプライドがあり、それが邪魔しているのか。はたまた本当に他人に興味がないのか。真意は分からないが、少なくとも場に気圧されて発言ができない、といった小心者は居ないのだろう。自分以外には。

 ツルギは空席になった隣の席を横目で見た。

 かつては自分と同じく何の肩書きも持っておらず、何故このチームにいるのだろうと感じさせた者が一人だけいた。その名前はアークレイド・イマージュ。当時は自身と同じ匂いを嗅ぎとり、積極的に話しかけていた彼も、もうここには居ない。戦死したからだ。

 仲良しクラブでないことは分かっている。世界を守るための一団という括りであることも理解している。故に、彼個人に対し執着するのは相応しいものとは言えない。だが、今でも彼の死をツルギは根に持っていた。なぜ彼は死んだのか、誰にやられたのか。その一切はフリードリヒによって秘匿される。ただし、それは彼の情報を広げないための、ある種の守護であろうとは推察できる。

 いずれ、それを聴くこともできるのだろうか。永遠に知らないままになってしまうのだろうか。

 それはフリードリヒのみが預かり知る所であり、踏み込めない領域。だが、いつかは知りたい。彼の墓に行き、手を合わせたい。彼がどういった人間だったのかを知りたい。その欲求は余計なお節介だが、当然あって然るべきものだとは自分では思う。

 死んだ彼も、ここにいる彼らも、少なくともただの他人ではない。

 結局、その場の沈黙を破る者は現れないまま時は過ぎ、やがてフリードリヒとミコノが揃って入室。

 各々はそれを見て立ち上がり、頭を下げた。

「遅れてすまない。ミコノを叩き起こすのに手間取った。……しかし随分と静かだな。もしかしてお前ら、仲が悪かったりするか?」

 白髪混じりの頭を掻きながらフリードリヒが言うと、それにいち早く答えたのは、ヴァン・ホワイトだった。

「いえ、そんなことはありません」

 彼は自他共に認めるフリードリヒの熱烈なファンである。雑誌に載っていたインタビューでは、「彼のように強くなりたい」「彼のような武人になりたい」と仕切りに繰り返していた。そしてそれを証左するかのように、彼に語りかけるその目は一様に輝く。

「ならいいが。では、始めようか」

 彼の反応には特に気にする様子もなく、フリードリヒの言と共に会合は始まった。

 会合は各々が持つ情報交換が行われる。より具体的には、前回の会合から今までの経緯を発信する、というもの。そこには勿論、彼らの所属する守秘事項は含まれない。ただ単に、彼らの話しても良い範囲で情報を募り、そして互いに世界情勢を共有するという趣旨がそこにはある。

 ツルギの出番は最後だったので、大人しく彼らの話に耳を傾けると、彼らは様々なことを話した。それは秘密を守った上での情報だが、しかし自身にとってはかなり有意義なもの。自分と比べて、彼らの領分は大きく、そして様々なことを見聞きする立場であることからしても、その内容に退屈することはなかった。

 その中でも特に、クルーエルが話した内容はツルギにとって爪痕を残すものであった。どこか気怠げに彼の話すその内容は、「刀姫計画が密かに進行している」というもの。それはとある組織だけの話ではなく領域のどこか、つまり現存するルーラーのいずれかがその計画を進めているのだという。

 情報源こそ話されなかったが、クルーエルは今もそれを追っており、いつかそれが判明した時、フリードリヒ公にも助力を申し出たいと話した。

 これは以前ツルギが追ったフライタッグの件と同種のものである。いや、もしかしたらフライタッグの件と連なる事であることすらも考えられる。

 未だなお、『刀姫計画』が孕む事象は後が断たない。それは計画が生み出す力が人を駆り立てるのだろう。

 それが本当にあるのならば、必ず何かを踏み台にしており、そしてそれは間違いなく、人の命。

 嫌気がさす。

 ツルギは思い、奥歯を噛み締めた。

 時には犠牲が必要な時もある。自分もその過程を経て、今こうして立っていられているのだから、そこに疑う余地などない。だが、だからこそその犠牲は最小のものでなければならない。

 煮えたぎる腹の底を鎮めながら、出番となったツルギは椅子から立ち上がった。

 すると。

 辺りを異様な静けさが包んだ。そして誰もがツルギを凝視。

 そのことに疑問を持つのはおかしいが、しかし先ほどまでとは打って変わり、心地よい程度の静寂は針を差すかのようなものに変わった。

 音が完全に静止した場。彼らはツルギの言葉を待ち、そしてその目には各々が抱く感情が渦巻いていた。

 彼らの待っているのが、ツルギには分かる。彼らは、フライタッグの件とそれに纏わるマコトの動向を知りたいのだ。

 ツルギは柔らかく息を吐き、そして第一声を放つ。

「自分はこの間のフライタッグの件、およびマコト・クレミヤとの接触のことをお話しします」



 報告を終えた結果として、まず思ったのは、フライタッグの件はツルギの想像以上に周囲の反響が大きかった、ということ。彼らは静かに言葉を聴き、そしてそこから議論へと移り変わった。

 ツルギと同じ気持ちだったのか、クルーエルは特に刀姫開発のことをやり玉に、そして自身の追っていることとも関連性があるかもしれないと話し、他の面々はマコトのことを気にしていた。

 面識のない彼らからすれば、マコトは伝説上の生き物のようなもの。見聞きはしていても、彼女という存在を理解することは到底出来ない。

 それ故に、マコトの策略を打ち破ったと報告したツルギに対し、皆は懐疑的になった。

 ツルギ自身でさえも、なぜこういった結末になれたのかが分からないのだから、それは当然の反応ではある。そして当然、その所を言及されたが、それついて答えたのはツルギではなく、フリードリヒだった。

 彼は、自分もまた当事者の一人であるとし、そしてイヴィリアの報告とツルギの報告を総括して、顛末を語った。彼の弁でも、やはり結論に至るまでの部分は「不明のまま」としたが、しかし最後に残ったものはツルギの守ろうとした命と異形たちの死骸であることを勘案すると、「打ち破った」という結論に達することは相応であるだろう、と弁舌。

 特にその報告に対して食い入ったヴァンやアシアも、フリードリヒの発する言葉に素直に聞き入れざる負えなかった。

 腕も立てば、弁も立つ彼の姿は、まさしく目指されるべき武人の姿。ツルギは感謝の念を覚えると同時に、改めて彼に尊敬の念を抱いた。

 ここまででフライタッグの件について、一頻りの議論が終了。予想を遥かに超える反響に、ツルギ自身も改めて思い知った。

 マコトと接触することが、どういうことなのか。それはおそらく、自分が思っている以上に危険で、奇怪で、貴重なもの。彼女を追う者として、大きな反響を避けられないのだとしたら、今後はもっと考えを改めなければならない。

 ツルギはそこでようやく息をつき、これでようやく閉幕かと安堵するとそこでエマが声を発した。

「それで、その後イヴィリアとはどうなったのです」

 空気の流れが穏やかになったにも関わらず、以前として彼女は張り詰めた表情でツルギを見た。

 彼女の質問にツルギは大きな疑問を感じた。どのような観点からその話を持ち出そうと思ったのか。しかしただの雑談として扱うのはあまりに早計。なにせ彼女は高名な武人の1人である。彼女の意見や観点は無視することは出来ない。

 ツルギが困ったようにフリードリヒを見ると、何故だか彼は少し狼狽えていた。

「イヴィリアは無事だ。テンカクの元で保護されている」

「いや、そうではなく」

 その答えに首を振って、もう一度ツルギを見た。

「イヴィリアと今でも連絡を取っていたり、会ったりはしているのではないか、と話しているのです」

 そう言ってからエマはツルギの手元、そこに身に付けられていた指輪を見つめた。

 そこで思わず、指輪をはめた手を隠すように後ろへと回すと、エマは一層険しい表情を作った。

 そこでツルギにも、彼女の意図することが見えた。見えたのだが、それはこの場で話すようなことか?と思わずにはいられなかった。しかもそれは、結局雑談の類だ。

「……それは個人的に話し合うのが良かろう。良し!会合は一旦ここまでにしよう。皆腹も減っただろうし、昼食にしようか」

 すると、フリードリヒは締めくくるように手を叩いて揚々と言った。

「え?」

「ツルギはエマの話を聞いてやれ。お前はそれからだ」

「お心遣い、痛み入ります」

「何かあるといけない。私も同行しよう」

「ありがとうございます。是非、よろしくお願いします」

「いやいや、ちょっと──」

 矢継ぎ早に話は進み、フリードリヒと他の者たちは面倒事から逃げ去るように退散。そして部屋には、ツルギとミコノ、エマが残された。

「……」

「……」

「……」

「……私は気になったので、聞いているだけですから。正直にお話ししてくれれば、それで良いのです。その指輪もイヴィリアの事と関係あるのではありませんか」

「無いぞ」

「本当か?ツルギ」

 エマの問いに即答したツルギ。それに被せるように更にミコノは思わせぶりに即問。ニヤつくミコノを見て、エマも何かを感じたのか、息を吐いた。

「先ほども何だか、バツが悪そうに隠していましたけど」

「いや、それは……」

「正直に言え、ツルギ。お前イヴィリアと肉体関係を持ったのではないか。それでその指輪を──」

「おいミコノ」

 事情を知っているくせに、突拍子も無いことを言うミコノに、呆れながらツルギがそれを止めるとエマは驚愕の表情をした。

「……もしかして吊り橋効果を利用して?」

「そんなわけないだろ……!」

 エマは頭は良いはずなのだが、いかんせん真面目過ぎるのが祟って、激しく思い込む癖がある。それを巧妙に利用し、嫌がらせをするミコノと彼女の冗句を間に受けてしまうエマ。最悪の組み合わせに囲まれたツルギは頭を抱えたくなった。

 とにかく、今の状況を物語るためにツルギは指輪に指を置きそして力を込めて引き抜こうとした。幾度となく試したそれは、やはり不可能。あまり力を込めすぎれば、指が脱臼しかねないので、すぐに諦めた。

「ツルギ、私にやらせてみろ」

「絶対に嫌です」

 その試みに伴い、ミコノが傍に寄るが、ツルギはそれだけは絶対に受け入れられなかった。彼女がその気になってしまえば、指輪どころの話ではなくなり、指ごと持っていかれてしまうことにもなりかねない。

 ミコノを信用していない訳ではないが、しかしツルギには何よりもそれが恐ろしかった。

「抜けないんだよ、ブローディアにやられた」

 無実であることを指輪を見せつけながら説明すると、エマは顎に手を置いて小首を傾げた。

「……ブローディアに?」

「ああ、寝ている間にな」

「…………そうだったの」

 ツルギの言葉に納得したようで、しかし得心はいってないのだろう。その表情からしてそれは明確である。

「だがおかしいよな?なぜブローディアは結婚指輪を持っていたんだ?」

「いや……それは……」

 すると、ミコノは昨夜と同じく尋問を始めた。昨日語ってしまったので、そこを否定することは叶わない。

「お前がそれを購入することを許可したんだろう?昨日はそう言っていたよな?」

「……まあ」

「しかもペアリング。それを予期するのは可能であった。違うか?」

「……」

「では、結局はあなたが悪いのでは?」

 ミコノの言及に沿って、エマがそれを口にした。

「それは違う。悪いのはブローディアだ。俺じゃない」

 苦しい所を突かれたツルギはそれでも頑として言うと、ミコノはふうと息をついた。

「昨日からこんな感じなのだ」

「なるほど、状況は読めました」

 そこでようやく、エマも頷いた。

 やたら深刻そうに彼女たちは話すが、今や、ツルギにとってそのことに何の憂いもない。しかし昨日からの周囲の反応を見れば、どのようにすれば良いのかは分かっている。ただただするのだ。

「本当に申し訳ないとは思っているんだ。だが、俺にはどうしようもないんだ」

 ため息でも吐きたくなったが、そこはぐっと堪えて、ツルギは譲歩。そして深々と頭を下げた。

「頭を下げられても困ります。別に怒ってはいないですから。それで何か対策などはあるのでしょうか」

「うん、それは昨日な」

「なるほど。して、その対策とは?」

「……よし、耳を貸せ」

 ミコノはエマの耳元で小声で何かを話すと、エマはそれに頷きつつ、ツルギの足元を見た。

 昨夜の晩、フーリアの打ち出したの話をしているのだろう。あの時はそれのおかげで解放され安堵したが、今はそれが最も恐ろしい。

 何せ、その策はツルギにも伝えられていないからだ。聞こうにも聞けない。自分が知ってしまえば、必ずブローディアはそれを聞き出し、対策の対策を取ろうとするからだ。

 えも言えない二重苦に陥ったツルギだが、しかしこうなればヤケ。心行くまで付き合ってやれば良い。

 耳打ちを終えた両者は、ヤケクソ気味なツルギをよそに謎の団結の元に見合い、頷き合った。

「そういうことなら、ここは納めましょう。ツルギ、今夜必ずその指輪を外します」

「外すぞ」

「あ、はい……」

 二人の温度感に負けて頷いたはものの、やはりツルギには彼女の意図する所はまったく見えなかった。



 午後の会合も終えると、セブンスターズの面々の殆どは早々にミクロンから引き上げていった。彼らにも立場があり、やはり忙しい身であることを考えればそれも仕方のないことではあるが、ツルギとしてはそれが寂しくも思えた。

 彼らもアークレイドのように、いつ死ぬかは分からない。それを考えると、もっと積極的に彼らと話すべきではあったはず。

 いつもこうして後悔の念に駆られるが、しかし毎回先延ばしにしようとする自分には怒りを通り越して呆れる他ない。

「さてツルギ」

 しかし今この場では、そんなことを気にしている余裕などない。

 ツルギはフリードリヒに呼ばれ、そして今まさに目の前に立ちはだかる者たちを見た。

 ミコノ、エマ、フーリア。壮観な顔ぶれではあるが、そこにアイリーンが加わっていないのは不幸中の幸い。声を無視して車を飛び出したことを含めると、彼女に合わせる顔などあるわけもない。

 彼女たちの後方では、フリードリヒが紅茶を飲みながら読書。今回は我関せずを貫いた姿勢に、散々助けを乞うように見つめたが、彼はそれに気づかないフリをした。

「ブローディアもお兄さんも覚悟してください」

 そう言ったのは、フリードリヒの刀姫フーリア。彼女は今この状況を楽しむように笑って見せた。

「……まあそれはいいんだが、これは何だろう」

「抵抗されると厄介なので。借りてきました」

 ツルギは自身の手首に繋がれた手錠を見せると、それにはエマが答えた。以前変わらず表現に乏しい表情をした彼女だが、少しだけ声は浮ついていた。

「抵抗なんかしない。外してくれ」

「自戒させる意味も込めたのだが、お前には分からないか」

 ミコノは息をついて言うが、それは前々から主張していることである。

「……いや悪いのはブローディアだろ」

「それを御せないお前も悪い」

 ピシャリと言われ、ツルギは閉口。もはやこの結論から覆すことは不可能であることを悟り、首を垂れた。

「さて、では始めましょう。その前にブローディア。あなた、捕まる前に出てくるなら悪くはしませんよ」

「……」

 フーリアの提案にも、ブローディアは変わらず黙秘。

 元々の元凶であるくせに相変わらず太々しいその様は、もはや圧巻とさえ言えるだろう。

「……まあいいです。無理矢理にでも引きずり出しますから」

 そう言って、彼女たちはツルギを囲み始めた。ここまで来ても何が起きるのか分からない。拷問されるのか、それとも別の策があるのか。とにかく不安で一杯のツルギは目を瞑ってそれを待った。

「行きます」

 フーリアが勢いよく言うのと同時に3人はツルギへ向けて前進。そしてその腕に、背に、胸にまとわりつくように一斉に身を寄せた。

「…………!!」

 そこは天国だった。

 彼女たちの身体の柔らかな感触と情欲を増幅させる心地よい香りに、ツルギはその刹那で勃起。全身を巡る血流が股間へと大挙し、迸る熱は脳一点に集中。茹で上がるように朦朧とした意識の中、それでも神経は擦りつける彼女たちの身体へと向けられた。

「早く出てこないとこの男を犯してしまうぞ、ブローディア!」

「……犯しはしませんが、キスくらいはします」

「お、お、お、おかす!?」

「いや犯すって……」

 ミコノに続き、フーリア、エマが言うと、それにはフリードリヒが答えた。

「ちょっ……やめなさいあんたたち!ツルギが困ってるでしょ!」

 流石のブローディアもこれに反応せざるを得なかった。しかし、なおも影から出てこようとしないのは、彼女の意地か。

 すると、ミコノはツルギの頬に顔を寄せて見せた。

「ほら、早くしないとそろそろ限界だぞ?見ろよこの股間を。発散したくて疼いていやがる。……今ここで気持ちよくしてやろうか、ツルギ」

「………………はい」

「ちょっとツルギ‼︎」

 耳元で囁くミコノに虫が鳴き声かのような、か細い声でツルギ答えるとブローディアは怒声。影から飛び出でる。

「出ました、ミコノさん」

「良し」

 そこからは疾風怒涛の展開であった。

 まず、身を離したミコノはブローディアを勢いよく引きづり出して、影から身を離させる。そしてどこからともなく取り出した鎖によって拘束。流れるような手際でその自由を奪った後、フーリアはブローディアの肩を取り、その能力によって「幻と影を操作する能力」を無力化。彼女の能力「確率を付与する力」は、ブローディアに100%の確率で能力を失敗させる。故に、ブローディアの幻術能力は使えない。

「ちょっ……!やめ──」

 予想外に彼女らの対応が本気だったので、面食らったブローディアは思わず悲鳴。しかし当然ながらミコノもフーリアもそれを止める気は無さそうであった。

「あんたたち、二対一なんでズルいわよ!」

「ずるくない」

「ずるくありませんね」

 ブローディアの叫びにも2人は意を返さず反論。

 こうして。

 苦虫を潰したような苦悶の表情のブローディアはお縄に着くこととなった。

「手こずらせおって」

 埃を落とすかのように手を叩いたミコノは、ツルギの背に抱きついたままのエマを見た。

「もういいぞ、エマ。……いやお望みであれば、そのままで良いが」

「……っ!すみまさん!」

 潤んだ瞳で背に捕まったまま硬直していたエマは、そこでようやく我に返ってツルギから離れた。

「ていうか!なんであんたまで加わってるのよ!そういうキャラじゃないでしょ!」

「……」

「何が厳正なる騎士団よ!ただの痴女じゃない!後でクレーム入れてやるんだから!」

 その言葉に言い返すことが出来ず、エマは紅潮させた顔を俯かせた。

「ブローディア……止めろ。エマは悪くない」

 快楽に打ち勝った(?)はものの、未だ冷めやまぬ熱気の中で、ツルギは声を振り絞った。

「そうだ、エマは悪くない。全部お前が悪いんだブローディア」

 ミコノがそれに続いて言うと、ブローディアは矛先をフーリアへと向けた。

「あんたもそこのおっさんの刀姫でしょ!浮気よこんなの!」

「……本来、刀姫と調律師はそういう関係ではないので」

「……うむ、お前たちが特殊なのだ」

「お前が悪い」

「そうだよ」

 フーリアとフリードリヒに続いてミコノとツルギがそれに便乗すると、ブローディアは肩を震わせた。

 顔を真っ赤にし激怒。しかし言葉にはならずに噴出しかけている、といったところだろうか。

 息を整え、少しずつ調子を取り戻していくツルギは彼女のその反応をそのように分析した。

「ところでお兄さん、指輪は外れませんか?」

 そんなブローディアを無視し、フーリアはツルギへと向かって言った。

 ツルギが指輪を外そうとしてみると、何のこともなく、指輪はするりと抜けた。

「……外れた」

 呆気にとられたツルギが見返すと、それにフーリアは微笑んだ。

「つまり、ブローディアの能力でその指輪縛り付けていたというわけですね」

「……影縫か」

 影縫は影に物体を繋ぎ止める力。あまり汎用的でないその力をツルギ自身も忘れていたが、そうであれば指輪のことも合点もいった。

「どうしてこんなことするの……」

 ブローディアは震える声で呟くので、ツルギはギョッとしてその顔を見た。涙ぐむ彼女の目にあるのは怒りではなく、単純な悲しみ。喚くこともせず、しとしと泣き出した少女に、ツルギは途方もない罪悪感に苛まれた。

「あなた、自分勝手なことをしておいてこの期に及んで泣き落としとは。随分太々しいですね」

 ミコノやエマもその涙にたじろいだが、依然としてフーリアはそれに立ち向かった。

「だって……だってツルギは私のだもん。私の調律師なんだから私のものよ」

「それは違います。私たちが調律師のものであるのであって、調律師が私たちのものであるわけではありません。……私たちは道具なんですから、それは弁えてください」

 そう言い切ったフーリアは、厳しくブローディアを見たが、なおもブローディアは首を振って泣きじゃくった。

 彼女はいつでも一人だった。彼女には姉妹姫も、頼れる人も、何もなかった。

 だからこそ、なのか。彼女は依存のレベルは誰よりも強く、そして何よりもそれを優先する。程度の差はあれど、それはマコトの時と同じであると思った。自分は唯一、彼女の救いである。

 手に取った指輪を改めて見つめて考えた。

 もしたったこれだけで彼女の気が少しでも晴れるのなら。それが彼女にとって救いになれるのなら。例え他の誰かに何を言われても、いいのではないかと強く思った。彼女には自分しかいないのだから、彼女の思うままにしてやるべきだと、心から思った。

 ツルギはそう思い直し、外した指輪をもう一度付け直した。

「やっぱりこれはこのままで良い」

「……お兄さん、甘やかしてはいけませんよ」

 ミコノとエマは黙ったが、フーリアだけは違った。未だなお彼女は主張を譲らなかった。

 多分それは、過去の背景がそうさせているだろうと、ツルギは思った。

 彼女もまた、人に仕える刀姫であるが、そうなる以前は人を憎み、そして人に反旗するモノだった。

 彼女の犯した罪は数え切れない。何十万人の人々が路頭に迷い、死んだいったのか分からない。「確率を操る」という彼女の力は、それだけで人々の暮らしそのものを脅かすものであった。時世が時世であっただけに、その罪を言及する者はいないが、しかし彼女は今でも気に留めている。十数年の月日が流れた今でも彼女は悔い、そして人類のために戦っている。だからこそ、刀姫の我儘や傲慢を許せない。

 彼女の過去を、今に至るまで道のりを知っていればこそ、容易に彼女を説得できるとは思っていない。彼女の心情は、彼女の歴史に関わる事柄だからだ。

「話は纏まったようだな」

 しかし両者の間に流れた険悪なムードに、口を挟んだのは、今まで静観していたフリードリヒだった。彼はいつのまにかフーリアの背後に立ち、そして肩を叩いた。

「まだ……終わっていません」

 フーリアは苦渋に満ちた表情で見返したが、それに対しフリードリヒは朗らかに笑った。

「だが、ツルギの心は決まったようだ」

 フリードリヒがそう言いツルギを見ると、フーリアもその顔を見た。

 ツルギはそれを見返すと、何を思ったのか、フーリアは目を逸らし、フリードリヒは微笑んだ。

「たしかに、契約をした刀姫は調律師へ全面的に協力関係を結ばなければならないとは俺も思う。契約のリスクを負わせるのだから、当然のことだ。だが、しかしそれは個人間での話でしかない。俺はツルギとブローディアの関係を否定するつもりはない。その形も自由にすれば良いのだ。その関係性も、そう悪いものではあるまい」

 フリードリヒは説き、そして今度はミコノとエマを交互に見た。

「お前たちもだ。何か言いたい気持ちになるのもまあ……無理からぬ事ではあるが、契約の当事者の関係は特別だ。俺はそれこそ、結婚以上に結びつきの強いものでなくてはならないと感じている。ならば、指輪の件もこれ以上の言及は不要だろう」

「…………」

「……大それた真似をしました。申し訳ございません」

 ミコノはそれに長くため息、そしてエマは頭を一層深く下げた。

「……それならもう、勝手してください」

 それを聴いたフーリアはそっぽ向き、フリードリヒの背後へと消えていた。

 かくして。

 指輪の件は収束。最終的に全てを纏め上げて見せたフリードリヒは、その後、場を締めるようにして手を叩いて言った。

「よし、では次の話にしようか」

「次の話?」

 ミコノが問うと、フリードリヒは頷いた。

「うむ。今この場を作ったのは何も、お前たちの話し合いの場を設けたかったというわけではない。本懐は次にこそある」

「……して、それは?」

「ツルギには明日より『黄金の城』の調査に向かってもらう。そのためにお前たちの知恵を貸して欲しい」

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