第1話『異形たちの庭』-その11

 ・イヴィリア家付近にて


 ツルギは言い終えて、下を向いた。顔など見せられるわけもない。彼女の期待に応えられなかったどころか、自分は彼女の父を殺してしまったのだ。

 それを告げられたイヴィリアは泣き、そしてその場で座り込んでしまった。どうしようもない現実を突きつけられ、耐えられなくなったのだろう。しかし、今のツルギに彼女を慰めてやることは出来なかった。

 この先、彼女は一生この日を忘れないだろう。彼女は自分の足で立てないかも知れない。もう歩き出すことはできないかもしれない。それも無理からぬこと。一生分のトラウマが今日押し寄せて来たのだ。

 ツルギはここでようやく、もしかしたら自分の選択は間違っていたのかもしれないと感じた。もっと落ち着いてからでも良かったのではないか、せめてこの件が終わってから話せば良かったのではないか。ツルギの中で不安が一挙にして膨れ上がった。

 しかし、いつまでもこうしているわけにもいかない。まだ、この件は終わってなどいない。

「イヴィリア……」

 ツルギが声をかけようとした時、遠くで破壊の音が響いた。それは一つ挙がるのと同時に、また一つ、また一つと挙がっていく。

「動き出したか……イヴィリア、君は逃げろ」

 今度は暴れているのか、破壊の音は辺り一面に響く。その中で、ツルギはイヴィリアへと近づいて言った。

 イヴィリアは巻き起こる騒音に、怖がるそぶりもなく言う。

「私は、もういいです」

「……いい、とはつまり生きることを諦めるってことか?」

 その問いにイヴィリアは頷いた。

 ツルギは迷った。彼女に「生きろ」と言う資格があるのか分からない。彼女の生きたいという意思を奪ったのは自分である。

「あんたのために、ツルギは戦ったのよ」

 ツルギの迷いに反しブローディアは現れ、そして強く語りかけた。疲労を隠せてはいないが、気丈とした振る舞いを見せ、なおもブローディアは言った。

「あんたのためにツルギはリスクを承知でここまで来た。で?あんたはそれに見合おうとは思わないわけ?」

「私は、もう生きていても……仕方ないんです。それに──」

 イヴィリアの答えを聴き終える前に、ブローディアはその胸ぐらを掴んだ。ツルギはそれを止めようとするも、構わずにブローディアは叫んだ。

「なら、最初から助けなんて求めないで!ツルギを苦しめるようなことをしないで!あんたが居なければ、こんなに苦しむことはなかった。ツルギがあんたに話した訳が、あんたには分からないの⁉︎」

「……!」

「どうあっても生きて欲しいから言ったのよ。死んでも良いと思ってたら、最初からこんなことにはならない!助けを求めたなら、それに見合ったことをあんたはしなさい!」

 その言葉はかつて、自分がブローディアに投げかけたものである。彼女もまた助けを求めながらも諦めた。ツルギが出した必死の言葉はその時は功を奏した。彼女はそれに答えた。しかし、今は違う。彼女は戦うために生まれた刀姫でもなければ、精神と肉体を練り上げた武人でもない。

 激情したブローディアの掴む手をツルギは諌めた。

「ブローディア、もういい」

 ツルギは彼女に感謝の念を感じつつ、イヴィリアを見た。

「……君が生きたいと思わなくても、俺は君を守る。そう決めたんだ。だけど、この先は君に任せるよ」

「ツルギ!」

 ブローディアはなおも叫んだが、ツルギの顔を見て口を閉じた。

「ブローディア、ありがとう。そしてすまなかった。俺のワガママに付き合わせた」

 穏やかな面持ちで語ったツルギに、ブローディアは何か言いたげだったが、しかし何も言わずに黙って影へと戻っていった。

 ツルギはイヴィリアへと向き直り、続ける。

「君の気持ちは、一応分かるつもりだ。俺も酷く絶望して、周りが見えなくなったことがある。生きる意味もなく、生きていかなければならないのは辛いことだ。でも、それでも待っていてくれる人がいた。俺には遠くから見守ってくれた人たちがいたんだ。……上手く言えないんだが、だから、俺も君を待とうと思う」

 優しく語りかけるツルギの言葉に、イヴィリアはかぶり振った。

「……違うんです、私は。あなたを裏切ったんですよ」

 イヴィリアは小さな声で呟いた。

「私は、マコトさんのことを知っていて、マコトさんとの約束であなたをここに呼び寄せたんです。最初から、私はあなたに嘘をついていた」

「……だから私は助けられる資格がない?」

 泣きそうになりながら言ったイヴィリアは心底にある思いを口にされ、強く頷いた。

「マコトが言ってたよ。だからそれは知っている」

 ツルギは事もなくそう言うと、イヴィリアは驚いたように俯いていた顔を上げ、ツルギを見つめた。

「もしかして、さっき泣いていたのは後悔からだったのか」

 言われて、イヴィリアはまた俯いた。それは肯定を指すことに他ならず、そしてそれは彼女の後ろめたさ故の証だった。

 すると、急に肩の荷が下りる感覚を覚えた。それはおそらく、自分と同じく彼女もまた、自身の行為に後ろめたさを感じていたのを知ったから。腹中のそれを、互いに開け広げたことがそうさせたのだろう。

 なんて短絡的な人間なのだろうと、我ながら思う。だが、そのお陰でこうして楽になれるのだから多分それでも良いだろう。

 ツルギの胸にある重りは消え、そこでふと、気になったことを聞いてみた。

「お父さんが助からないことは知っていたのか?」

 イヴィリアは小さく頷く。

 それはそうだろうと、ツルギは今更思った。首謀者であるマコトと繋がっていたのなら、それを告げられている可能性があった。

 ツルギはそこで思考を巡らせる。それはこの先にあるもの、とある疑念がそうさせた。

「イヴィリア、もう一つ聞かせてくれ。君はマコトと、彼女と何か契約を交わしたのではないか」

「……!」

 イヴィリアはその問いに硬直した。口を開きかけたが、しかしそこから言葉を紡ぐことはなく、開閉を繰り返した。それが何を意味するのか、ツルギには分かった。彼女は契約の時、既に口止めをされていたのだ。それも、天忌刀姫の「全ての呪禍を掌握する力」による作用によって。彼女は自動的に、その核心を話せない身体にされているのだ。

「言えない、か」

「……すみません」

「いや、あいつらしいやり方だ」

 それはマコトの練り上げた作戦の「予防線」だった。最悪を期し、既に張り巡らせていたもの。

 やはり、彼女には隙はない。彼女の未来予測を超えた先に来てなお、その尻尾を掴むことすら叶わないのは紛れもなく、彼女自身の力量。生半可な思考では、到底及ばない。それに立ち向かうには、自身がさらに超えていかなければならない。

 ただし、これは同時に彼女の喉元へと辿り着きつつあることへの証明だった。すぐそこに、彼女はいる。

「ツルギ、来るわ」

 ブローディアが呟く。いつの間にか、止んでいた騒音。そして急速に近づいてくるモノたちの影。ツルギは今一度、息を吸い込んで臨戦の構えをとった。

「……分かった。けど、これだけは覚えておいて欲しい」

「……?」

 ツルギたちの前に降り立つ4つの影。それはマコトとこの件の「蠱毒計画」により、強く、大きく成長した禍人だった。忽然と姿を現わし、率いられ、マコトとの間を阻んだそれらを前にし、ツルギは筋肉を緊張させながら、清々として言った。

「それでも、何があっても、この場において君は俺が守る。死にたいと君が言っても、それこそもう遅いんだ」

 イヴィリアは目を瞬かせ、涙を拭い、その強い意思に惹きつけられるように頷いた。

「はい」


 マコトは無造作に掴んでいた肉塊を小脇へと投げ下ろす。それが何なのかはすぐに察しがついた。

「さて、兄様。二回戦と洒落込もうか」

「……アリストを忌肉に変えたのか」

 瓦礫の山に立つ彼女を見て、ツルギはその肉塊を指して言うと、マコトはそれを笑みで返した。

「気にしなくても良い。……いや、この場合は気にならなくしてやろう、と言ったほうが適切か?」

 言うと同じく、目前にある禍人の一体が動き出す。大きな動作と共に、ソレは腕をツルギへと振り下ろし、ツルギはあえなく後退。外された拳は地面へとめり込ませ、イヴィリア家の床を破壊。破壊の余波は木板を巡り、床全体がひび割れた。

 通常の禍人よりもふた回り以上も大きくなったソレが繰り出す破壊力は、ツルギの想像を大きく超えていた。

 一体の禍人を練り上げたとしても、こうはならない。ならばどれだけの生命を犠牲にすればここまでの成長をするのか。

 その禍人の能力は異常であった。所詮は禍人。しかし、そのモノはかつてない強敵である。

「動きが鈍いな、兄様。もうギブアップか?」

「……俺は諦める気など毛頭ない」

 以前であれば、先ほどの攻撃にカウンターという形で合わせるのは造作もない。しかし、今ではわけが違う。先ほどまでの疲れはその動きに濃く反映されていた。

 足が地面にへばりついたかのように、重い。視界は霧がかかったように霞むし、呼吸もそれが自分のものでないかのように上手くいかない。

「随分と辛そうだが?」

 口角を上げるマコトはといえば、やはりどうもない。先ほどまでの攻防が嘘であるかのように、彼女は飄々としていて、それでいて力強く踏み出す。

「……惜しくはあるが、致し方ない。ここで幕を引いてやろう。もう楽になるがいい」

 マコトが手を前へと出すと、それを皮切りに四体の禍人たちは咆哮。そして、四体がまとめてツルギへと繰り出す。

 彼女の狙いはおそらくは自身とイヴィリアとを引き離すこと。そうであれば、どれだけ離れていようと、このモノたちがイヴィリアに手を出すことはない。ならばむしろ、この場に留まる方がイヴィリアにとって危険となる。

 ここからは彼女自身の手で自身の決定を下す時。そして彼女の選択がどうあれ、自分もまた自分のベストを尽くすのみ。

「ツルギ!」

「……ああ!」

 呼ばれて、ツルギも気合を入れるが如く応える。ツルギは駆けだし、その場から逃避。そして目指すは、昨晩に位置を確認した放送施設。後に続いてくる禍人たちを確認し、ツルギは最速で遠ざかる。

 そのツルギの行く手を見送り、マコトはイヴィリアへと視線を移した。

「さて、では私たちは続きをしよう。イヴィリア、お前の権利と義務を忘れてはいないな?」



 ・世界背景 ツルギとブローディア


 マコトの力を支える三体の刀姫。姉妹姫である彼女たちの力は強力にして無比である。

 長女・天眼刀姫イルミナは未来と現在を見据え、そしてその全てに干渉。マコトの成すことは彼女の力により、その精度を高め、そして万象を意のままに動かす。

 次女・天忌刀姫グロリアは「呪禍」の全てを掌握する。呪禍とは禍そのもののことであり、そして禍を基として発現、効力を発する「呪い」の総称である。その力は禍を操作することができ、本来は気体となっている禍を質量を持つほどに圧縮することや禍を利用した「呪い」を再現すること、無論相手を強制的に忌肉へと転化させることもできる。それは人を禍人へと転化させる力技も、刀姫と調律師の「契約」を模す高度な技すらも再現できる、という代物。その力の汎用性は高く、かつ強力。

 そして三女・天穹刀姫アトラは様々な効力を付与する矢を放つ能力を持つ。その力は元来あった全て兵器を凌駕する力で、「壁をすり抜ける」効力や「対象のみを選択し、着弾させる」効力などは物理障壁すら越える代物で、遠距離戦での突破は不可能と言っても良い。さらにその力は天眼刀姫と相互関係にある力でもあり、「いかなる距離からでも届かせる」天穹の力と「全てを見通す」天眼の力は互いの能力をより、向上させる。

 途方もないとも感じさせるこれらの力はさらに『超常人類』であるマコト・クレミヤによって管理され、使役される。

 個人の力などではどうしようもない。個を越える力が無ければ、それと拮抗することすら許されない。そういった無常の力が彼女の元にはあった。

 そして。

 ツルギはそれが許される存在であった。彼女の力を越え、自身の思いを具現させる。

 しかし、ここで一つの疑問が浮かび上がった。それは、なぜツルギに対してマコトが手を下すことをしないのか。圧倒的な力を有するマコトだが、ツルギの存在は自身の大きな障害となる。彼女の立場からすれば、ツルギを消し去りたい筈であり、それをする機会も力も十二分にあった。これはツルギ自身を含めて身の回りの者たち全ての謎であった。しかし一方で、現状からして一つの結論には達することはできた。

 それはマコトにはツルギを生かす理由がある、ということ。そしておそらく、そのための計画を彼女は隠し持っている。未来を見通す彼女の思惑を推し図ることも、災厄の禍人たる彼女の根底にあるものを突き止めることも叶わないが、この結論を出すことは容易で、そしてその結論は誰にとってもしっくりくるものだった。

 今、ツルギが生きているのはマコトの温情などではない。その結論はツルギにとって、あまりに過酷なものだった。未だ、自分の身はマコトによって握られている。その事実がツルギのトラウマを呼び起こし、そしてそれは度々ツルギの精神を蝕んだ。

 しかし、ツルギはそれでも前に進む。それが自身に課せられた宿命と信じ、マコトの思惑を利用してでも生き抜き、そしていつしか彼女の力を超え、その計画を打破すると決めた。

 それは決意の証であると同時にブローディアの契約の一つでもある。彼女との契約は「自身のために戦うこと」の他に「生き抜く意思を絶やさないこと」もあった。刀姫との契約は刀姫が望むことを調律師へと押し付ける類のものであるからして、幻影刀姫ブローディアの与えた契約は彼女の願望の顕著である。しかもその趣旨は自分のためというよりも、むしろツルギのことを思ってのものであった。

 ツルギの決意はブローディアによって支えられ、二人の想いは一つに。そこに様々な因子は重なり、そしてやがて奇跡を生む。

 学生時代にそれは開花し、しかし後の一件により停滞。もう二度としないはずだった、人としての進化「醒」が今、起ころうとしていた。



 ・醒


 フライタッグ唯一の放送施設。そこはアリストをおびき寄せるために利用しようと思っていた施設だった。大きな音を響かせることでこちらの居場所を告げ、そして交戦に入る。

 それがツルギにとっての計画であった。禍には強い空気の振動、つまり音によりその機能を減退させられる特性がある。それは禍の力に飲み込まれた禍人や、それと同化する災厄の禍人にも有効。しかし、災厄の禍人に関して言えば、脅威が弱まるわけではない。彼らにとっては不愉快極まりない状態に陥られる程度のもの。その効果に期待を持つべきではなく、さらには大きな音を出す、ということは相応の設備が必要。同時に全ての敵に対し、こちらの居場所を気取らせるということにもなる。件の状況であれば、アリストの他、この街に潜む多数の禍人を惹きつけることにもなろう。しかし出来るだけ優位な状態で戦いに臨もうと考えるとこの選択以外はない。

 だからこそ、そこはツルギにとっては最後の砦となる場所である筈だった。

 しかし、イヴィリアの家でマコトと遭遇したことから状況は一変。予想外のことから、ツルギの計画は崩れた。今のこの結果が、その計画の結果と比べて好転したのか、そうでないのかは分からない。ツルギの胸にもそれついての不安はあった。

 自分には天眼刀姫のような未来をみることも、それを形作ることもできない。できることは精々、それに抗うことくらいで、しかもそれは、必ずしも自身や周りにとって、良い結果になれるようなものでもない。

 ツルギは建物の角を曲がり、なおも前進。禍人たちは遮蔽物、建造物を破壊しながら、ツルギの跡を追う。その最中には人々の死骸が上空を舞った。

 彼らもそうだ。自身の行動では救えないものも、たくさんある。それはこの世界へ入った時から、ずっと分かっていたこと。救おうとせずとも救え、救いたくても救えない命は無数にある。自分自身に本当は決定権などないのだ。

 ツルギは奥歯を噛み締める。

 それは悔しいことだ。それは苦しいことだ。

 イヴィリアに会わなければ、芽生えない感情。彼女と出会うことが無ければ、ここに至ることもない。しかし、どうしても彼女のことを救いたいと思った。また、彼女が健やかに笑う姿を見届けたかった。

 ツルギの内心に暴れだしそうなほどの葛藤が渦巻いた。どうしたらいいのかも、どうすれば良かったのかも分からない。ただただ、過去を見返して現在に立ち向かうしかない。過去を変えることはできない。変えられるのは現状と未来のみだが、その領域は既にマコトに掌握されている。

 しかしそうだとしても、それを変えられないとしても、それでも進むしかない。

 しかしそれは何も、自分だけではない。イヴィリアもそうだ。彼女の未来を変えられるのは、今、彼女しかいない。そしてそれは自分だけではなく、イヴィリアだけでもなく、世界中の人々がそうだ。皆が皆、そうして生きていかなければならない。

 その影で彼女は嘲笑い、その支配下にある者たちがもがき苦しむのを当然のごとく見下ろすのだろう。

 漲る意識、アドレナリンが大放出し、闘気が加速。それに伴い、疲れ果てた身体に喝が入る。

「ふざけるな」

 ツルギは吐き捨てるように呟いた。

 そんな理不尽があっていいわけが無い。自由な意思が、生命の意向が、ただ一人の力のために奪われていいわけがない。人の意思という大それたものを代弁する気など毛頭なかったが、しかしそれがツルギを奇妙なほどに怒らせた。

 背後に迫る禍人を感じとり、見るまでもなくツルギは腰ベルトからピンを一つ引き抜く。すると、ツルギの腰からは一つの玉がこぼれ落ち、地面と接するのと同じく、大量の閃光が辺り一面に広がる。それに眼を奪われた禍人たちは呻き、その場に立ち止まった。

「ツルギ……?」

 ツルギの唐突な最適解に、ブローディアは驚き、その名を呼んだ。あれだけ力を使い、それでもこの集中力。怒りを剥き出しにした表情。ただ事でないことは見るにつけて分かった。

 そして現に、ツルギにはブローディアの声に届いていなかった。

 ツルギは怒りのまま哮り、放送施設へと走る。


 放送施設はフライタッグの中央に位置する時計塔の真下にある。ツルギは、目の前にある時計塔を見て放送施設の位置を策定。予めその位置を確認していたことも功を奏し、すぐに距離感は掴めた。

 そして遂にツルギは放送施設へとたどり着き、中へ飛入ろうとしたその時。

 頭上から降る天穹の矢。小さな施設はたった一本の矢によって半壊。立ち起こる土煙から見えたのは、損壊した機材の数々、瞬時に荒廃した部屋の有り様だった。

 その矢を止めることは不可能だった。その時に足りなかったのは、その矢と自身の持ちうる能力の速度差。矢はツルギとブローディアが認識するより早く、着弾した。

「そんな……」

 目の前で希望を奪う、予期されたその行為にブローディアは声を震わせた。

「……」

 ツルギはというとそれについて、言葉は発さなかった。それを見て、既にその思考は次へと向いていた。

 瓦礫を撒き散らしながら、登場した四体の禍人たちへとツルギは眼を向けた。

 こうなれば、真っ向勝負は避けられない。自分も、ブローディアも、覚悟を決めるべきなのだ。

「ディア」

 状況にそぐわない、静かでゆったりと声でその名を呼ぶ。その眼にあるのは絶望ではなく、静かなる怒り。赤色の燃え盛る炎ではなく、それはまるで淡々と燃え続けるような青色の炎だった。

「もう少しだけ、付き合って欲しい」

「……」

 ブローディアは異変するツルギに確固たる意識を見た。先ほどのことからしても、そこに疑心など持ちようもなかった。彼は変わろうとしている。今よりもずっと先に彼は進もうとしている。

 それに少しだけ悔しい気持ちを持った。その理由は彼の目にあるのが、自分よりも、もっと遠くのものを見据えていたから。いつだって彼は自分と同じ目線にいてくれたから、先へ行こうとする彼に淡い嫉妬を抱いた。

「少しなんて言わず、いつだって付き合ってあげるわよ。私はあんたの刀姫なんだからね」

 だから自分のことを少しだけ誇張してみた。こんな時だというのに。

 ツルギはそれにふと笑い、そしてそれからは何も告げずに二身一体。二つの意識は、溶け合い、混じり合い、一つになる。

 その直後、二人の視界は水に入るインクのように円を描いて歪み、やがてすぐに視界は元へと戻る。そこは色が向け落ちたモノクロの世界。それがどのような意味を持ち、それによって何が起こるのかは、その時は分からなかった。初めての経験、未知の遭遇であったが、しかし不思議とそれに動揺や恐れはなかった。

 ブローディアは意識をツルギへと完全に委ね、眠らせる。二つの精神は、力は完全に一つとなる。ツルギはその全権を持って、禍人たちと対峙。

 異変に次ぐ異変から一変し、確立されたツルギの心身に、禍人たちは本能で怯え、あとさずりした。もし彼らに明確な意識があったなら、逃げに転ずるところであろう。それほどまでの圧がツルギからは迸る。

 それは、まるで──────。

「たしかに遅すぎた、だが。まだ終わってはいない。そうだろう、マコト」

 ツルギは短刀を抜き、立ち塞がる禍人たちへと駆ける。それに合わせ、禍人たちは攻撃を仕掛けた。腕が、牙が、爪が。ソレらがツルギを襲う。しかし、それは空を切るまでもなく分断され、落ちる。

 ものの動作には必ず諸所に停止を挟むが、それはほんの一瞬。強き者こそ、そのほんの一瞬は短くかつ洗練される。多くの禍人と戦い喰らったこの禍人たちもまた、その動きに淀みはなかった。多くの禍人の中で生き残ったモノであるだけに、数多くの禍人たちと比べれば、類稀なる素質も見受けられた。

 しかし。

 ツルギにとっては馬鹿馬鹿しいほど、程度の低いものだった。

 ツルギの世界では、蚊でも止まりそうなほどに遅く、子どもでも真似できそうなほどに稚拙。それを見極めることは、児戯にも等しい。

 攻撃前の予備動作、その停止間に、小さな短刀から繰り出される強刃はそれらを、全てを切り落とす。

 ようやく切断されたことを認識した禍人たちは、その衝撃からか、はたまた恐怖心からか。奮い立つように叫び、そのまま首や四肢はずり落ち、声は一挙にして消え失せた。

 命が終わり、死骸と成り果てるモノたちをよそにツルギはそのまま駆けていく。

 本当の最終地点、その終わりへ。



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