第1話『異形たちの庭』-その10

 ・イヴィリア家の騒乱


 それは賭けであった。上手くいけば良いが、中々そうもいかないのが現実である。

 不安はある。恐れも当然にある。しかしそれでも前に進まなければならない。自分にはそれを打破する力があるのだから。

 ツルギが押したスイッチは件の集束を知らせるだけの信号。それは別動の救援部隊へと送られ、じきにそれはここへと辿り着く。しかしそれ自体が今この状況を変えるものではない。ツルギの狙いはその信号が発信される事実が起点となる。

「ツルギ、来る」

「ああ」

 まずは深呼吸。両眼を閉じ、気を集中させる。目がけるは2体の敵性者たち。勝負は一瞬、交戦は刹那となろう。

 決着の時だ。

 救援部隊はそう遅くはならない。ならば遅くとも今日までにはこのモノたちを打破する他ない。そうでなくては救援部隊にまで被害が及んでしまう。

 今一度、覚悟を胸に。されど強く握った拳は柔らかく。

 高鳴る心音と緊張を鎮めながら一言。

「ブローディア、いくぞ」

「うん」

 ツルギは二身一体を発動。幻影の力を精神へと埋め込み、溶け合う。頬で伸びる刻印に伴い、全身に巡る血流が速くなり、心身が鋭く研ぎ澄まされていく。そこに妙な違和感などは一切なく、まるで瞑想している時かのような深度の高い集中力がツルギの精神を覆う。

 胸が熱い。それはブローディアの感覚の顕著である。彼女のこれがどのような意味合いを持つのかは分からない。しかしこういう時は決まって調子が良いのを知っていた。

 猛る思いも逸る気持ちもない、完全なる二身一体。

 続けて溶け合った幻影の力を増幅させる。速くなった血流は更に急激に速度を高め、心臓は激しく鼓動。全身が熱くなるのと同じく、吐息でさえも、身を焦がすほどに熱くなっていく。抑えきれぬほどの昂り、頭から指先までその全身に駆け巡る激情が包み込む。ツルギに混じり合う幻影の力は爆発的に上昇。

 やがて、ツルギに落ちる影は完全に消失。ツルギと一つに。伴い、身から吹き出る漆黒の粒子。物体化した影の粒子、その力の権化は吹き出ると同じく、素早くツルギの身に吸着。それは外皮のようにツルギを包み込み、そして形を成した。

「「おおおおおおおおおおおお!!!!!」」

 混じり合う二つの咆哮が響く。それは既存の腕を含め、六本の腕を持つ黒き化身の姿をした。身体はツルギのふた回りほども大きくなり、その顔に映るのは怒り形相。かつて、これを見たフリードリヒはそれを仏法を守る神「明王」と称した。

 これはツルギの切り札である『刀姫覚醒』による作用。刀姫覚醒は刀姫の力を最大にまで引き出す力で、これにより他の追随を許さないほどに増長させる。

 ただし、それによるデメリットも大きい。ブローディアの場合ならば、それもより顕著になる。この刀姫覚醒は刀姫の中に眠っている力を解放することがその本懐である。その眠れる力とは彼女たちの潜在能力であり、持ってして生まれたポテンシャル。当然それは刀姫により様々な伸び幅があるが、しかし幻影刀姫たるブローディアにはそれがない。

 つまりは彼女は覚醒した時、肉体が持ちうる限りにおいて、その力は無限に増大し続ける。ブローディアが特別な刀姫とされ、単騎で数々の刀姫と渡り合い、そして勝利した所以である。

 しかし増大し続けた結果は言うまでもなく暴走へと至る。自我を保てなくなり、いずれ肉体すらも維持できなくなるだろう。すなわち、これは死に直結する力なのである。しかしだからこそ、それはツルギにとって切り札となり、マコトにさえ届く力を身につけることが出来る。

 しかしそのためには力のコントロールを身につける必要があるが、それには超人的な技術と精神が不可欠。更にただでさえ、刀姫覚醒で消費するエネルギーは甚大。ブローディアの刀姫覚醒は一時的に超常的な力を得るのと引き換えに莫大なエネルギー消費が付き纏う力。いつ何時でも使えるものではない。

 しかし、今こそがその使い所だと、ツルギもブローディアも感じ取った。二体の異形と対等以上に戦うための唯一の術。この状況を一変させなければならない。イヴィリアをマコトの手から守らなければならない。

「イヴィリアごとやる気か?」

 今まで静観していたマコトが、口を開いた。その口ぶりには余裕はまだある。しかし、僅かに強張った面持ちであった。

「「……いいや、助ける」」

「では、未完成の力でぶっつけ本番ということか?」

 マコトはズバリ言ってのけた。

 彼女は知っているのだ。ブローディアの特性もツルギ自身がまだその力に追いつけていないことも。

「「そうなるな」」

「戦士らしからぬ選択だな、兄様。確信のない力にに頼ろうなど愚の骨頂だ」

 マコトはツルギの答えに嘲笑。彼女の言い分はもっともである。

 未だ完成形には至らない力。技術、精神ともに未熟な調律師である自分とっては半端でないリスクを伴う質のもの。そこに保証はないし、この先も運否天賦に身を任せることにもなろう。もっと言えば、制御しきれず、この力がイヴィリアさえも貫いてしまう可能性も大いにある。

 しかし。

「「それでも俺はやる。やってみせる」」

 揺るぎない意思が答えを作り出し、それを口にした。そこに迷いはなく、淀みもない。

 ツルギはもう一つの「強い禍」の気配を察知。踏み足に力を込め、臨戦モードに突入。思考の一切を断ち切り、精神を鎮める。準備は万端。いつ、どこからでも対応可能。自らの力を出しきる用意は済み、あとはその時をじっと待つのみ。出し惜しみなしの一発勝負。

 ツルギの決意を聴き、その様子を見たマコトは独り言のように呟いた。

「……そうか。なら、やってみせろ」

 マコトもそこでようやく臨戦の構えをとった。膝枕していたイヴィリアの頭をそっと下ろし、脇へ。目を覚まさない彼女をそっと一撫でし、ツルギを見やる。

 自身もまた、攻撃の対象であることは分かっているはずだが、彼女はそれを待った。その瞳には幼子を見守るような優しい色。それは未だ自身の勝利を確信している故のものなのか、それとも別の思惑にあるのかは分からない。それを考察するための思慮は残されていない。

 ──。そしてその時は来た。


 災厄の禍人には禍を感知する力がない代わりに、電波を感知する能力が備わっている。今や人の生活などに電波の存在は欠かせないものであることを考えると、それは人の存在を感知する力と言っても差し支えない。

 故に、ツルギは外部との接触を絶った上で、フライタッグへと訪れた。連絡手段は一方通行の救援信号のみ。そうしたことによる損失もあったのだろうが、しかしそれが自身の身を秘匿するための手段となり、同時に彼をおびき寄せる手段にもなった。

 救援信号の電波に引き寄せられ、侵入者を排除にするために天井を割り砕き、派手な侵入したのは敵性者たる一人、アリスト・モーガン。

「見つけたぞ、侵入者!」

 ツルギの予測通りの動き。

 ここまでは良い。しかしここから先が正念場である。

 ツルギは登場とほぼ同時に「後影」を展開。破壊された天井から入る光を覆うかのように、足元からは漆黒の影が急速に伸び、拡大。間も無く、部屋全体を覆う。

「な──」

 完全に図られたタイミングにより、アリストはおびき寄せられたことを悟ったが、もはや遅い。

「さあ来い、ツルギ!」

「クソこいつ!」

「「ぶち殺す!!」」

 高潮する戦意の渦中。誰よりも速く先攻したのは、マコトだった。

「グロリア!」

 言って、マコトは突き出した指を横に払う。それにより発現したのは、高濃度の禍。一瞬にして、指先の軌跡に沿って発生したそれは鋭く尖った三角錐を形作り、その切っ先をツルギへと照準する。

「「弱い!」」

 ツルギは間髪入れずにそれに対応。後影から飛び出した無数の「影拳」と呼ぶ「黒い甲冑の拳」が、降り注ぐより先にその全てを殴り砕く。それと同時にツルギは前進。蹴りつけた床を破壊しながら、殺すべき敵へと直進。

 まずもって破壊するべきは災厄の禍人アリスト。マコトとの戦闘に気を取られれば、彼からの攻撃ですら脅威となる。であれば、邪魔な小虫を優先して散らすのが、先決である。

「舐めるな!」

 アリストは後退と同時に数本のナイフを投擲。ナイフは投げられると同時にその場で停止した。

 それはアリストの「保存能力」の顕著である。彼の保存対象は運動エネルギーをも含む。であるからして、そのナイフの運動は任意のタイミングで再始動する上、その状態のままであっても、エネルギーは健在。その切っ先に触れようものならば、その力は容赦なく対象を切り裂く。

 アリストは更に後退から刹那、前進へと転身。その勢いを使い、空へと拳を入れる。これにより、その場にエネルギーだけを保存。目に見えない力がそこにはあり、それに触れるかアリストの解除により、エネルギーが点火する。

「ぶち殺す~?やってみろや、クソカスが!」

「バカが」

 マコトは挑発するアリストに毒づく。

 その意図の通り、もはや、その程度で刀姫覚醒したツルギを止められるわけがなかった。

 ツルギは減速することなく、前へ。そのついでと言わんばかりに保存されたナイフと殴打のエネルギーをさらに大きな力をもって叩き潰す。ナイフが破壊される音と停滞したエネルギーが破裂する音が部屋中にこだまする。

「う、わ──」

 高速の接近に、アリストはなす術もなくたじろいだ。

「「死ね」」

 途方もない殺気を辺りへとぶち撒いて、トドメの一撃。マコトへの牽制のため、殺気を放ったが、やはりそれに動じることもなく、彼女は動いた。

 否、彼女はすでに動いていた。それが繰り出される直前、ツルギの四肢を紐状になった無数の禍がそれを食い止めた。

 ツルギはそれに対し、素早く全身の回転をさせることで、捻り切る。その衝撃で巻き暴れた空気は、あらゆる家具たちを破壊。同時に部屋中の埃が舞い上がった。

「もういい、さっさと失せろ雑魚」

 ツルギが絡め取られた僅かな隙にマコトはアリストとの間に割って入る。その際にかけられた言葉にアリストは激高した。

「てめえ!」

 ツルギもまた、アリストに気を取られたマコトの隙を見逃さなかった。ツルギは影拳を全展開。周囲一帯を覆うほどに顕現した影拳はアリストとマコトを完全に捉えた。もはや、回避は不可能。防御など以ての外。全てを破壊せんとする無数の拳はすぐにも動き出す。

「「終わりだ」」

 展開された影拳は爆発的な勢いで、乱打。目にも留まらぬ速度で、辺りを粉砕。それらはマコトとアリストだけでなく、全てを撃ち抜いた。ただ一人、イヴィリアを除いて。

 ツルギは目を瞑り、小さく、か細い気へと集中。暴発しそうな意識をまとめ上げる。

 ツルギの影拳はその一つ一つにツルギの意識を介在させる。故にその一つ一つをコントロールすることは出来るが、プログラムのように均一化、自動化は不可。またその存在の強さ故にコントロールは容易ではない。

 しかし、影拳は異形たちへと吸い込まれるようにまとまり、導かれるようにイヴィリアから逸れていく。それはまるで、ツルギの意図に伴うかのように、正確かつ鋭く叩き込まれていく。

 掠れゆく視界、爆発しそうな思考を完全に制御。ツルギはそれを成し遂げていく。

「見事だ、兄様」

 マコトはそれを賞賛。彼女もまた、未完成であるはずの刀姫覚醒の力をここ一番で制御しきったツルギを認める。

 朦朧とした意識の中、ツルギの視界にあるものが僅かにチラついた。

 それはマコトと天忌刀姫とが混じり合い、その力を覚醒させる姿だった。ここに来て、ついに彼女も二身一体。そして刀姫覚醒を発動した。


 アリストを呼び寄せたのは、大きく強い気を増やし、より小さな気を際立たせるため。あまりにも無茶な作戦だったが、予断を許さない局面での急造の作戦であったが故、ツルギにこれ以上のものは考えられなかった。

 しかし、その賭けにツルギは勝利。マコトが刀姫覚醒をさせた事実がそれを裏付けるものとなった。ただしその事実は、彼女が無事、この場を切り抜けた事実でもあることは間違いない。余りある衝撃によって、遠くへと吹き飛んだ彼らの状態を確認することは出来ないが、彼女の天忌刀姫もまた最強を目される刀姫の一体であり、また彼女の判断力をもってしてなお損傷しているものとは考えにくい。

 ツルギは瞬時に刀姫覚醒、二身一体を続けざまに解除。全身を駆け巡るのは疲労、目眩、吐き気。容赦なく降り注ぐそれらに、ツルギは思わず倒れそうになった。疲労に反する心臓の強い脈動。呼吸も絶え絶えになり、上手く酸素の供給が出来ない。限界の限界が、すぐそこにはある。

 しかしツルギはそれどころではなく、まずイヴィリアを目視。あれだけの轟音と衝撃である。いつの間にか目を覚まし、瓦礫の中で小さく蹲ったイヴィリアが酷く怯えた目でこちらを見ていた。

 彼女の心証はともかく、とりあえずは無事を確認。ただし問題はそれではなく、自身の影にいるブローディアにもある。刀姫覚醒が彼女にとっても大きな負担であったのは言うまでもなく、そして彼女は未だ動ける状態であるかは今現在の命運を分けるもの。彼女無しでこの先を切り抜けることは不可能である。

「……ブローディア、無事か」

 掠れた声で語りかけると、ブローディアは影からゆっくりと親指を立てた手を出した。それは彼女の意識も途切れずにいることのジェスチャーだった。しかしそれは、影から出てこないどころか、声すらも出せない程に彼女もまた疲弊している反証でもある。

 一先ずは、安堵。しかし、この先の不安は拭い去れない。アリストは既に動ける状態にないとしても、マコトはそうではない。今の状況ではツルギ自身でさえの身も危うくなる。

 ツルギは一呼吸。そして、イヴィリアへと立ち向かう。イヴィリアはそれに肩を震わせた。

「すまなかったな。危ない目に遭わせた」

 ツルギの言葉にイヴィリアは少し間を置いてから首を振った。

「……多分なんですけど、助けてくれたんですよね?」

「……まあな」

 ツルギが少し言い淀んだ。それは結果として助けられただけであったから。そして、彼女に言わなくてはならないことへの、後ろめたさからそのようになってしまった。

 しかし、助けようとした事実はあったので一応は肯定。少し沈黙を置き、そして意を決して、イヴィリアへと向き直る。

「君に、話さないといけないことがある」



 ・二つの異形


「仕上げてきましたね」

「だな」

 影拳からの衝撃の緩和、そして吹き飛ばされてから着地までの衝撃の緩和。まともであれば、即死するそれらを物ともせず、対応しきったマコトは、『刀姫覚醒』と『二身一体』を解除。そして隣に現れたグロリアの言葉にマコトは満足そうに頷いた。

「流石はあなたのお兄様ですね」

「ふっ、皆まで言うなグロリアよ。だが、瞬時の対応で事足りてしまうようではまだまだ。もっと強くならねばならんよ、兄様は」

「……それはあなたが凄いだけだと思います」

 得意げなマコトにグロリアは少しだけ、可哀想に言う。

「ねーねー、マコト様?」

 その時、二人の会話に割って入る声が一つ。そしてその声の主はマコトの背後からすっと現れた。

「アトラ、あなたマコト様の言いつけを守りなさい」

 厳しい口調で言ったグロリアに『天穹』の刀姫アトラは口を尖らせた。

「えー!いいじゃん!今は誰もいないよ」

「そういう事ではなく、勝手な言動を慎めと言っているのです」

 アトラを諌めるグロリアは嘆息。しかし、マコトは悪びれないアトラを怒ることはしなかった。

「グロリア、良い。なんだ、アトラ」

「……」

 収められ、押し黙ったグロリア。それに反し、アトラは天真に言う。

「イルミナお姉ちゃんの予測未来はもうダメなんですよね?」

「ああ、大きく外れたよ」

「じゃあ、これからどうするんです?」

「それは私たちが知る必要はありません、アトラ」

 グロリアが口を挟むと、アトラは幼児のように駄々をこねた。

「えー!知りたい知りたい知りたい知りたい!」

「うるさい。そもそもあなた、先ほどの『駄目』という発言はお姉様に対して失礼に当たります。撤回しなさい」

「だってダメなものはダメじゃん!」

「……あとで叱られても庇ってあげませんから」

「やだ!一緒に怒られてよー!」

「嫌です。私の言うことが聴けない子はもう知りません」

「そんなー!」

 頭を抱えたアトラにグロリアはふんと鼻を鳴らす。その一部始終を見ていたマコトは大きく笑った。

「失礼しました。お見苦しいところを……」

 はっとして、グロリアは頭を下げて謝罪。マコトはそれに手のひらを見せた。

「いいさ。……アトラよ、兄様は特別な人だ。彼が予測未来から外れたのは仕方がないことだ。それに呼び寄せた時点でこうなる事は既に折り込み済みだ。昨晩、既にイルミナに次の未来予測もしてもらってある」

 言われたアトラは持ち直して、マコトを輝く目で見た。

「流石はマコト様!それで、これからどうするんです?」

 横目で睨むグロリアだったが、それ以上は言わずにマコトの返事を待った。実のところ、それはグロリア自身も気になるところではあった。

「何も変わらない。このまま私たちの計画は続行する。あの娘には、結晶を産んでもらうよ。契約、だからな」

 マコトの言葉にグロリアは頷き、一方でアトラは小首を傾げた。

「えーと、そしたら……」

 アトラは振り返り、脇で倒れ伏したアリストを見た。

「そこにいる死にかけの小虫を助ける必要があるってこと?」

「貴様ら……早く、助けろ」

 文字通り虫の息となったアリストは、精一杯の力で声を発した。その身体はボロボロ。両腕と片足を衝撃により欠損し、また腹には特大の穴が開いていた。生命力が強いとはいえ、放っておけばこのまま死ぬ命。

「あはっ!なんか鳴いてるよ、この虫!殺していい?殺していいよね?殺させて殺させて殺させて殺させて!」

 興奮により、熱を帯びた眼がアリストを捉える。それに対し、アリストは恐怖から沈黙。逃げたくても逃げられないこの状況からして、彼女を刺激するのは危険であった。

「あなた、さっき自分で言ったことをもう忘れたの?」

 興奮するアトラにグロリアは呆れたように言う。しかし、グロリアの眼からもサディストの狂気が発せられており、彼女の獲物を見据えるかのような眼光はアリストをより震え上がらせた。小さくなり、震えるアリストを見て、二つはより興奮を覚えた。今、彼を嬲り殺すことが出来ればどれほど気持ちいいだろうか。そんな思考が彼女たちの脳を埋め尽くした。

「まあ、待てお前ら。気が高まるのも無理はないが、これにはまだ役目がある」

 今にも飛びかかりそうな気配を察してか、マコトはいち早くそれを止めた。

「では、やはり」

 その声と同時に二つの刀姫はマコトへと視線を移す。ようやく、二人の注目を逸らされたアリストは安堵。しかし、マコトの思惑はここにいるモノたち全ての狂気を遥かに超えていた。

「その前に一つ、お前に言っておきたいことがある」

「な、なんだ」

 急に呼びつけられたアリストは硬直。彼が最期に見たのは、無関心の眼。言葉にさせずとも分かる程に、その眼は冷たく、そして透き通るように無心であった。

「刀姫の力に頼らずとも、兄様はお前より遥かに上だ。それをゆめゆめ忘れるなよ」

 マコトはそれだけを言い、返事を待たずに手をかざした。それに呼応し、アリストを襲ったのは大量の禍。それは今までこの街で集めた、この街の怨嗟の塊である。禍はアリストを囲み、包み込み、浸透、圧殺。

 最後の力が振り絞られるように、アリストの苦心の叫びが辺りへ響き、それはやがて消え失せた。

「なるほど」

「……?」

 グロリアは合点がいったように頷き、アトラはそれに頭にハテナを浮かべた。

 マコトはかざした手を引くと、禍は従うかのようにアリストの身から離れた。

 そしてそこに残ったのはアリストだったものの忌肉だった。しばらく静止したままだった肉塊は、じきに生にしがみつく様に胎動を始める。

「こうしておけば、しばらくの間は保てますね」

「そういうことだ」

「凄い!流石!痺れる~!ヒューヒュー!」

「あなたは少し黙りなさい」

 こうして、マコト側もその準備が整った。

 そして合間見えるは決戦の舞台。異形たちの庭での一件は終わりへと向かう。



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